161話 人間史料Ⅰ
突然出現したDBに、真っ先に反応したのはアーチェだった。
「あんたっ……どういうことか全部説明してよ!」
詰め寄って憤る仕草はアーチェそのものだが、四角い机の角に当たらないように体をずらしずらし、愛嬌を感じさせるのが今の少女体型のアーチェだ。
そんなアーチェの詰め寄りを、目を反らして事もなげに受け入れるDB――。
DBは、特に見た目が変わっていなかった。
「説明している時間があればいいけれど」
「時間……? タイムリミットがあるの?」
「まぁ、時間が許すかぎり、頑張ってみるわ」
DBは脇に抱えていた分厚い本を開いた。
バラバラとページを捲り、仰々しく咳払いを入れてから演説でも始めるかのように語り始めた。
「コホン。――この世界で起きていることの全容を説明するためには、人間兵器の本質から話す必要があるわ」
「人間兵器の本質……」
静寂に包まれた図書館。
微妙に感じる黴臭ささえもリアルに鼻孔をつく。
〝この世界〟とは、一体なんなのか。
ゲームという次元を越えていることは、俺ももう感じていることだ。いまだに通常のプレイヤーにはゲーム的な要素として、一定の制限がかかるようだが、取り込まれた側はリアルそのものなのだ。
「待て。DBは全容を知ってるのか?」
「知っている。それこそメガティア社の正体も、プリマローズが何故イベントボスにされたのかも、そして六号の所在も――」
だったら最初から登場して、イベントに奔走する俺たちを導いてほしかったものだ。
アーチェがメイガスの名を聞いて目を見開いた。
衝動的にDBを問い詰めた。
「メイガスはどこ!?」
「六号は魔王に捕まっている」
「……!」
DBの答えにアーチェは肩をびくりと震わせた。
「やっぱりそうなのね。急いで行かなきゃ」
「……ん?」
俺は違和感を覚えた。
今回のヒロイン枠が六号であることは、別にいい。
だが、メイガスは、下水道で会ったときのあの口ぶりから、ゲーム世界に精通している様子だった。
俺やシールは、それこそメイガスこそ黒幕ではないかと予想していたほどである。
それが魔王に捕まっている……?
あいつが超越的な立場にいるという認識が間違っていたのだろうか。
「――正しくは、イベントシステムの概念的な一部として拘束されている、ということ。故に、メイガスを救い出すには魔王を倒すしかないのよ」
俺の不信感を悟ったか、DBはそう言い直した。
確かにメイガスはどこかに幽閉されていると自分で云っていた気がする。
DBの発言とも整合性は取れる。
信じていいのだろうか?
「だったら結局、ポイント稼いで魔王城を目指すってことは変わらねぇってことだな?」
「いいえ。ポイントを稼ぐ必要はない」
「はぁ? 魔王城に行かなきゃメイガスを救えないんだろう」
「転移ゲートを使わずとも魔王城には行けるわ」
「……なんだそれ」
DBは得意げな表情で続けた。
「そもそも、あなたはこのゲームを、ゲームのように感じていなかったでしょう。魔王城が転移ゲートを使わないと辿り着けないような、異界の果てにでも在ると思っていたの? ――答えはノー。魔王城は同じ地平面の、地続きの場所にある」
「それなら他のプレイヤーだって……」
言いかけてはっとなる。
他のプレイヤーと俺たちは違うのだ。
「他のプレイヤーには入り込めないエリアに行けるって、もう気づいてるでしょう? あなたに〝見えない壁〟はないの。究極、徒歩でもいけるわ」
「それなら早く教えてくれよ……。どうせ俺やシールの動きもお前は見ていたんだろ」
教会のイベントサポーターにだってDBの意識が入り込んでいた可能性もある。
相変わらず性悪な女だ。
「やぁねぇ。それなら早いところ助言するわ。私だって同じ人間兵器の仲間なんだから」
「じゃあ今までなんで出てこなかったんだよ?」
「……」
DBは饒舌だった口を、急に閉ざした。
「何か言いづらいことでもあるのか?」
「……ふぅ」
しばしの沈黙のあと、重々しく喋りを再開した。
この雰囲気、まるで現実世界のタルトレア大聖堂を彷彿とさせる。
「まだ全容について話してなかったわね?」
「そういえば……さっき私、DBを見たの。メガティア社の本部みたいな場所で、機械の中にいた」
アーチェがそう云った。
「ロアはあなたのことを『端末の一つ』って言ってたけど、それはどういう意味なの? 私たちが知ってるDBは本物じゃないの?」
「本物か偽物かなんて線引きはナンセンス。端末という呼ばれ方を気に食わないけれど、そう言われれば、すべての私が端末であり、本物であり、偽物であるのかもしれないわ」
「……?」
謎めいた存在が、さらに謎に包まれていく。
「すべてのDB? たくさんいるのか?」
「そうねぇ。オリジナルの存在を含めれば、一……二……三……。うーん、五、六人くらいガワがあるんじゃないかしら?」
「ガワ。ガワって言ったぞこの女」
「所詮、機械兵器よ私は」
DBとケアと……他に誰がいるのだろう。
俺たちが知らないだけでDBのルーツを辿っていけば、五万と他の〝端末〟が出てきそうだ。
「オリジナルはなんで機械の中にいたのよ?」
アーチェが追及していく。
それも厳密にはオリジナルじゃないけれど……、などとDBが前置きを入れながら説明を続けた。
「経緯から伝えた方がいい。――気づいていると思うけれど、メガティア社の実体はアークヴィランで構成された組織よ。彼らは既に出来上がった社会を牛耳ることではなく、彼らの新世界に人間を取り込むことで世界を支配しようとしている」
リンピアの予想は当たっていた。
新世界。それが、創造されたゲームの世界だ。
そこに人間たちを呼び込もうとしている。
「えーっと……言い方を間違えたかしら?。支配済みの世界に、人間たちを集めることで人類を征服した結果を作りだそうとしてる、って感じ」
「ややこしくなるからもういい。とにかく、アークヴィランのやり口が変わったってことだな?」
「ええ。そういうこと」
それなら運営会社ごと潰せば終わりだ。
強制的に『パンテオン・リベンジェス・オンライ』のサービスを終了させればいい。
だが問題は、プリマローズや人間兵器の一部が既に取り込まれてしまっている、ということ。
……そもそも俺たちを取り込んだことで、奴らにメリットがあるのか?
「妙だな。アークヴィランが世界征服を実現させたいんなら天敵である俺たちを取り込んだことは悪手じゃないか?」
「ふふ。でも、そうせざるを得なかったのよ」
DBは可笑しそうに嗤う。
「そもそも〝人間〟について素人であるアークヴィランが新しい〝人間社会〟を創ろうとしたって無理な話。粘土でしか遊んだことのない子どもが、高層ビルを建てようとするくらい無謀だわ」
「あぁなるほど――」
理解した。
アークヴィランが欲しいのは俺たちの経験。
悠久の時を生きた俺たち人間兵器は、人間の本性を誰よりも知り、毛嫌いさえしている。新世界を創造する上で、この上ない史料なのだ。
それが魔王や人間兵器を引き込む意義――。
「それで街並みが一緒なのか」
「酷いわね。それじゃ模倣とかいうレベルを超えて流用じゃない。コピーをつくっても劣化品ができるだけよ」
アーチェが悪態をついた。
DBは頷き、それに同調してアークヴィランの思惑を非難する。
「アークヴィランは、私たちが見てきた世界から、知識や道徳、欲求、感情までをも再現しようとしている。放っておけば、アークヴィランの住みやすい新世界が完成してしまう」
「欲求と感情……」
シールのことを思い出す。
アークヴィランの影響だとしたら、あれはもしかして憑依の症状ではないか。
ふとした疑惑が、心配となって頭にこびりつく。