168話 魔族排球Ⅰ
魔王城に入ってみる。
俺の記憶では、一階中心には最上階を支える支柱があり、その周囲を回廊が囲い、廊に並ぶ各部屋に潜む魔物を倒しながら、鍵を見つけたり、魔法で封じられた扉を破ったりして、螺旋階段から上階を目指す。――という攻略方法だった。
しかし……。
「広っ!」
魔王城一階は、広大なホールが広がっていた。
上階を目指す螺旋階段もなく、支柱すらない。
外側から見たときのあの凜々しくそびえ立っていた巨城はなんだったのか。
どういう設計で上階を支えているのか。
そもそも上階なんてないのか?
とにかく壁がハリボテだったんじゃないかと思わせるくらい、内部はスカスカだった。
しかも現実の魔王城では、もっと瓦礫が散らばっていたはずだが、ゲーム世界における魔王城は綺麗に片付けられ、床もピカピカだ。
ワックスでも掛けられてるのかというくらい、光沢があった。
「なんか、まぶし……」
思わず天井を見上げると、遙か高くの天井から煌々と電灯が床を照らしていた。
よく見ると、床に白いラインも引かれている。
部屋の模様というより、何かしらの規制を示すための線のように見える。
「ねぇ……これって」
アーチェが何かに気づいたようだ。
「まるで〝体育館〟とでも言いたげね」
アーチェが答える前にDBが正面を見据えながら答えた。
「そう! 学校にあるやつよ、これ」
「体育館ってなんだよ?」
「ソード知らないの? 運動したり、スポーツを練習したりするための施設よ。子どもたちがよく使ってるわ。学校にもだいたいある」
「はぁ……? 魔王城の内部がなんでそんな施設になってんだ?」
「私が聞きたいわよ」
俺とアーチェが混乱して言い合っていると、俺たちのいる場所とは反対の通路から、高笑いしながら歩いてくる人影が見えた。
「ク、ククク――カーッハッハッハッハッ!」
白い角。ピンクの髪。着慣れたジャージ。
そのシルエットは紛うことなき、プリマローズ・プリマロロだった。
「プリマローズ……!」
もっと魔王らしい格好で登場するかと思ったら、まさかの引き籠もりモードの廃人プリマローズの姿で、ややほっとした。
「お前そんな格好ですっかり――」
「ほう。勇者がひぃ……ふぅ……みぃ……四人か。雁首揃えてノコノコと我が城によくぞ来た」
プリマローズは両手をジャージの上着ポケットに突っ込んだまま、大仰な態度で目配せした。
ノリノリかよ。
それに四人のうち一人は夢魔だ。
「そういうのいいから早く帰――」
「さて、妾に挑むということは、赤薔薇の棘の餌食になる覚悟はできているということでよいか勇者よ。ククク」
「……?」
様子が変だ。
俺たちを認識しているようで、まるで認識していない。今話している相手が、プリマローズのよく知る人間兵器だと気づいていないのか。
「プリマ? お前、なんか……」
「黙って。ソード」
「なんだよ?」
釘を刺してきたのはDBだった。
「今はゲームで云う〝ボス登場シーン〟よ」
「シーンって……」
「ラスボスが出たときに流れるムービーみたいなものよ。そういうとき、プレイヤーは操作や発言なんか求められてないでしょう」
「本気で言ってんのか」
DBが大真面目な顔してそんなことを言うものだから、笑いを通り越して言葉を失った。
というか魔王城攻略って、もっと内部を突き進んでいくものじゃなかったのかよ。いきなり魔王との直接対決って急すぎるだろ。
「――ならばよかろう。その度胸に免じて、妾との勝負に挑むことを許そうぞ」
「勝負って何をするんだ?」
「簡単じゃ。このコートで魔族排球をする。1セット11点、2セットを先取したチームの勝利じゃ」
「イビル・バレー?」
何言ってんのか、さっぱりわからない。
体育館でポイント先取というこは、何かのスポーツなのだろう。
「チッ……」
誰かが舌打ちをしたのがはっきり聞こえた。
振り返ってアーチェやリリスを見るが、舌打ちをした様子がない。俺と同じで、プリマローズが何を言っているか分からないようで、唖然としている。
ということは、今舌打ちをしたのはDB……?
「……」
「DB?」
「……」
反応がない。
後ろから横顔を覗き込むと、小難しそうに眉間に皺を寄せていた。
この【イビル・バレー】に不都合があるのか?
入場するときも、なんか変な反応を見せたよな、こいつ。
『―ルール説明―
四人で挑む魔王城は【魔族排球】です。
勇者チーム、魔王チームのそれぞれ四人がネットを隔てて両サイドのコートに分かれ、魔球を打ち合います。
代表者のサーブから始まり、自陣のコートに魔球を落とさないように、三回までのタッチで敵陣のコートに魔球を返してください。
三回のタッチアクションには、×レシーブ、△トス、○スパイク、□ブロックのアクションが含まれます。画面内に表示されたときに、タイミングよくボタンを押すことで試合に有利なファインプレイが発生します』
コート真上にアナウンスの文字列が表示された。
同時に、コートに魔物のモブのホログラムが浮かび上がり、模範プレイのイメージが表示される。
なかなか親切な説明だ。
後半は通常のプレイヤー向けの説明で、俺たちには関係ないものだ。
俺たちは俺たちの反射神経と敏捷性、体力でこの魔族排球をプレイしなければならない。
気になったのは、
"――四人で挑む魔王城は“
この冒頭の一文。
もしかして三人で挑んだら違ったのか?
この『魔族排球』とやら、四人いないとできないスポーツのようだし、三人では別のスポーツが用意されていた可能性はある。
そしてDBの魔王城へ入るときの発言――。
『――駄目』
リリスが一緒に来るのを反対していた。
こいつ、魔王城でどんなゲームをさせられるか事前にわかっていたな?
このバレーってのが苦手なのか?
それとももっと別の理由が?
「――なるほど。だいたいわかった」
思うことはあるが、仲間まで疑っても仕方ない。
むしろ臨むところじゃねぇか。
仲間。そう、こっちは人間兵器が三人もいる。
人間の球遊び程度、どうってことない。
俺は拳を鳴らしながらコートに足を踏み入れ――ようとして、ふと足を止めた。
「なんてな。思わず乗るとこだったぜ」
「どうしたの、ソード?」
「そもそもこんな遊びに付き合わなくていいと思わないか? プリマローズがあそこにいるんだ。強引に連れ出せば、目的達成だ」
俺は大きく腕を振って、対岸にいるプリマローズに気づかせるようにジェスチャーを送った。
だが、プリマローズは澄ました態度で、相変わらずジャージのポケットに手を突っ込んだままだ。
「無駄よ。あのプリマローズは【魔王】だもの」
「でも、俺たちはゲームに取り込まれても普通だったぞ。プリマだけどうして人格が変わってやがる」
どちらも外の世界から取り込まれた。
さらに言えば、吸い込まれたときの『GPⅩ』まで一緒だ。条件は一緒なのに扱いが違う。
なぜだ。
「私に訊かれても知るわけがないじゃない」
「百歩譲ってプリマローズだけ何かが原因で、俺たちを覚えてないとしよう。だが、ここで他のプレイヤーと同じように真っ向勝負を挑んで、プリマを取り戻せるのか……?」
「今の貴方、いつもより頭が回るのね……」
DBは溜め息をついた。
シールにも同じことを言われた気がする。
「プリマローズは期間限定イベントのボス。つまりイベントが終了すれば取り戻せるはずよ。それに――」
DBはコートに視線を戻し、指を差した。
「貴方の目的はプリマローズだけじゃないでしょ。ある人物と会うためにプリマローズを尋ねた。でも彼女は失踪していたから探し始めた。……じゃあ、一番最初に会おうとしていた人物は誰?」
DBが指差した場所はコートサイドだった。
そこに人ひとりが収まる大きさの檻がある。
中には人間の全身拘束具が設置され、そこに磔にされている人物を見て、俺ははっとした。
「メイ――」
「メイガス!」
俺より先にアーチェが反応する。
そこには人間兵器六号、魔術師メイガスが収監されていた。
細身の体、背丈のわりに長い腕や足もベルトで固定されている。蒼銀の長い髪がボサボサになり、全身もやつれているように見える。
痛ましい……。
俺もアーチェの後を追ってコートを横切った。
更新曜日を間違えました。1日遅れですみません。