152話 監獄島の夢魔Ⅱ
今まで他のプレイヤーと比べて不便な点が目立ったが、もしかしたら、ゲーム世界に入り込んだ俺やシールにも利点があるかもしれない。
それは、ゲームシステムを無視した行動ができるという点――。
通常のユーザーなら破壊不能オブジェクトとされるものは、どんな強い攻撃を加えても破壊することはできない。だが、
「なぜオブジェクトが壊れて……。やっぱり兄貴、チート……?」
モロスケが破壊された扉を見て首を傾げている。
俺みたいにゲーム世界が現実のものとなった存在には、現実と同じようにオブジェクトも破壊できるようだ。
これは使える――!
しかし、他のプレイヤーの疑惑の目には注意しなければならないだろう。
「誰が脱出させてやったと思ってるんだよ?」
「あっ、す、すいやせん!」
一瞥くれると、モロスケは背筋がぴんとなった。
他のプレイヤーはまだ脱出に苦戦していて、個々の牢屋で右往左往している。
「このクエストはタイムアタックなんだろ? 今のうちに一番で脱出するぞ」
「へいっ!」
「あと、このフロアには野郎しかいないみたいなんだが、俺は他のメンバーと合流したい。心当たりはないか?」
シールもリンピアもまったく別の場所にいるのかもしれない。
「初クエストなんで、オレもどうにも……。ただ、夢魔がボスという情報なので、男キャラクターはサキュバスが、女性キャラクターはインキュバスが敵になるんじゃないでしょうかね」
「まぁそうなるよな。やっぱり」
モロスケの考察は、俺の見解と同じだった。
同じフロアに居ないことがほぼ間違いない。
それならば、もう牢屋のフロアを出てもよさそうだ。俺とモロスケは二人で階段を探した。
廊下を駆け抜けると突き当たりに階段を発見。
俺が迷わず下に行こうとすると、モロスケが立ち止まっていた。
「どうした? 早く来いよ」
「いえ兄貴……。その先、行けないッス」
「行けないってなんだよ。階段は続いてるぞ」
「進もうとしても進めないんスよ!」
「……」
モロスケが階段を下りようと走るが、その場で前傾姿勢になって足踏みし始めた。
これももしかして――。
「そうか……。またゲームシステムか」
通常のプレイヤーは移動を制限されているのだ。
おそらく、この階段も、上にしか行けない――すなわち、上へ進むように開発者が示唆しているということだ。
「兄貴~~! オレはどうしたらーーっ!」
「……」
足踏みして必死に階段を下りようとするモロスケを冷静に眺める。
ここで俺も他のユーザーと同じように、上を目指してもいいが……。
というか、上に行かないとゲームシステム的には攻略(脱出)できないということなのだろう。
でも俺は、この下に重要な何かがある気がする。
そもそも脱出しろと言われているのに、監獄の上を目指すっておかしいだろう。脱出するなら、下に向かって地上から逃げるのが普通だ。
「モロスケ。悪いけど、俺は下に行く」
「えっ」
「お前は上に行ってみてくれ」
「兄貴! 置いてかないでくれっ」
装備は一流なのに、情けないこと言うな。
せっかく返してやったというのに。
「お前には背中の最強の剣があるだろ……。それで無双しておけよ……」
「そんなぁ~! つれねぇッスよ!」
「大丈夫大丈夫。サキュバスに会ったら、あいつら雷撃に弱いから、魔法で攻撃しながら牽制して剣で刺し続ければ、そのうち倒せるぞ。間違っても炎とか土とか、反動の大きい魔法は当てるなよ。物理衝撃を反射させてくるから」
「なんか兄貴、詳しいっすね」
「そんな気がするんだ」
サキュバスとは勇者全盛時代によく戦った。
物理攻撃や爆裂系魔法に耐性が強いから、俺やシール、ヴェノムは苦手な相手だった。昔の性質のままだったら、サキュバスやインキュバスの弱点もわかったようなものた。
俺はモロスケにアドバイスした後、すぐ階段を駆け下りていった。
あるいは、行き止まりも覚悟していた。
だが、意外と階段を続いて、駆け下りるにつれて冷気が漂うようになっていた。
だいぶ下層まで下りてきたとき、頑丈そうな扉が目の前に立ち塞がった。
階段はその扉の前で終わっている。
「ここは……」
他プレイヤーが入り込めない場所に、謎の扉。
開発者専用の部屋なのだろうか。
俺はその先に可能性を感じて、ドアノブに手をかけた。
――ガチャリ。鍵などはなく、普通に開いた。
開いたとなれば躊躇う必要はないと、俺は勢いをつけて扉を開け放った。
そこに、寛ぎのリビングルームがあった。
「え……?」
それまで物々しい雰囲気だった監獄とは裏腹に、その部屋は柔らかそうなソファや花柄のカーテン、ウッドテーブルなど、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
「なんだここは」
雰囲気が一変したことに逆に恐怖心を抱き、俺は慎重に中に入っていった。
ソファの上で誰かが寝ていることに気づいた。
「すぅ……すぅ……」
「……」
ゆっくり近づく。
「すぅ……」
「って――」
ソファに寝ていたのは、露出の多いボンテージファッションを纏う金髪美女だった。
紛れもなく、サキュバスである。
サキュバスが、寛ぎの部屋のソファで寝ていた。
「おい」
「すぅ……うう……うーん……」
「おい起きろよ、お前」
「だめぇ……あと五分……」
「起きろーー!」
「ふぇっ!?」
サキュバスは飛び起き、瞼をこすっている。
眠そうだ。
クエストのボスとは思えない雰囲気。
「え……? 誰? 運営さん、じゃないよね?」
「運営さん?」
サキュバスも戸惑っていたが、それは俺もだ。
そもそもこの部屋はなんだ。
どう見ても監獄に相応しくないだろう。