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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第3章「人間兵器、本質を探る」
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156話 メガティア社Ⅰ


 アーチェはエスス魔術相談所にやってきた。

 立ち寄るのは初めてだった。


 ――カランカランと小気味良いベルの音が鳴り、空気のこもった薄暗い事務所がアーチェを迎える。


 そこは日常から隔離された異界のようだった。

 ゲーム世界が陰謀のもとに生成されたアンダーグラウンドだとしたら、エスス魔術相談所は自然発生した陽炎のような、天然の虚像という印象がある。


「おや?」

「……」

「君のような腕利きが来るとはね。ここは不器用な彷徨い人が来る所だ。真っ当な人間兵器が世話になるような事務所じゃないぞ」


 泡沫のように浮かび上がった青髪の男。

 気配さえしなかっただけに、アーチェも突然声をかけられて驚いた。


「事務所の人かしら? 私を知ってるの?」

「当然だ。――人間兵器二号。弓の勇者。その性能は語るまでもないが、とりわけ君は、その赤髪が印象に残りやすい」

「そう……。でも一応、自己紹介。アーチェよ。よろしくね」

「ロア・ランドールだ」


 アーチェは握手のために手を差し出したのだが、ロアは当然のように無視した。凍てつく瞳のせいか、冷酷な印象を受ける。


「此処に来たのはね、ドジな仲間がちょっとやらかしちゃったみたいで。今動けるのが私だけだから、代わりに尻拭いしてあげようって状況よ」

「ほう。今の言葉で察しがついた」


 ロアは中央のソファに腰を下ろした。


「君が追ってるのは俺と同じ怪異だろう。生憎、うちの所長もソレ(・・)に捕まっていてな。君の仲間も一緒だ。……やれやれ、またあの男絡みか」


 ロアは膝に体重をかけ、溜め息をついた。

 アーチェは〝あの男〟というだけで、それが誰なのかピンときた。


「ソードに恨みでもあるの?」

「恨みは随分と前に精算した。だが、特段これといった遺恨がなくとも毛嫌いしてしまう相手はいるだろう?」

「ふ~ん。ソードのこと嫌いなんだ」

「在り方が対称的だからな」


 ロアの言葉がまるで愚痴のように聞こえた。

 そんな仕草に、彼にも人間らしい一面もあるようだと、アーチェは不思議と安心感を覚えた。同時に、ソードとロアが似ているとも思った。

 似ているからこそ相容れない二人なのだろう。


「でも、恨み節を吐きながら、ちゃんと解決に向けて動いてくれてるのね」

「まだ調査状況のことは何も話していないが……」

「ゲームの掲示板にソードのこと書き込んだのは、あなたでしょ? わかりやすいわよ。今時ネットで特定されたら面倒なんだから」

「……どうなろうが気にも留めんさ。どうせリンピアが事務所ごと雲隠れするだろう」


 ロアは視線をそっぽに向けた。

 存外、子どもらしい一面もあるようだ。


「素直じゃないのね~。まぁ曲者の扱いは私も慣れてるわ。それよりメガティア社が何処にあるか、知ってるのよね? 連れてってよ。協力するから」

「ふーむ……」


 ロアは小難しい顔を浮かべた。

 何に悩む必要があるというのか。

 人間兵器という強力な助っ人が調査を手伝うと申し出ているのだ。悩むまでもなく迎え入れてくれるだろう――とアーチェは高を括っていたため、その反応が意外だった。


「まぁいいだろう。まだ不確定要素も多いが」

「不確定要素って?」

「君も一人の戦士として成熟したなら、多少はあらゆる物事を疑ってみることだ。思惑や事象、時には自分さえもな」

「うーん……? うん」


 ロアの物言いが上から目線すぎて、アーチェも驚きのあまり、不快さすら感じえなかった。あたかもアーチェが未熟な頃を知っているかのよう。

 そして、その語り口も淡々としている。

 彼も彼で壮絶な人生を歩んできたことは間違いなかった。それゆえ、どれほど高慢な言い方をされても、彼自身に有無を言わさぬオーラがあった。





 ロアの案内で連れてこられた場所は、タルトレア大聖堂に向かう直前のブロワール大橋である。


「DBにでも会いに行くつもり?」

「まさか。メガティア社はこの橋の袂から繋がる地下通路を辿って行く」

「なんでそんな所にゲーム会社があるのよっ」

「王都に蔓延るアークヴィランは、ほとんど地下に潜伏している。表は人間社会の独壇場だからな」


 世間的に有名な『メイズモンスター』がその代表である。【流動迷宮】という能力を宿すメイズモンスターは、王都の土木建築の基盤を作ることに、大いに貢献した。


「メイズモンスターのように、人間がアークヴィランを利用する事例もある。もしメガティアが作った『パンテオン・リベンジェス・オンライン』も、悪意を持つ人間がアークヴィランの力を借りて作り出したゲームだとしたら、潜伏先は地下だろう」


 ロアは橋の下を見下ろしながら淡々と語る。


「純粋にアークヴィランの仕業だったら?」

「その可能性は低い。そもそもゲームなぞを公で販売して流通させるためには人の手も必要だろう? おそらく怪異の元凶はアークヴィランではなく、人間側にある可能性が高い」

「うーん……」


 ロアの推理にアーチェは追いつけなかった。

 人間社会の不勉強さが露わになる。


「加えて、人間がアークヴィランと組んで悪事を働くなら、都会より人目につきにくい田舎に籍を置く方が動きやすい筈だ。しかし、そう出来なかった。その理由は、力の源となるアークヴィランが王都に根付いた種だったから――」


 ロアは橋から飛び降り、崖に手をつき、滑り落ちていく。


 突然だったため、アーチェは遅れて後を追った。

 少し滑り落ちた地点でロアの影が消える。

 その影を追うと崖の窪みを見つけた。アーチェはそこが洞窟のように続いていることに気がついた。


 降り立つと、まさに洞窟だった。

 端には太い管が備え付けられ、大量の水が川へと放水されている。


「ここは……?」

「この先は下水処理場へ繋がっている。元凶の開発会社も其処にある」

「すごいわね。今の推理で辿り着いたの?」

「いや……。実は偶然、あの男が見つけた下水道のゲーム機本体からヒントを得た」


 ロアはやや悔しそうに語った。


「あっはは。何よ。貴方、それらしいこと言いながら、結局ソードの世話になってるじゃない」

「違うっ。あの男の悪運が強いだけだっ」

「はいはい。再会したら仲直りしなさいな」


 アーチェはロアの肩をぽんぽんと叩き、洞窟の奥へと歩みを進めた。ロアはやや歯軋りをした後、同じように歩き始めた。


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