160話 図書館の司書
場所を移して近隣の図書館へ。
その場所は静かな立地で、ゲーム仕様をプレイヤーが閲覧できるように設計された施設だった。
ゲーム外に攻略掲示板で溢れかえる昨今、公式が用意した説明書など見向きもされず、図書館もひと気が少なかった。
内緒話をするにはちょうどよかった。
――が、そこのNPCの司書も、漏れなくDBと同じ顔をしていた。
このゲームはやたらとDBをモブとしてNPCの容姿に採用している。なんだかやりづらかった。
アーチェにこれまでの経緯を伺う。
メガティア社が王都地下に存在したこと。
ロアと二人で向かい、その運営本部と思しき場所に巨大なサーバーポットがあったこと。
そのサーバー本体の中にDBがいたこと――。
「DBが繋がってた……?」
「でもロアが言うには、それは私たちが知ってるDBじゃないって言うのよ」
俺は図書館の司書NPCを一瞥した。
同じ顔の女がいると、なんだか気まずい。
「じゃあ、誰なんだよ……?」
「ケアって言ってたわ」
「DBもケアも同じだろ。勇者の頃と今とで、違う名前を名乗ってるだけで」
「私もそう言ったけど、ロアは〝端末〟とかなんとかって言ってたわ」
「端末……?」
DBも個人端末のような存在だとでも?
「見た目は間違いなくDBよ」
「……」
ここで五号も関わってくるか。
メガティアの陰謀に関与しているのは、六号だけじゃないのかもしれない。
「それより、ソードもここに来て間もないのに、随分と人騒がせなことしてるみたいね」
「人騒がせ? 普通にプレイしているだけだ」
「掲示板に晒されてたわ。チーターだって」
「モロスケが騒いでたやつか……」
「もっとスマートに作戦を遂行できないワケ?」
アーチェは不満げに眉を釣り上げた。
現実世界の彼女よりだいぶ若返っているが、気の強そうな仕草をすると、アーチェそのままだ。
「私は早く、彼に会いたいの」
「そうだよな……。うん。わかってる」
アーチェの目的は、俺とは違う。
俺は、パペットの憑依化を含め、今後、仲間たちがアークヴィランからの精神汚染の魔の手を予防するためにメイガスを探している。
一方、アーチェは純粋にメイガスに会いたいというだけである。
「本当にわかってるのかしらねぇ……」
アーチェが膨れっ面を向けた。
その様子に、好機の目を向けるリリス。
「なになに? 好きな人でもいるの? 可愛い~」
「……不躾ね。サキュバスのくせに、好きとか嫌いとかわかったような口を利かないで」
「あらぁ~。愛欲の魔族を馬鹿にしちゃいけないわよ。男を手玉に取りたいなら、このリリスちゃんにお任せあれよ」
「あなたは男をエサとしか思ってないでしょ」
リリスはニヤニヤと笑っている。
「そりゃそうだよ。でも、男を虜にするテクニックならお手の物よ。特別に伝授してあげてもいいわ。興味あるでしょ?」
「う……。うぅ……む」
「ふふ、可愛い~」
アーチェはただでさえ赤を基調としているのに、さらに頬まで真っ赤に染めていた。
「ソードさんはそういうの鈍そうだわね?」
「あー、ソードはダメ。鈍いし。熱血漢のくせに」
アーチェとリリスに好き勝手に俺のことを批判している。
「兵器だから当然だろ。愛だの恋だの、人間らしさとは無縁なのが俺たちだ」
「そう? あの青髪の女の子は、絶対にソードさんのこと気になって仕方ないように思うけど」
「シールとは良きパートナーだ。殊、戦闘においては剣と盾で相性がいいからな」
「わぁ……。女心をわかってなさすぎて引く」
リリスは口元に手を当てて侮蔑の目を向けた。
「俺からすれば、他の仲間の方が変だって思う。アーチェには悪いが、やっぱり俺にはその感情は理解できないな」
「ふん……。あんたがお子様なのよ」
そもそも〝愛憎〟こそが、今回の事件の黒幕なのではないかと感じ始めているほどだ。
さっきのシールの様子は明らかに異常だ。
合理性を欠いた純粋な嫉妬を感じた。
「ソードさん」
「うん?」
リリスは真面目な表情で赤い瞳を俺に向けた。
「知性があれば感情は生まれるよ。ソードさんだって怒ったり傷ついたりすることはあるでしょ? なんだかソードさんの物言いは、まるでそれに気づかないフリしているみたいに聞こえるわ」
「そうかぁ?」
「うん。素直に自分自身が思ったことを受け止めていくといいよ。つらいときに、それが頑張る糧になるはずだわよ」
「……」
逆に、昔の俺は思い詰めた結果、自暴自棄になったようだが――。
ゲームのプログラムだった存在に諭されるとは思わなかったが、一応、貴重なアドバイスとして受け止めておく。
ひとまず状況を確認し合ったところで、メイガスに辿り着くために、俺やシールがしていたことをアーチェにも共有しておく。
プリマローズがゲームのイベントボスにされていることから、まずはプリマローズの救出に向かう。
そうすれば自ずとゲーム運営やメイガスに辿り着けるのではないかという推測のもと、魔王城を目指している。
「なるほどねぇ。――ってことは、私も挑戦ポイントを集めないといけないワケ?」
「そうなるな……」
俺は今まで四万ポイント強を集めた。
これから転移門からワープできなくもない。
「ポイント集めは次のクエストを待たなきゃいけないんでしょ? そんな悠長なことしたくない」
「でも、そういうイベントだ」
アーチェは面倒くさそうな顔をしている。
確かに、メンバーも変わったことだし、また一からポイントを集め直すのは骨が折れる。
「確かにリリスもいるし、どうするかな」
「あたし? ああ~いいよいいよ! あたしは監獄島から抜け出したかっただけだし、気にしないで。お邪魔虫なら適当に一人で行動するからさ」
リリスはそう云ってくれるが、さっきのプレイヤーからの一方的な狩りを目撃してしまうと、安易にそれを認めるのも抵抗がある。
俺は俺でシールとの関係修復も必要だ。
なんだってこんな面倒なことばかり。
「――はてさて、話は聞かせてもらったわ」
そこに突然、図書館の入り口付近から声が……。
リリスやアーチェの声ではない。
「は……?」
声の方を見ると図書館の司書がいた。
司書は腰を上げ、カウンターから出てきた。
「お前、NPCじゃなかったのかよ……」
言うまでもない。容姿がそのままなのだ。
そしてこのタイミングで、あたかも重要人物かのように身を乗り出す悪趣味さ。
「ふふふ。癒やしの大天使DBちゃんは、どこでも噂されちゃうのね」
司書は不敵な笑みを浮かべていた。
間違っても、そこに癒やし要素はない。