17話 討伐報告、微かな不信感
タイム邸に戻り、事の顛末を話すとナブトが固まっていた。
「どういうことだよそれ……」
「どうもこうもイカ・スイーパーは死んだ。これで東のマナディクションは浄化されたはずだ。砂漠化も――」
ナブトは立ち上がり、ふらふらした足取りで近づいた。
丸い座布団で胡坐をかく俺の前で膝をつき、ワナワナと震える手を徐に肩に置き、眼球を震わせてこう言った。
「それってつまり……イカ・スイーパーが死んで東のマナディクションが浄化されるってことかよ!?」
「今それ俺が言ったよな!?」
ナブトはかなり混乱しているようだ。
「まさかこんなあっさり解決するとは……」
愕然として両手を床に着いた。
一応喜んではいるようだ。
俺の背後ではプリマローズが得意げになっている。
「ふぇっふぇっ、妾が本気を出せばこんなもんじゃ」
「お前、逃げ回ってただけじゃねえか」
「何を云うか。囮がおらねば上手くいかなかったであろう」
「うーん、まぁそれは確かに」
「じゃろう! では約束通り、新しいゲーミング端末を献上せよ」
プリマローズはナブトに手で催促する。
ナブトは冷静にそれを振り払う。
「実際の状況はシズクから聞く。報酬はその後だ」
「そ、そんなっ! 妾も頑張ったのじゃぞっ」
「それならシズクも見ていたはずだ。安心しろ。娘は公平だ。怖いものから目を背けない度量もある。的確にそのときの状況を教えてくれるだろう」
プリマローズはシズクと相性が良くないようで、心配している。
「な、ナブトー! 約束が違うではないかー!」
「約束を反故にしてたのはそっちだ。うちに居候し続けて何年経つ? それまでの家賃滞納、光熱費、ネット代!」
「ひっ……」
ナブトの雰囲気が変わった。
色黒で爽やかな男という印象だったのと相反して、今は少しでも刺激したら激昂しそうな怖さがある。
「情報収集とか嘘ついて、ずっと遊び惚けてたな? これ以上、俺に食ってかかると不利になるのはそっちだぞ」
「ひょえ……も、もう言うことはないのじゃ……」
プリマローズは萎縮して口を噤んだ。
これが現代の魔王の姿か。
ヴェノムに教えられたことを整理すると、アークヴィランは外宇宙から侵略に来た異星体であり、俺たちに新たな力を与えてくれるかもしれない力の源――。
その宿主となるのは、器として才能のある一部の人類。
プリマローズのような魔族や妖精、精霊は、この星に土着が強すぎてアークヴィランと敵対関係にあると云う。
当然、器になれるはずもなく、新たな力も手に入らない。
結果として、異星体の力と交わっていく人類と比べ、相対的に劣っていくのは自明の理だった。
「ソード……妾を慰めてたもれ……」
「嫌だよ」
「がーん」
惨めだ。
ふと思ったのだが、古代の七人の勇者も、元を辿ればアークヴィランから力を授かった一部の人類が、勇者として扱われただけなのかもしれない。今では最初期の記憶がないから知る由もないが――。
それこそ教暦1000年頃の時代。
今より6500年も昔だ。
夜、シズクに話があると呼ばれ、タイム邸の中庭に向かった。
向かう途中、石段の通り道を歩いていると、シズクの姿を中庭に見かけ、その背に声かけた。
「おい。シズク――」
間違いなく聞こえたはずなのに、振り向きもせず、シズクは小走りで別の建物に移動していった。
そこはシズクの部屋がある棟だ。
タイム邸の使用人と同じ棟にシズクの部屋はある。
変に思い、追いかけると、ちょうど中からシズクが出てきた。
「こんばんは」
「ん……? 今なんで逃げたんだ?」
「いえ、その、ソードさんとお話する準備がまだだったので」
「そんな畏まる必要はねえ。気楽に話してくれていいぞ」
違和感はあった。
棟に着いたのは僅差だったのに、シズクの印象が違う。
例えば、小走りで駆け込んだわりに今のシズクは呼吸を全く乱していない。それどころか、純白の髪もだいぶ振り乱していたはずだが、今のシズクは整っている。
普通の人間なら見過ごしていた。
でも俺はこれでも近接戦闘において最上位クラスの人間兵器。
持ち前の洞察力には自信がある。
「お前、本当にシズクか?」
「そうですよ。変なこと聞きますね」
「……」
仮に別人だとしても、入れ替わる意味がない。
というか、入れ替わったとしてもシズクにここまで似てる人間を用意するなんて元から双子でもいないと無理だ。
「まぁいいか」
ここはひとまず騙されたと思って気にしないことにした。
「それで、話ってなんだ?」
「ソードさんの目的についてです」
「俺の目的……シーリッツ海のことか?」
「はい」
シズクは無表情なまま、淡々と続けた。
「もし期待していたら残念ですが、東リッツバー平原の砂漠化は、当面の間、元に戻りません」
「え……マジで……?」
「アークヴィランの瘴気は、元凶を取り除いても浄化に時間がかかるのです」
「どれくらいかかる?」
シズクは口元に手を当てて下を向いた。
「イカ・スイーパーがあそこに棲みついたのは、およそ500年前からだそうです。植物は死に絶え、砂漠化は広範囲に渡っています。これから本来の環境に戻り、少しずつ樹木も戻ってくるでしょうが……」
「到底、数ヵ月とかって話じゃねえな」
「そういうことです」
イカ・スイーパーを倒したのは無駄足だった。
結局、砂漠を横断するしかないんだ。
「ふー……取越し苦労だな」
「すみません。道中で目的を聞き、もしやと思いました」
「シズクが謝ることじゃない。まぁ気にすんな」
謝るために夜分に呼んだのか。
律儀な娘だ。ナブトが溺愛して褒めちぎるのも納得。
シズクは思いきったように顔を上げ、俺を見た。
「そこで提案があります」
「おう。なんだ?」
「迷惑でなければ、私もシーリッツ海に連れていってください。砂漠を横断するための乗り物も用意します」
「お、おう……?」
急なお願いに戸惑う。
乗り物はありがたいが、シズクもシーリッツ海に用があるのか。
ていうか、砂漠横断用の乗り物があるのか。
我ながら空回りしてて笑える。