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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第3章「人間兵器、本質を探る」
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157話 メガティア社Ⅱ


 二人は洞窟の奥に続く排水パイプを辿る。

 ゴゥンゴゥンという拍動めいた駆動音が響き渡っていた。


 アーチェは念のため、【装弾(ドロウ)】で手元に魔導銃を生成しておいた。密閉された環境では、【弩砲弓(フリンテ)】のような大型遠距離武器より、拳銃サイズの武器の方が相応しい。


 一方、ロアはずっと手ぶらだ。

 武器を取る様子もなく、警戒心が足りないのではないかとアーチェはぼんやり考えていた。


 奥地では大空洞が広がっていた――。

 大きなサーバーポットが中央に鎮座し、そこから太いコードがいくつも伸び、周辺の機械類と繋がっている。

 大空洞の壁の上部にはガラスも嵌められていて、地下洞の自然地形をそのまま施設に改造したような光景だ。


「ここがメガティアね……」

「人の気配がない。予想はしていたが、メガティアの社員も向こうにいるのかもしれない。この本部と思しき場所から飛べる(・・・)のなら」

「ここからなら私もゲームに入れるのかしら?」

「……」


 ロアはまた無視である。

 それどころか、不機嫌そうな顔まで浮かべた。

 アーチェはロアの不躾な態度を、やや不快に感じながらも探索を続けた。


 ロアは周辺の機材を調べ始めている。

 モニターのようなものを覗き込んだり、サーバー本体に設置されたボタンを眺め、触り始めた。

 危なっかしい手つきにアーチェもひやひやする。


「ちょっとっ……。ゲームを壊したら、中にいるみんながどうなるか分からないわよ! 最悪、そのまま死ぬかもしれないわ」

「ふむ。それも一つの手だと思うがな」

「はぇ……?」


 今、この男はなんと言ったのだろう。

 アーチェにはその突拍子のない返答に、この青髪の淡泊な男の異常さを垣間見た。


「お仲間の女の子も中にいるんでしょ?」

「リンピアか?」

「そう。事務所の所長」

「あいつは意外とタフだ。心配あるまい。それよりも怪異を滅却する方が先決だ」

「……」


 アーチェは言葉が詰まった。

 この男は――。


 ロアは淡々とサーバー本体をいじり始め、ついにはボタンを適当に押し始めた。すると、排気システムが働いたのか、蒸気が外へ放出され、ハッチのようなものまで開き始めた。

 明らかに素人がやってはいけないことに手を出したロアを見て、アーチェは止めに入ろうとした。


 しかし、ロアは開いたハッチの前に素早く移動してしまう。

 その中身を見て、ロアは息を呑んだ。


「なるほど。それで〝万神の復讐劇パンテオン・リベンジェス〟か」


 ロアが何やら呟いている。

 アーチェはその背中越しにハッチの中身を見た。


「えっ!?」


 そこに一人の人間が格納されていた。

 体中にケーブルが接続された薄紫色の髪した女。


「DB……?」

「違うな。彼女はケアだ」

「知ってるわよ。人間兵器としてはそう呼ばれていたんだから」

「アーチェは勘違いしている。そこにいる彼女こそがケアで、それ以外の呼び名など無い。DB(データベース)は所詮、端末だろう」

「どういう意味……?」


 その言葉の真意がアーチェにはわからなかった。

 質問に答える前に、ロアは突然、手元に剣を生成した。その生み出した剣戟はソードの【抜刃】と寸分違わず同一で、アーチェはぎょっとした。

 生成速度や精度はソードに勝るほどである。


 ロアは間髪入れずに剣を逆手に持ち替え、腕を振り上げると、即座にケーブルまみれのDBの肉体に突き立てようとした。


 アーチェは咄嗟の判断で手元の魔導銃の銃身でその剣を弾く――。


「……」


 剣を弾かれたロアはゆっくりと振り返り、冷徹な視線をアーチェに向けた。


「何のつもりだ?」

「そっちこそ何のつもりよ?」


 二人の間に緊迫した空気が走る。

 疑惑は拒絶に変わり 共闘は未成に終わる。


 元より目的地が一致しただけの二人だ。

 始末の付け方が相容れないのであれば、互いの得物をぶつけ合うことも辞さない。

 ロアとアーチェはその程度の他人なのだ。


「彼女を殺せば、あるいはキミの仲間を救い出せるかもしれないぞ」

「あるいはって程度の話に乗っかるには、情報が足りなすぎるわ。取り返しのつかないことになったらどうすんのよ」


 ロアの眉がぴくりとつり上がった。


「アーチェ。キミはどうも兵器らしくないな。――取り返しのつかない? それはまさか、中にいる連中の身でも心配でもしているのか?」

「当然じゃない。元勇者同士、それくらいの義理はあるわ」

「……」


 ロアは大空洞に設置された機械類を見回し、最後にDBが納められたサーバー本体に一瞥くれた。


「四号に続き、二号キミもか……。となれば、彼女(ケア)も――」


 ロアの声がくぐもっていく。

 声音が低くなり、殺意を漂わせた。


「さっきから何をぶつぶつ言って……」

「理解した。悪いが、この件に関してはキミを早いうちに排除しておいた方がよさそうだ」

「は――」


 刹那、稲光のような閃光が伸びてきた。

 音が届く前に肉迫する一撃。ロアが手元の刃を突き刺さんと腕を振るったことをアーチェは瞬時に理解した。

 身を引きながら魔導銃でガードする。


「くっ……! あなた、やっぱり!」


 一丁では足りない。

 間合いを取りつつ、もう一丁【装弾(ドロウ)】。

 照準を正面に向ける頃、既にロアの影はなくなっていた。


 ――ぞわり。

 背後から凶悪な殺気が全身を襲う。

 振り返るよりも銃口を後ろに向けた方が早いと判断したアーチェは、肩越しに背後のロアへ向けて、二丁で数発の魔弾を連射する。

 しかし、所詮は牽制。

 手応えのない銃声が大空洞に響いた。


「キミは元来、弓兵(アーチャー)ではなかった(・・・・・・)。その戦闘スタイルでは、この身に届くはずもない」


 天井を反響して木霊する、落ち着いた声。


「どういうことよ?」

「さてね。……やれやれ、その性格、如何に体をいじったところで変わらないようだ。敵の声に耳を傾けるなど、戦士として未熟すぎる」

「……」


 アーチェは固唾を呑み、次の攻撃に備えた。

 とはいえ、機械の影に身を顰める程度だ。


 索敵は狙撃手の基本スキル。しかし、ロアの気配遮断は相当の腕で、アーチェとて現在の彼の位置を正確に読み取ることができなかった。

 これほどの手練れと対峙することは、およそ初めてかもしれない。


「私を倒して何になるっていうのよ」

「保険だよ。キミがいないことで減らせるリスクが一つ浮上した」

「なにそれ! 血も涙もない男ね!」


 どこに潜んでいるかわからない敵を罵倒する。


 その間、アーチェは戦術を再考した。

 素早い相手に大型武器は不利だ。

 しかしながら、小回りの利く双銃でも捉えられぬ敵であれば、高火力の特大レンジ技をお見舞いした方が一網打尽できるかもしれない……。

 だが、ここはメガティアの本拠地。

 サーバーごとすべて破壊してしまえば、メイガス含め、ゲーム世界にいる多くの仲間も一緒に殺してしまう可能性があった。


「チッ……」

「得意の【掃滅巨砲(キャノンボール)】は封じるのか? その甘さが赤髪の血統らしいが、そんな覚悟でどこまで通用するかな」


 人間兵器に血統もへったくれもあるものか。

 ロアはやけにアーチェのかつての素性を知り尽くしているかのような事を口走る。


 アーチェは声のする方へ【鎌鼬(キャンディポップ)】を二発放った。

 それも即時破壊された。

 魔弾の影響で機械がいくつか破損してしまった。

 ジジジと音を立てて火花が散っている。アーチェもはっとなった。壊してはいけない。


「あんたの所長に会ったら、全部この悪事を告げ口してやるんだからっ」

「ふん。リンピアは関係ないさ」


 ロアの気配がアーチェの背後に漂う。

 振り向くと、誰もいない。囮のようだ。

 アーチェは近接戦闘に備えて、片手の魔導銃をダガーに変えた。


 直後、頭上からの強襲を察知する。

 アーチェは前転しながら身を躱し、そのまま片手銃から魔弾を撃つが、ロアは流れるような双剣捌きで魔弾をすべて相殺した。


装弾(ドロウ)拳鍔アパッチ!」


 アーチェは起き上がり、近接戦闘に挑む。

 拳銃のトリガーが指に巻き付き、そのままナックルダスターの形状へ得物が変化した。白兵戦とリボルバーアクションを並行する複合武器だ。

 奥の手だったが、ロアを組み伏せるには出し惜しみはしていられない。


 ロアも面白いとばかりに素手となり、その格闘に応じることにした。


「このっ……!」


 アーチェの連打はすべて受け流された。

 それどころか、攻撃の隙に、手際よく関節を外された。

 アーチェの格闘が止まるとロアの反撃が始まる。

 急所を続け様に抉られ、アーチェは膝を屈した。


 敗戦に至る隙さえもロアは与えてくれなかった。

 無情にも、その息の根を止めにかかる。ロアはまたしても剣戟を生成し、すれ違い際にアーチェの背にそれを深々と突き立てた。

 

「あっ……! ガッ――ア……」

「惜しい。だが、それまでだ」


 アーチェはうつ伏せに倒れた。

 圧倒的な力量差。

 この男は一体、何者なのだろう。

 人間兵器すらも容易く往なし、赤子のように蹂躙してしまうほどの実力者。こんな男がこの世界に存在したことにアーチェは驚きを隠せなかった。


 痛みは感じていない。

 しかし、紛れもなくロアの剣は内部の核を貫いていた。邪剣が命を吸い取るように、闇に落ちるような感覚がアーチェを襲っていた。


 這いずりながら、死から逃れようと進む。



 〝――こっちよ。さぁ、早く〟



 DBに似た声が、頭の中で響く。

 朦朧とする視界で見上げると、サーバー本体の内部にいる薄紫色の女が語りかけている気がした。

 サーバーの女は目を閉じ、口すら開いてない。

 しかし、その言葉は彼女のものだとわかった。


「ハ……アァ……」

「安心するといい。此処の機械は壊さない。キミを始末した後、中にいる連中もどうにかする必要があると考えている」


 アーチェは背後からゆっくりと近づいてくるロアから逃れるべく這いずり、かろうじてサーバー本体まで辿り着いた。

 渾身の力を振り絞り、その手で表面に触れた。



 〝よく頑張ったわね。もう大丈夫よ〟



 温かい声がした後、サーバー表面からアーチェの全身に熱が伝わってくる。


「救世のためには仕方ない処置だ。兵器の犠牲で世界を救えるなら躊躇うまでもあるまい。そもそもキミたちはそんな運命のために勇者になった――」


 ロアが剣を振りかざす。

 同時にアーチェの体が白い光に包まれた。


「――?」


 慌ててロアは首を落とそうと剣を振ったが、空振りに終わった。アーチェが消えたのである。


「あちら側に行ったか」


 ロアは得物を放棄し、サーバー本体に向き直る。

 そこで眠る少女に不満を告げた。


「面倒な怪異だな。お前は……」



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