170話 魔族排球Ⅲ
第二サーブの魔球が撃ち放たれる――。
高速回転でギュルギュルと音を立てるそれは、触れただけで生身では筋骨をガリガリと抉り取るほどの威力がある。
全員の視線が魔球に集中する。
アーチェが声をかけた。
「ソード、いけるの!?」
「策がないわけじゃねぇ!」
力に対抗するのは得意だ。
素手で無理そうなら、最悪【狂剣舞】の武装を借りて受け止めることだってできる。
腕の調子を確かめ、魔球に落下地点を予想して素早く回り込み、見様見真似のレシーブに挑んだ。
魔球はまるで俺に気づいたように、回転速度を高めて物凄い速度で俺の腕に飛び込んできた。
端からへし折る気らしい。
「上等じゃねえか!」
――ゴォオオオオ!
魔球の強襲。
俺はそれを生身の腕で受け止めた。
――ガリガリガリガリガリガリ!
「くっ……」
凄いパワーだった。
腕に力を込めて筋肉を膨張させる。
DBが呼び出した岩すら削り取る剛速球だ。
だが、それを言えば俺の腕の強度は岩どころか鋼鉄。ぶん殴れば俺だって岩の一つや二つは破壊できる。
「おぉぉぉおりゃあああ!」
気合いの声をあげて魔球を弾き返す。
跳ね返された魔球は天井近くまで打ち上がった。
「やったぞ!」
魔球は飛びながら濃紺色から赤黒く変色し、力を失ったように自然に落下してきた。
レシーブでラリーがこっちのターンに変われば、ボールの魔性は消えるようだ。
ルール通りに考えれば、次はトスか二打攻撃。
「私がネット付近にトスするから、アーチェがスパイクで!」
「え、私!?」
指示を出したのはDBだった。
アーチェは心の準備ができていなかったようで、あたふたしている。
初ラリーだけあって連携がぎこちない。
繰り返すうちにアイコンタクトだけで連携が取れるようにしていきたいところだ。
「一番ネットに近いのは貴女なんだから」
「でも今の私、こんなだしっ」
アーチェが両手を広げて、その小さな体格をアピールした。
そうなのだ。
人間兵器といえど、今のアーチェは十歳前後の少女の姿をしている。しかも、運動できるような格好ではない。魔法学校の女子制服のような、リボン付の厚手ローブ姿なのだ。
俺も布一枚を紐で縛った仙人ファッション。
人のことを言えたもんじゃない。
「つべこべ言わずにやるしかないわ」
DBがシリアルコード辞典を開く。
「法典武装・壬」
呪文で床から水柱が二本、せり上がる。
落下してきた赤黒い魔球が水柱によってトスされて、ネット際に高く上がった。
「飛び道具アリなの!?」
「魔族排球だもの」
「あなたばっかりズルいわねぇ本当っ!」
「……」
DBはじとっとした目でアーチェを見た。
アーチェはトスで打ち上がった球を睨み、ジャンプするタイミングを見計らっている。
女子制服が動きにくそうだ。
今だ、と意を決したようで、アーチェは短く助走をつけてから高々とジャンプした。
うまく決めろよ……!
「法典衣装・戯――」
突然、DBが後方から辞典を読み上げる。
すると、ジャンプしてスパイクに挑むアーチェの女子制服が光に包まれ、キラキラした風のようなものを纏い始めた。
アーチェ自身も困惑している。
光から解放されたアーチェは女子制服から、上下で白と赤のツーカラーの体操服に着替えていた。
やけに着衣面積が少ない。
おまけに、上着の真ん中には「あーちぇ」というワッペンまで貼られていた。
幼さに磨きがかかった!
「なっ……! ……もう!」
アーチェは服装に構っている余裕はない。
今まさにトスで上げられた魔球とアーチェのジャンプがちょうど重なる位置に来ている。
「DBあとで覚えてなさ――」
アーチェがスパイクを決めようと腕を振り下ろそうとした刹那。
「アァアアアアアア」
敵陣コートのサービスエリアで拘束されているメイガスが、悲鳴を上げた。
アーチェの服装が不服だったのだろうか。
――そんなわけはなく、檻にまたしても魔力を吸い上げられている。すぐに濃紺色の魔力が天辺の筒に凝集し始めた。
「なんでまた……!?」
――バゥン!
魔球が生成され、ネットに射出された。
ちょうどスパイクを打とうとしていたアーチェへと真っ直ぐ魔球が飛びかかる。
猛烈なスピードで迫った魔球に対応しきれず、アーチェの顔面に魔球が直撃してしまった。
「きゃあ!」
突き飛ばされたアーチェが背中から落ちる。
打とうとしていた赤の魔球は虚しく自陣のコートに落ちて、数回バウンドして霧散して消えた。
追撃で放たれた青の魔球はギュルギュルと回転しながら空中で方向転換して、倒れたままのアーチェに容赦なく飛来して腹部を抉る。
「あぐぅ!」
青の魔球はアーチェを突き飛ばし、床を抉って満足したのか、回転を止めて消えた。
コートサイドの電光掲示板には、0と3の数字が表示された。
さっきまで0と1だったのに……。
魔王チームに2点も追加されたということだ。
「……」
「……」
俺やリリスはその光景を見て、固唾を呑んだ。
理不尽すぎる……。
敵から送られたサーブの球は今ので二つ。
もしかして魔族排球って――。
「アーチェ、大丈夫か……?」
俺はひとまず仲間の心配をした。
体操着に「あーちぇ」のワッペンがギャグみたいだが、当の本人はズタボロだ。
何度か揺さぶるとアーチェは気がついた。
苛立ちを露わにしたように顔を歪め、ガバっと起き上がった。
「ちょっとアンタねぇ!」
アーチェは足を踏みしめてDBに詰め寄る。
文句の矛先そっちかよっ。
「何よこの格好! ふざけてんの!?」
「動きやすい服装の方がいいかと思って」
「確かに動きやすいけど、生地が薄すぎて股がスースーするわよっ! 驚いて敵の攻撃に対処できなかったじゃない!」
「ひどい八つ当たりね。似合ってるのに」
憤るアーチェと澄ましたDB。
これじゃチーム連携なんて夢のまた夢だ。
俺は二人を止めに入った。
「待て。そんなことより」
「そんなこと!?」
アーチェの苛立ちが引かない。今はスルーだ。
「このイビル・バレーってのは、もしかしてルール以外のことは何でもアリなのか……?」
俺は気づいたことをDBに尋ねる。
DBは深刻な顔で、こくりと頷いた。
「……」
とんでもないゲームだ。
それなら魔王チームが魔球を二つもサーブしてきたことも納得だし、こちらが二つとも球を落とした結果、魔王チームに二点入った理由もわかった。
「ソードさん……」
リリスが不安そうに声をかけてきた。
「イビル・バレーは、魔族の間でデスゲームとして扱われてるのだわ。球はいくつ打ってもいい。飛び道具を使っても、罠をしかけても、敵に攻撃してもいい。とにかく球をコートに落とすの。最悪、敵を殺してでも――」
――殺してでも、相手のコートに球を落とせ。
それが魔族排球の本当のルール。
真っ当なスポーツじゃないと思っていたが、いよいよ魔王らしいゲームを仕掛けてくるじゃねぇか。
「プリマローズ……」
今一度、仁王立ちする魔王を見やる。
その表情は邪悪に満ちていた。
なるほど。姿格好に騙されていたが、あそこにいるのは人間兵器とガチで殺し合いをした魔王だ。