154話 監獄島の夢魔Ⅳ
シール視点
一方、その頃――。
シールは持ち前の工作スキルで、最初の牢屋から無事脱出を果たし、フロアの回廊を小走りに進んでいた。
「ピッキングで抜け出せるなら、いちいち鍵なんか見つけなくても大丈夫そうかな」
これは周回前提のクエストだ。
脱出後、再びイベントサポーターの導きで同じ牢屋に戻るなら、一度攻略ルートを見つけ出してしまえば、あとはクエスト解放時間終了までのRTAを繰り返す作業となる。
それにしても――。
シールは回廊に面する牢屋の数々を見て回り、同じフロアに捕まっているプレイヤーが女性キャラクターだけだという事実に気がついた。
状況からすぐソードと同じ答えに行き着く。
すなわち、男性・女性キャラ毎に別のフロアか別の監獄に振り分けられ、それぞれ挑むボスが違うのだということ。
事前情報で『夢魔』の存在も示唆されていた。
つまり、女性キャラクターにとってのクエストボスはインキュバスだろう、という答えが出た。
「シールさ~んっ」
「あ、リンピア」
リンピアが背後の廊から駆け寄ってきた。
シールはいまだ扱いに慣れない狙撃銃を背中に回して、リンピアを迎えた。
「脱出できたのね?」
「ええ。なんとか。鍵がどこにも見つからなかったので、ちょちょいと小細工をば」
「細工? リンピアもけっこう器用なのね」
「器用というか力技というか~……」
「うん?」
リンピアははぐらかしたまま、どう脱出したかは詳細に説明しなかった。シールはそんなリンピアの煮え切らない態度に小首を傾げる。
「まぁいいか。――にしても、私も鍵を見つけられなかったんだけど、他のプレイヤーもまだ脱出できている人が全然いなさそうよね」
「そのようですね~……」
中には、シールと同じように鍵を無理矢理こじあけようとしているプレイヤーもいたが、どうやっても開けられずにいた。
どうやら〝鍵による解錠〟という手段を取らなければ、開かない仕様のようである。
「私たちなら、工夫次第でシステムごと切り抜けられるってことなのか……」
「まぁイレギュラーな存在ですし……」
「でも、これだけ最初のギミックで苦戦するって、イベントクエストとしてちょっと難易度が高すぎるんじゃないの?」
「ユーザーから苦情が行くかもしれませんね」
「周回してポイントを稼ぐことが前提って考えると特にね」
シールは運営の意図に不信感を抱いていた。
前日、マモルから、イベントサポーターがすり替わったという証言も確認している。
シールも『パンテオン・リベンジェス・オンライン』というゲームのことに詳しくないが、プリマローズ、マモル、そしてゲーム内で知り合ったモロスケというヘビーユーザーの存在を鑑みるに、相当前からサービスが開始されていたと思われる。
つまり、プリマローズがゲーム世界に取り込まれたことは本当に突然だったのだ。
運営側に何かきっかけがあったに違いない。
これから挑戦しようという【魔王城プリマロロ攻略戦線】も、魔王プリマローズという異分子が存在してこそ成立するイベントである。
その前座に該当するこの監獄島のクエストも、始めからおかしいものだと考えるべきだろう。
そして立て続けにソード、シール、リンピアだ。
ゲームの転移者が増えるにつれ、通常のゲームでは考えにくい、おかしなことが増えるのでは――。
「とにかく行きましょう。プリプリに行き着くまで頑張るしかない」
「はいっ!」
「うん……?」
シールはリンピアの表情の変化に気づいた。
「リンピア、なんだか嬉しそうね」
「いやぁシールさんとこうして怪異に挑めるのが、なんだか嬉しくて」
「怪異……ねぇ」
〝怪異〟とは言い得て妙だ。
あまり聞き慣れない言葉だがしっくり来る。
「呑気なこと言わないの。こっちは真剣だよ」
「ええ、わかってますともっ」
「守護者だとか大仰な役割を公言するくらいなんだから、頼りにしてもいいんだよね」
「おまかせあれ! でも、私もシールさんのことを頼りにしてますよ」
「今の私は中途半端な性能だけどね……。この背中の銃も、どう扱えばいいのか……」
シールはあらためて狙撃銃を持ち上げた。
少し練習しておいた方がいいのだろう。ソードのことを思い出すと、足手まといになりたくないという気持ちでいっぱいだった。
「……」
ゲーム世界に来てからというもの、ソードのことばかり考えてしまうのは何故なのか。
しかし、シールはその湧き上がる思考の乱れを、不思議と不快には思わなかった。
○
上階へ行くフロアを駆け上がっていくと、大きなホールのような空間に出た。
重々しい両開きの扉を押して開くと、煌々と松明が四方八方の鉄柵に飾られているような、物々しい空間に出た。
「いかにも、って空間だけど……」
「ボス部屋ですね。ボス部屋」
ホールを歩いていくと、突如として黒い靄のようなものが中央に出現し、黒い靄から、一人の男が出てきた。
絵画にでも描かれそうな美丈夫だった。
漆黒のタキシードのような服を身に纏い、黒い長髪を肩に流したキザたらしい男だった。
頭に二本の角まで生やしている。
名を聞かずとも〝インキュバス〟だと判る。
「愛欲の檻にようこそ。レディたち」
インキュバスが薔薇の匂いを嗅ぎながら言った。
「愛……」
「……欲」
シールとリンピアはその一言で硬直した。
二人の背筋に悪寒が走る。
「この檻では僕の美貌を存分に堪能してくれていいのさ。誰もキミたちを咎める者はいない。美貌こそ罪であり、美しいものに魅了されることは穢らわしいことではない。――そう、罪深いのはこの僕。君たちレディのハートを奪ってしまうそんな僕を神は許してくれなかった……。だから僕はこうして此処に囚われてしまったんだ……。囚われた漆黒の罪人ファヌス。そう呼んでくれたまえ? フフ」
「……」
「……」
二人は引き攣った表情のままだ。
「おや? あまりの美しさに声も出ないかい? いいんだ。焦らず、じっくり精神を解放していけばいい。時間はたっぷりあるんだからね? フフ」
シールは背中の狙撃銃を自然と握りしめていた。
数千年の時を生きる二人すら、心の底から気持ち悪いと思わせるこのインキュバスはある意味、強敵なのではないかと感じていた。
ゲームで設定されたNPCだとしても、このボスを作り出した運営は頭が湧いている。
「そこのキミ? キミの眼には心の迷いを感じる」
「は……?」
心の迷い――。
確かにシールもそれは感じているが、今の言葉はNPCにあらかじめプログラムされたものの筈だ。
「僕が極上の癒しに誘ってあげるよ。さぁおいで」
「こないで! 気持ち悪い!」
シールはインキュバスのファヌスに近づかれ、生理的な恐怖心を覚えた。
咄嗟に狙撃銃をぶっ放し、インキュバスは眉間を数発貫かれ、一瞬のうちに霧散するように消えた。
「え? 倒したの?」
「はやっ! えええ、シールさん、さすが!」
「防衛本能でやっちゃった」
「銃の扱い上手いじゃないですか」
「うーん……。体が勝手に……」
シールはインキュバス討伐よりも、NPCごときに心の迷いを見透かされたような気がしたことに戸惑いを感じていた。
偶然だったのだろうが……。
それでもシールがボスを瞬殺したことには、心に迷いがある自身に気づき、そんな自分を否定するための反動もあった。
「シールさんっ、なにか落ちてますよ」
「インキュバスが落としたの?」
「そうみたいです。……これは、鍵?」
「鍵?」
リンピアは鍵の束を持ち上げた。
鍵と言っても、心当たりは牢屋しかなかった。
秘密の宝箱が周辺にあるような様子もない。
「もしそれが牢屋の鍵だったとすると……?」
シールは眉間に皺を寄せ、考えた。
牢屋から脱出しなければボスの夢魔まで辿り着けない一方、牢から脱出するには夢魔が持つ鍵を入手しなければならない、というギミック――。
それでは誰も攻略不可能だ。
どう足掻いても、最初の牢から脱出できない。
シールとリンピアが鍵を入手できたのは、二人が半ばズルをして、牢を脱出したからである。
シールはピッキングで。
リンピアは力技で。
他プレイヤーはゲームシステムによって、あの扉を〝解錠〟という手段でしか開けられない。
【 おめでとうございます!
『螂ウ逾槭莠コ騾逵キ螻』チームのシアさんが監獄島の夢魔を退治しました。
シアさんにスキルポイント+2
シアさんに朝イベント挑戦ポイント+3000
シアさんに初回夢魔討伐ボーナス+20000
シアさんにインキュバス退治ボーナス+5000
シアさんにノーダメージボーナス+2000
リンピアさんにスキルポイント+2
リンピアさんに朝イベント挑戦ポイント+3000
リンピアさんに監獄の鍵入手ボーナス+500
リンピアにノーダメージボーナス+2000
が付与されます】
シールが悩んでいる間に、頭上に例のシステムメッセージが表示された。
「あ、クリアしたんだ」
シールはメッセージを見上げ、自分自身の名前の表示が若干異なることを不服に思った。ソードと同じように、身に覚えのないキャラクター名だ。
【クエスト解放期間は残り18分です。クリア済みのチームを即時、イベントサポーターのもとへ強制転移します】
続けざまにメッセージでそう表示された。
一周目のクリアに42分もかかっている。
「周回できてもあと一、二周か……」
「もしかして鍵も二周目から使えるんですかね?」
「それね。なんか変だよね」
シールは思ったことを口にしようとした瞬間、白い光に包まれて転移させられた。
――これではまるで、鍵がなくても牢屋を抜け出せるプレイヤーが存在することを前提としたクエストである。