164話 振り子兵器
異様な光景を見せられている――。
DBが運転するアーセナル・マギアは、いよいよバーウィッチの街を出て、未舗装の荒野へと飛び出した。
アクセルペダルを押し込んだまま、減速せずに門を飛び出した車体は、段差で一瞬宙に浮き、着地すると乗り手の四人の首を大きく上下させた。
その直後に迫る、運営の車体。
俺たちと同じように門を飛び出すと、車体の底が乗り手を突き上げるはずが、体を上下させたのは、荷台で対物ライフルを構えるシールだけだった。
「シール……」
運転手や助手席に乗る黒い影は、絵のようにシートに張り付いて、振動すらしない。
その人間らしさの欠いた態度は、荷台に乗っているシールのことにも気づいてないようだ。
「あいつ、まさか便乗しただけなのか?」
シールは運営に寝返ったというより、車にこっそり乗り込んだようでもある。
「ソードさんを追いかけて乗ってきたんだよ。女の執念は怖いんだぞ~」
「だとしても撃つことねぇだろ」
「あなたを殺して私も死ぬー! みたいなタイプなんじゃないの?」
「……」
速度に慣れてきたのか、俺と同じく荷台に乗るリリスも軽口を叩く余裕が出てきた。
俺は「んな馬鹿な」と云いつつ、一方で今のシールならその思想もありえる、と思っていた。
特にリリスへの嫉妬心はわかりやすかった。
途端、車はドリフトして街道の砂利道に沿い、砂粒を大量に撒き散らした。
ギャリギャリというタイヤの駆動音が響く。
運営の車体も同じようにドリフトして街道の砂利道に入り込んだ。――それだけじゃない。砂利の上に乗った途端、あちらのタイヤは膨張してスパイクが生え、フロントバンパーは厚くなり、車高まで上がり、ラリー仕様のそれへと変形した。
「なんだなんだ? 変形マシンかよ」
「運営だからやりたい放題なんじゃない!?」
俺とリリスは荷台の淵に捕まりながら、振り落とされないように耐えた。
「ううっ……このままじゃ追いつかれるわ」
DBがサイドミラーを見やり、唸った。
「これアーセナル・マギアでしょ!? 同じようにデザインチェンジできないの!?」
アーチェが助手席からDBに追及する。
マギアの中には、あらかじめの設計図が何通りか収納され、走行中に別型の車体に変形できるものも存在すると云う。
しかし、DBはアーチェを睨んで否定した。
「即興の乗り物に期待しない!」
「ちょっとは期待させてー!」
二人の口論の中、背後から炸裂音が鳴り響き、運転席のサイドミラーが文字通り粉々になった。
シールの狙撃銃で撃ち抜かれたようだ。
射撃回数が増すごとに、シールの狙撃精度が上がっている気がする。
「唯一の頼みはその本よ」DBが座席の間に置かれた本を一瞥する。「アーチェ、少しの間でいいから運転代わってくれない?」
云いながらDBはすでに運転席から腰を上げ、助手席にスライドしかけている。アーチェも窮地で、その交代の意思は受け入れた。
「まかせてちょうだい。アークヴィラン・ハンターの間ではドライビング・テクニックも買われてたんだから」
アーチェはハンドルを掴み、シートに座った。
幸いにもアクセルペダルに足は届いたが、やや届きにくいのか、半立ちの状態だった。
直後、助手席のサイドミラーも撃ち抜かれる。
DBは短く悲鳴を上げ、屈む。
「くっ。何もできないのがもどかしい。何かあっちに牽制する手段はねぇのか?」
俺はぶ厚い本を捲るDBに声をかけた。
「そうねぇ」
DBは探していたページを見つけたのか、短く何かを詠唱し始めた。すると、タイヤが市中の舗装路を走る細めの駆動輪ではなく、運営側の車体と同じスパイク仕様に変化した。
「あ――」
DBがはっとなってこちらを見やる。
「あなたはゲーム法則の縛りがないんだったわ」
「それは牢屋の扉のことを言ってんのか?」
「イチかバチかよ。これを使って」
DBが「――サタンの楔、闇より出で」と唱えると本からジャラジャラと鎖が伸びてきた。
「なんだ!?」
「体張るの! 得意でしょう!」
DBは言い終わる前に鎖を放り投げ、俺を荷台から蹴落とした。
不意打ちをもろに食らった俺は、体をよろめかせながら、かろうじて投げ捨てられた鎖を掴んだ。地面に振り落とされ、放り出された体がアーセナル・マギアに引きずられる。
「アーチェ! 飛ばして!」
そんな俺をそのままに、無情にDBは叫び、本を片手に次から次へとあらゆる車体パーツをマギアへ装着させていった。
アーセナル・マギアからは、ドッドッドッと凶悪なエンジン音が唸り、太く伸長したマフラーは火を噴くターボブースターと化していた。
スピードを上げたアーセナル・マギアは、運営側の車体を遠ざけていく。
――ガン。ガン。
二発、俺の間近で弾丸が炸裂した。
シールが俺を撃ち抜こうとしている。
DBが後ろを向きながら、敵機との距離を見計らっている。アーチェに何やら口頭で指示を飛ばし、その指示で車体は大きく蛇行して、俺の体はそれに合わせて左右に振れた。
それは、俺への合図でもあった。
その蛇行運転で、二人が何をやろうとしているのかを俺は理解した。理解してしまった。
体を張るって……。
まぁ、近接戦闘員である俺の役目でもあるか。
運営のマギアは俺たちに近づくために、加速装置を付け加えて荒野を追走する。徐々に距離を詰められていく。
「今!」
運営が車間距離を詰め始めたのを見計らい、DBが叫んだ。
するとアーチェが急ブレーキを掛けながらハンドルを大きく右に切った。
異変に気づいたシールが、運営車の荷台から対物ライフルを撃ち放つ――。
タイヤを狙ったその弾丸は、大きく旋回を始めたこちらの車体のタイヤを外し、空しく砂利を跳ねただけだった。
そのまま車体は三百六十度回転し、運営側の詰め寄りを許す。俺は車体の回転に身を委ねて左に体を振られ、車体を軸として水平に大きくスイングしていく。
鎖で繋がった俺の体こそが凶器だ。
敵の車体側面を蹴り穿つ振り子である。
「――――ッ!」
元勇者仲間のシールが、こちらの思惑を察した。
銃口を右に向け、迫り来る凶器である俺を迎撃せんと狙撃銃を構えた。
そっちが弾丸なら、俺はフレイル型の鎖ハンマーだ。
「食らいやがれッ――!」
水平の振り子となった俺は、運営車に蹴りを食らわせんと右側から迫る。
シールが撃ち放つ弾丸の軌道を先読みした俺は、体を反らしてその弾を躱し、運営の車体を蹴りつけた。
蜂の巣状のバリアを破り、運営のアーセナル・マギアを肉弾で破壊するという作戦は見事成功した。
轟音が荒野に響き渡り、運営の車体は大きくひしゃげて走行不能となる。
運転席や助手席のシートに絵のように張り付いていた黒い影は、細かなブロックとなって散り散りに消失した。
「ソードっ!!」
体を放り投げられながらも、歯を食いしばって俺を睨むシール。
なんで、とその目が訴えていた。
「――ッ!」
視線の交差。
理由や目的など語るまでもない。
俺がやろうとしていることは一貫している。
メイガスとプリマローズの救出。
その課程で、目的を見失っているのはシール、お前の方だ――。
鎖に掴まったままの俺は、荒野を急加速するアーセナル・マギアに引きずられるようにして、即座にそのまま戦線を離脱した。
斯くして運営とシールを振り切った。