166話 湖城へのドライブにて
鎖を引き上げられ、走行中の車体に戻った。
荷台に同乗するリリスは、なんとも言えない目を俺に向け、気まずそうに黙っていた。
「なんだ?」
「いやぁ、よかったのかなって思って……」
「良い悪いは他人が決めるもんじゃないんだろ」
リリスが云っていた言葉をそっくりそのまま返してやった。俺が自分で決めて、自分でしたことだ。シールはいずれ正気に戻す。
「でも、あの子、なんだか……」
リリスが俺とシールの関係を知るはずもない。
だが、このサキュバスは男女の関係に敏感だ。
俺ですら思ってもいないようなことを、俺とシールの間柄に感じていそうだ。ただでさえ教会前で、嫉妬に狂ったシールの言葉を聞いている。
「リリスが気にすることじゃないからな」
「うん……」
「この世界にいると、どうも変になっちまう」
「変なのは、どっちなのかな~」
リリスが気になることを呟いた。
俺は「あぁ?」と眉間にしわ寄せてリリスを見返したが、彼女は何も言わなくなった。
〝――なんだかソードさんの物言いは、まるでそれに気づかないフリしているみたいに聞こえるわ〟
図書館で言われた言葉を思い出す。
自身の感情を気づかないフリする俺の方が異常に見えると、リリスは言った。
俺は世界を救うために生まれた〝人間兵器〟だ。
アークヴィランを倒す今の自分。
魔王討伐をしていた剣の勇者の自分。
どの時代でもそういう大義を背負ってきた。
その過程に感情は要らない。むしろ邪魔だ。
二号、四号と相次いで仲間がそういうモノに振り回され、おかしくなるのを見てきた。
総じて魔素にやられ、自分勝手になるのだ。
ある意味、人間らしさが増したと云っていい。
エゴで他人を攻撃するようになるし、独善的な考えに染まっていく。
もしアークヴィランの魔素が人間らしさの源泉になるのなら、俺たちのような破格の強さを持つ存在が魔素に染まってはいけない。
魔王が増えるようなものだ。
ミイラ取りがミイラになったら、今までの自分を否定することになるだろう――。
「――ソード。心構えはできている?」
空の彼方を眺めて考えに耽っていると、助手席のDBが振り返り、声を掛けてきた。
気づくと、前方に大きな湖が見えてきた。
霧が濃いが、近づくにつれて次第に遠くまで見えるようになり、湖面にぼんやりと巨城の輪廓が浮かび上がっていた。
「魔王城プリマロロ……!」
「あそこに魔王がいるわ」
「魔王っつっても所詮、プリマローズだろ? 会って話せば、このゲームから逃げる手段を一緒に考えられる」
プリマローズは暴走機関みたいなヤツだが、まったく話が通じない相手じゃない。
実際、賢い。
リンピア曰く、遙か昔は賢者だったそうだ。
賢者五人分の知恵が詰まって頭のネジが吹っ飛んだのだろうが、それでも頼りになる。――事、対アークヴィランに関してはプリマローズも死活問題であるため、俺たちと同じように排除する方向で考えてくれるだろう。
「はぁ……」
DBは溜め息をついた。
「なんだよ、その呆れた態度は」
「貴方が想像するプリマローズだったら、心構えなんていらないのでしょうね。でも、相手は魔王プリマローズ。その違いは、事前に想定しておいた方がいいわ」
「どういう意味だよ?」
「相手は全盛期の魔王。――『パンテオン・リベンジェス・オンライン』が見せたこの世界の今までのことを思い出してみれば分かるでしょう? 私たちが勇者として旅した世界を、完全に再現している。つまり――」
あの湖城にいる魔王も、当時の極悪な魔王を完全再現している、ということか。
勇者への敵対心も含めて……。
「でも、倒すわけにはいかねぇだろ」
「そうね。生け捕りも視野に入れないといけないかもしれない。そうなると、当時よりもっと攻略は難しくないかしら?」
「……」
魔王の倒し方は今でもはっきり覚えている。
人間兵器の誰よりも把握しているはずだ。
しかし、それは倒し方。
「昔、七人の勇者で挑んでいたときは討伐しかしたことがねぇな……」
「そして今の私たちは、そこの魔物の子を除けば三人パーティー」
「生け捕りどころか倒すこともキツいってか」
だが、それは当時とすべて同じ状況ならだ。
「待ってよ」
俺がDBに言い返そうとしたことをアーセナル・マギアを運転していたアーチェが、代わりに言ってくれた。
「私たちの方もだいぶ状況が違うわよ。ソードとDBは知らないけど、私なんか二号じゃない。魔法使いの女の子になってる」
アーチェは肩に垂れた赤毛のツインテールを鬱陶しそうに左右に振った。
「そうだ。それに俺はアークヴィランを倒してきた実績もある。当時とは経験値も違うぞ」
DBは真っ直ぐ湖面に浮ぶ巨城を眺めて、俺とアーチェの言及を意に介していないようだった。
「……この世界が過去を丸ごと再現しているというのに、なぜ勇者だけ違うと思う?」
「んなこと俺たちが知るかよ」
「そこに答えがあると思わない? ――いずれにしても魔王とご対面してみれば、わかると思うわ。そこに六号もいると思うし」
メイガスという名前が出てきて、ハンドルを握りしめるアーチェの肩が緊張で強張っていた。
いよいよ想い人に会えるのだ、という期待と不安が過ったのだろう。
それは俺も同じだ。
メイガス――。
憑依になっていなければいいが。
パペットを救う鍵も、あいつが握っている。
いや、パペットだけじゃない。アーチェも、シールも、他の連中みんなが魔素に振り回されずに済む方法を知っているのではないかと期待している。