159話 赤髪の魔法少女
シールを振り切り、リリスを追った。
――というより、リリスを追いかけるモロスケを先頭としたプレイヤーの群れをだ。
大人しくログアウトしておけばいいものを……。
走り出した俺は、通常のキャラクターの仕様では考えられない速度で街を駆け抜け、あっという間にモロスケたちに追いついた。
追い越し際に、手慣れた【抜刃】を駆使して剣を手にし、一瞬でプレイヤーたちの足を切り裂き、行動不能にした。
「あぁあああああっ!? なんだ!?」
「街でダメージ受けるってどういうことだよ!」
「バグか!?」
プレイヤーたちは一斉に転ぶ。
雪崩れ込むように倒れると、プレイヤー同士が重なり合って。奇妙な絡まり方をして身動きが取れなくなっていた。
「兄貴じゃないっすか!?」
モロスケが俺に気づく。
「悪いけど、このサキュバスは諦めろ!」
「あ、え……。ええ。兄貴が言うんなら……」
一応、俺への恩は忘れてなかったようだ。
俺はそのままリリスに追いついた。
「もう少し走れるか?」
「えっ……? う、うん……!」
「このまま人目のない場所に向かうぞ」
リリスは、ただでさえ目立つ。
プレイヤーに見つかれば、一瞬でサキュバスだとバレるだろう。
俺はリリスの背中を支えながら、路地裏まで寄り添いながら抜けた。
そこは店などもなく、普段からプレイヤーの通りも少ない場所だった。ゲーム上、街並みの設計で余ってしまったデッドスペースのようだ。
「ここまで来れば大丈夫だろう……」
「はぁ……はぁ……。災難だわ。なんで人間ってあんな風に、急に襲ってくるんだろう」
「倒せるもんは片っ端から倒す発想なんだろ」
「そりゃひどいわねぇ」
「ゲームなんだから、そんなもんだ」
リリスはうんざりしたような目で空を仰いだ。
「プレイヤーの反応がよくわかったろ。装備を変えられるなら目立たない格好に変えた方がいい」
「うう……。生まれてこの方、この一張羅だから、服装を変えるなんて、ちょっと抵抗があるわね」
とはいえ、リリスを衣装屋に連れていく間に、また他のプレイヤーに見つかって狩りの対象にされる可能性があるか……。
「俺がローブか何か買ってくるから、リリスはそこの茂みにでも身を隠して――」
街の片隅にある背の低い雑木の茂みを指差す。
そのとき、ちょうど壮絶な音がした。
――ズシン。
「あぁ?」
何かが落ちたような音だった。
だが、空から何か降ってきた様子はなかった。
なんだろうと思って様子を見に行くと、茂みの緑の中に赤一色の女の子が倒れていた。
髪の色も制服のような衣装も赤く、一目で誰かいるということがわかった。
「うわっ。大丈夫か? ――って、プレイヤーか」
こんな所でプレイヤーが倒れているというのはどういう経緯なのか理解できないが。
「どうしたの?」
「女の子が倒れてる」
「へ? ……あっはは!」
なぜかリリスは急に吹き出した。
「なんで笑うんだよ」
「だってさ、ソードさん。女の子が倒れている状況になんて、なかなか遭遇しないよ。普通に〝倒れてる〟だって! ほんと退屈しない」
「こっちも好きで見つけたわけじゃねぇ」
「だからよ。余計にウケる」
勇者の宿命だろうか。
犬も歩けば棒に当たるように、勇者も歩けば困った人に当たる。
見つけてしまったらスルーすべきじゃない。
しかし、俺たちも状況が状況だ。
「放置しよう」
「えっ? それも酷くない?」
「どうせゲームの世界だ。NPCなら助ける必要はないし、プレイヤーだとしても放置して死ぬわけじゃない。街中だし、モンスターもいない」
「はいはいはーい」
「お前は別!」
リリスが手を上げてからかってくる。
確かに、既に『パンテオン・リベンジェス・オンライン』は普通のゲームではない気がする。
対応を決めあぐねていると、
「う、うぅ……」
赤髪の女の子が呻き、腕を動かした。
起きようとしている。
「この子、プレイヤーじゃないかな。NPCの反応じゃないよ」
「だったら尚更――」
赤髪の女の子が地面に腕をつき、体を起こす。
顔を上げて、俺たちを見上げた。
目が合う。
「な……」
「うん? 知り合い?」
「いや知らないが……誰かに似ている」
赤髪の女の子は、ツインテールだった。
魔術学校の女子制服のような服を着て、腰に魔術ロッドのようなものも装備している。
魔法使いの見習いのような印象だ。
しかし、どこかで見たことがある……。
「あっ……つぅ……うう」
背中を庇うように女の子は起き上がった。
傷は見当たらないものの、背中が痛いようだ。
「あんた、大丈夫か?」
「えっ……そ、ソード! ソードじゃない?」
「おお。俺を知ってんのか」
「当然でしょ。私よ私」
「いや誰だよ」
「というかソード、なんか大きくない? ……って私が小さいの? なんでよ!?」
自分の出で立ちに混乱している赤髪の少女。
その口調や〝赤髪〟という特徴から、思い当たる人物が一人いた。
「もしかして……アーチェか?」
「そう! なんでわかんないの!? っていうか私なんでこんな格好してるの」
「ここが『パンテオン・リベンジェス・オンライン』の中だ。お前は今ゲームのアバターの状態でここにいる。俺やシールも少し容姿が違うんだ」
「くっ……こんな少女趣味な格好、屈辱だわ」
仕草は完全にアーチェのままで安心した。
アーチェと合流できたことは幸いだが、そうとすると何故彼女がここにいるのかという疑問が浮ぶ。
俺と同じように、意図せずゲームに取り込まれたのだろうか。
「ったく最悪よ……。あの男、私を殺そうとした」
「あの男? 現実世界で何かあったのか?」
「ええ。ソードも知ってるでしょ。魔術相談所の青髪の男。あんた、そこで働いてなかったっけ?」
「――ロア」
「そう。あいつに殺されかけたわ」
「……」
詳しく話を聞く必要がありそうだ。
リンピアの方は信用できると感じていただけに、その仲間であるはずのロアの挙動が解せない。
一方で、あいつならやりかねない、という確信があるのも事実――。
俺を嫌っているようでもあった。
人間兵器全員を毛嫌いしているのだろうか。
シールとリンピアとも逸れたばかりで、関係に亀裂が入ってしまったし、今までの仲間の関係性が少しずつ変わってしまっている気がする……。
ゲームの思惑だろうか?
――にしても、ロアのことは残念だ。
どういうわけか、俺はあいつを〝間違った判断をしないタイプ〟の男だという、ある種の信頼みたいなものがあった。
信用はできないが信頼はできる、って感じだ。
どれだけ冷酷で非道な結末でも正義や正解を選びそう、という印象がある。
そんな奴がアーチェを殺そうとした意味は……。