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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第3章「人間兵器、本質を探る」
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167話 賢者の橋

 魔王城の輪廓は当時のままだった。

 湖の中央にそびえ立つ荘厳な城だ。

 記憶通り、城が建つ浮島にびっしりと赤い薔薇が生えていた。太々と育った茎からは棘が繁り、他者を寄せつけない邪悪な雰囲気を纏っている。


 魔王城を見て、俺は当時のことを思い出した

 実は、この湖の水は、酸でできている。

 入水すればたちまち体が溶けるという、いかにもラスボスの城らしい罠が張られているのだ。本物のプリマロロ城だったら、湖を泳いで忍び込むという方法は封じられているはずだ。


「そういえば……」


 DBに振り向く。


「賢者の橋がかかってねぇじゃねえか」

「賢者の橋?」


 DBは表情を変えずに小首を傾げた。


「ほら。魔王城に向かう前には、必ず各地にある精霊の宝玉を集めて、それが橋になっただろ」


 当然、今回そんな冒険を経ることもなく、車でかっ飛ばして湖まで来た。

 文明の利器によるゴリ押し旅である。

 ファンタジーもへったくれもない。


「あぁ、あれのことね」


 DBは涼やかにそう云った。

 問題ない、とその顔が告げていた。


「ネタバレになるけれど――」DBは前置きを挟んで続けた。「魔王イベントに向かう転移門、獲得ポイントに応じて陸路と航路と空路の3つのルートを選べたでしょう? あそこで陸路を選ぶと『賢者の橋』を作る宝玉奪還クエストに飛ばされて、航路を選ぶと『黄金船』を作る素材集めクエストに飛ばされるのよ」

「まだクエストが続くのか……。面倒くせぇな」

「そういうのをスキップしたいプレイヤーの為に、魔王城へダイレクトワープって方法も用意しているみたい」


 魔王城へダイレクトワープする為に必要なポイントは、確か十万ポイントだった。


 ポイント争奪クエストで勝ち続きだった俺ですら五万ポイントに届かないと考えると、相当熱心にポイントを稼がなければその方法は選べなさそうだ。


「それで、俺たちはゴリ押しで湖まで来てしまったワケだが……」


 橋も船もない俺たちはどうする、と目で訴える。


「どの方法で行きたい?」


 DBはぶ厚い本を広げている。

 カーチェイスで大活躍した、あの本である。


「どの方法って……。その本は何なんだ?」

「これは攻略本――というか、現代風に云うと『シリアルコード集』みたいなものかしら」

「しりある……?」

「この本さえあれば、ゲームで役に立つ便利なアイテムがいくらでも呼び出せるのよ。えーっと、確か……あ、あった」


 DBは本の終盤を開いて、指差した。

 そこには『賢者の橋』やら『黄金船』やらと箇条書きで書かれ、続くように呪文が綴られている。


「ズル!? なんだこれ!」

「ズルでも何でも使えるものは使う。そういう方針でやってきたでしょ。昔のあなたは」

「そうだが、これはさすがに……」


 魔王城に挑むのが勇者だけだったらまだ良い。

 このゲームには他に勇者(プレイヤー)が何人もいるのだ。


「さぁ、どんどん作るわ」


 DBが本に書かれた呪文を読み上げると、次々に『賢者の橋』が生成されて魔王城への架け橋がつくられていく。


【ケアさんが『賢者の橋』の作成に成功しました】


【ケアさんが『賢者の橋』の作成に成功しました】


【ケアさんが『賢者の橋』の作成に……】


【ケアさんが『賢者の橋』の……】


【ケアさんが……】


 システムアナウンスが虚しく響く。

 DBの悪ふざけなのか、本来一つしかつくれないはずの『賢者の橋』が湖中に五つも六つも建造してしまった。


「あーあ。もう滅茶苦茶だ……」

「ふふ、難攻不落のプリマロロ城も、これじゃ形無しね。手下の魔族が城から出てきたら、思わず感謝されるんじゃないかしら? 〝こりゃ便利〟って」

「性格悪いよな、お前……」


 不敵な笑みを浮かべるDB。 

 ゲーム仕様に対する冒涜である。



「ところで、あたしも付いていっていいの?」


 俺とDB、アーチェが橋を渡ろうと歩き始めたとき、リリスがそう言った。


「あぁそうか――」


 そういえば、リリスは当初、邪魔にならないように一人で行動すると宣言していた。

 しかし、図書館から運営に追われ、自分がどれだけ運営から執拗に監禁されようとしているのか目の当たりをしたことで気が変わったのかもしれない。

 その恐怖心を想像すると、配慮が足りなかった。


「当然だ。せっかく運営を撒いたってのに、放置してて連れ去られてたら後味が」

「――駄目」


 DBが俺の声を遮った。

 俺は咄嗟に対抗する。


「なんでだよ?」

「足手まといになるでしょ。回復役の私でも、魔族の回復はしない」


 それまで運営と敵対するスタンスでいたDBが、どうして――。


「せっかく守り切ったのに意味がねぇだろうが」

「守り切った? 私は貴方をここへ連れてきたかっただけ。そのMob(キャラ)はたまたま居合わせた付属品よ」


 相変わらずの冷淡さにイラ立ちが募る。

 こんな局面で、なぜDBは俺に異を唱える。


「運営が襲ってきたのは、リリスを奪い返そうとしたからだぞ。放っておけば、また連れていかれる。こいつは運営の目的を探る鍵だ!」


 合理的に考えれば、わかるだろう。

 頭の回転が速いDBなら、俺と同じ考えになると思っていたのに、反発する理由がわからない。


「何? こんな所にまで来て揉めてんの?」


 アーチェが仲裁に入ってきた。

 体の向きが半ば魔王城に向けているあたり、早く城内に入りたい様子だ。


「リリスを連れていくかどうかって話?」

「アーチェはどう思う?」

「私は別に連れていってもいいと思うわ。まったくの無力ってことでもないんだし、三人で攻め込むより、戦力が四人いた方がいいでしょ」

「よしっ! 多数決で決まりだ」


 多数決。

 無理矢理そう言ってDBを押し黙らせる。


「――ふん。まぁどっちでもいいけど」


 DBは不服そうだったが、了承した。

 なぜだろう。些細なことだったのかもしれないが、DBのその態度が妙に俺の頭に引っかかった。


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