163話 カーチェイス
アーセナル・マギアが猛スピードで街を駆ける。
荷台は激しく揺れ、もちろんシートベルトなどあるはずもなく、俺とリリスは体を突き上げられながら、時折大きく首を頷いた。
助手席に座ってるアーチェですら、シートにしがみついて悲鳴を上げていた。
DBは勇ましくハンドルを切り、直角のT字路も車体の側面を壁に激突させながら無理矢理にでも押し進んでいた。
おとなしめな司書スタイルの服装には似合わない強引な運転である。
「振り落とされないでよ?」
「無理無理無理ぃぃいい! おろしてぇええ!」
リリスが肩肘をガタガタ震わせて荷台の淵に捕まっている。
「ダメだ! アクセル緩めんなよDB!」
「もちろん。このまま街道まで出るわ」
「いやぁああ何処に行くんですかぁああぁああ」
「魔王城に向かうわ。プリマロ湖まで地続きだから、バーウィッチから北に向かえば着くはず」
当時の記憶を思い出す。
プリマローズの根城は北に位置する『フリーデンの森』の中心部にある湖にあった。
DBもその記憶を頼りに向かおうとしているのだろう。
「DBはあの黒い連中が追ってきてるの、気づいていたんだ?」
アーチェが問いかける。
図書館で〝説明している時間があれば〟と言っていたことが気になっている様子だ。
「……ソードはもう何度も会ったと思うけど、私の体はこの世界の至る所に在る。〝私〟はゲームを構築する記録端末として利用されているのだけれど、その子たちの視界を通して、パンテオンで何が起きているのかを同時に把握することができるわ」
「端末……」
アーチェが呟く。
ロアに言われたことを思い返しているようだ。
「監視カメラをたくさんの画面で眺めるようにね」
――ということは、やっぱりイベントサポーターの姿をしたDBも、俺に体をイジられるのを我慢しながらちゃんと見ていたわけだ。
DBは通行中のプレイヤーを一人、遠慮なく跳ね飛ばしてから続けた。
「でも、私がゲームに介入することは禁じ手だわ。運営側に、史料の一つである私がゲームに参加できると気づかれたら容赦なく排除してくるでしょうし」
「今は堂々とカーチェイスしてるじゃねえかっ」
荷台から俺がツッコミを入れる。
「だって、あなたがアーチェから運営本部の話を聞いておきながら、まだポイント稼ぎなんてまどろっこしいことを一から始めようなんて言い出すんだもの。イベント期間が終わっちゃうわよ」
「それ以外の方法が思いつかなかった」
「もう少し頭使ったらどう――――っ!?」
ドン、と体が跳ね上がる。
後ろから運営が運転するアーセナル・マギアに追突されたのだ。リリスは「ひゃあ」と悲鳴を上げ、わめき始めた。
「怖い怖いぃい! 逃げ出してごめんなさぁい!」
「お喋りは十分だ。飛ばせ飛ばせ! リリスも簡単に自由を諦めんなっ」
俺やリリスは追突してきた運転手を間近で見ることができる。
実体のないただの黒い影なのだが、異様な圧力を感じさせる。運転席の影は表情も読めず、感情らしきものを微塵も感じさせないが、それゆえに無情さが誇張され、恐怖心を感じさせる。
「くっ……。もうすぐ街中を出る。荒れ地なら駆動輪も変えないとスピードが……。これ以上体当たりが続いたら車体が保たないかも」
DBは前方の街門を睨んでいた。
その先には、砂利だらけの街道が地平線の先まで続いている。
一方のアーチェは何かを思い立ったようで、助手席の窓から身を乗り出し、半身を後方に向けた。
「ていうか、やられてばっかりなんて癪だわ。こっちも攻撃すればいいじゃない」
云いながら腰に差した魔道杖を手に持つ。
「アーチェ、魔法が使えるのか?」
「知らない。でもこんな装備なんだし、そっち方面が得意なんでしょ〝この子〟は。狙い撃ちなら銃と一緒だし、やってみるわよ」
「小さくなっても頼もしいな」
「ふん。ソードは現実でもゲームでも脳筋よね」
近接攻撃だけの俺を非難していた。
普段ならそんな皮肉にイラッとするが、今回は言う通りなので仕方なく溜飲を下げる。
アーチェは右手に持った杖を追走する運営のアーセナル・マギアに向けた。目を瞑って集中すると、次第に杖の先端に赤い魔力粒子が集まり始めた。
「いくわよっ!」
気合いの一声を上げた直後、アーチェの持つ杖から大きな火球が、ぼんっという冗談みたいな音を立てて放たれた――。
「おおっ」
火球は真っ直ぐ運営の車体のフロントガラスに直撃した。
爆煙が広がり、これが現実の光景なら間違いなくフロントが傷物になっただろう手応えはあった。
「ウソ……」
――しかし、それは錯覚だった。
火球の爆発はあったものの、運営のアーセナル・マギアは、不可視の六角セルが敷き詰められたシールドに守られていた。
蜂の巣のような表面が一瞬浮かび上がり、爆風が消えるとともにシールドはまた透明になった。
「なんだアレ!」
愕然とするアーチェと不条理さを吠える俺。
すると、ハンドルを握りしめるDBからお叱りが入った。
「何やってるのよ二人とも。運営主なんだから、ゲーム内の手段で攻撃したってダメージなんか与えられないに決まってるでしょう」
「先に言えよな!?」
「無理。こっちは運転に集中してるのよ」
直後、こちらの攻撃に応えるように、運営のアーセナル・マギアからも何かが放たれた。
空を切り裂くような風切り音の後、車体の後方バンパーを貫通したのは、経口の大きな弾丸だった。
「……」
突然の銃撃に驚き、アーチェと二人で目を見合わせて、追走する運営の車を見やる。
「あ――」
我ながら間抜けな声を上げたと思う。
よく見ると、運営の車の荷台から、対物ライフルを運転席の屋根に設置して狙撃を図った、狙撃手の存在に気づいた。
しかも、その狙撃手が、直前までこのゲームイベントを一緒に攻略していたチームの一人と知って、余計に言葉が続かなかった。
「――ソードッ!!」
怒気を帯びた声で俺の名を呼んだのは、対物ライフルのスコープから顔を離したシールだった。
「なんで、シールが……」
「あれ、シールなの!?」
「あ、あぁ……」
対立構造はここに決した。
運営の車両に便乗して、俺たちの進行を阻止しようとするシールと、運営が血眼で捕まえようとする、自我を持つサキュバスを保護する俺――。
そのとき一つの覚悟を迫られた。
自分が何を守り、何を大切にすべきなのか。
信念か情か。未来か過去か。世界か仲間か。
憑依化したパペットと戦ったときの、旧王城の情景が目に浮かんだ。
俺たちは、俺たち自身の手で終止符を打つ。
それがシールに対しても、ということだ。