151話 監獄島の夢魔Ⅰ
夜が明け、朝になった。
深夜帯と比べ、プレイヤーの人口は微増といったところ。
しかし、特にイベントサポーターがいる教会周辺にはプレイヤーがごった返し、その様相は教会に集う教徒というより、立てこもった避難民のような有様である。
賑わいを遠目に見ながら、俺も戸惑っていた。
「現実では朝だよな? こんなに暇人が?」
人間たちは朝、学校に行ったり、仕事に出かけたりと忙しそうな印象があった。
それがこの場だけは違う。
「パンテオン・リベンジェス・オンラインにはヘビーユーザーが多いみたいですからね。イベント期間中は朝の時間も割いて、ログインするユーザーも多いんでしょう」
リンピアが俺の隣で考えを語った。
「この様子だと、プレイヤーの現実が犠牲になってないかますます心配だ。やっぱり早いうちに、このゲームの陰謀を打ち砕いた方がいいな」
俺とシール、リンピアの三人パーティーは人混みをかき分けて、教会奥にいるケアに近づいた。
ケアはこれだけの数のプレイヤーの圧にも関わらず、深夜帯と変わらず、平然と突っ立っている。
「お、兄貴~!」
同じようにイベントに挑まんとするモロスケがいたようで、俺たちの存在に気づいて声をかけた。
「モロスケもいたのかっ」
「当然っす。早く魔王城に凸したいんで」
モロスケも朝は比較的、自由に時間が取れる人間なのだろうか。
それとも学校や仕事をサボって此処に?
相変わらず人物像が見えない。
「時を刻む少女やマリンはいないようだな?」
「あいつらは朝は無理みたいで。今回、俺はソロで挑もうかとっ」
「あ、ソロでも挑戦できるんだな」
「もちろんっす。今回は監獄島からの脱出クエストみたいなんで、パーティーを組む必要はないみたいなんですよ」
それならソロの方が気楽じゃなかろうか。
俺の疑問を察したモロスケが付け加えた。
「でも、まだクエストは始まってないんで、〝ソロの方が最短で脱出できる〟派と〝パーティーの方がボーナスポイントを効率的に獲得できる〟派の二つの考察班に別れて、今、掲示板が賑わってます」
「掲示板……?」
ゲームに閉じ込められた俺たちにはわからない次元の話がまだまだあるようだ。
いずれにしろ始まらないと分からない。
俺たちはまずはパーティーで挑んでみようということになった。
――ボーン。ボーン。
時間が経ち、いよいよ挑戦クエスト開始の合図が単調な鐘の音で報された。
すると、教会に犇めき合っていたプレイヤーがこぞってケアの元へと押し寄せ、押し寄せた人間からどんどん消えていく。
きっと『監獄島』に転移させられているのだ。
これは時間制限つきの周回クエストだ。
我先にとクエストをこなそうというプレイヤーが躍起になっている。
「俺たちも行くぞ」
「ええ」
人の波に乗って、ケアの前で「こんにちは」と話しかける。
考えたら「おはよう」の方が時間帯として適切だっただろうかと、どうでもいい疑問を抱いたが、それを振り返る前に視界が暗転して転移された。
○
――気づくと、石が敷き詰められた重苦しい雰囲気の一室にいる。
壁には手錠などが無数にぶら下がっている。
俺の両腕はそれで拘束されていた。
他にも拷問器具などもあった。
「ここが監獄島……?」
風を通すためなのか、壁には一部穴が空いているが、外を見ると、黒い海が広がっている。
まだこのクエスト内は夜明け前だった。
島に巨大な監獄がそびえ立っているのだろうか。
威圧的な外観が、内部からでも想像できた。
部屋には、俺の他に誰もいない。
パーティーとして潜入したはずのシールも、リンピアもいない。
「またランダム配置って仕様か」
そうなると、ソロの方がパーティーを気にせず単独で脱出することだけを考えればいいから、やはりソロ派の勝ちのように思う。
まず手錠で壁に繋がれている状況を打破する必要がありそうだ。
――といっても。
力任せに引っ張ると、それだけで鎖は千切れた。
「こんな拘束ならどうってことないな」
立ち上がり、部屋に一つしかない扉を見やる。
廊下から監獄からの脱出を狙うことが正規ルートといったところか。一方、窓から外に出て、壁を伝っていく方法もできそうな気がする。
「……」
でも思い返すと、イベントサポーターのケアはこのクエストの説明で何と言っていただろうか。
夢魔に襲われる、とか。
醒めても続く無間地獄、とか。
――争奪戦のテーマは〝日の出〟です。
確かにそう云っていた。
夢魔とは、サキュバスやインキュバスと云われた魔族のことだ。もう現代では絶滅している。
連中は人間の夢に取り憑き、精気を搾取する。
そいつらが絡んでいるとしたら……?
「単純に、監獄から外に出られれば終わりってクエストでもない気がするな」
嫌な予感がした俺は、ひとまず正規ルートを行くことにした。
扉に手をかけるも鍵がかけられている。
プレイヤーに鍵を探させるという手間をかけさせる魂胆か……。
俺は自前の腕力で、力尽くで扉を開いた。
単純なギミックならパワープレイで突破できる。
廊下に飛び出して、いくつにも並んでいる部屋を扉の鉄格子越しに覗き込んでいく。
どうやら一人一人、部屋にプレイヤーが閉じ込められているようだ。
最初の壁の手錠すら抜け出せずに悪戦苦闘しているプレイヤーが圧倒的に多い。また、抜け出せても扉の鍵が見つからず部屋の中でうろうろしているプレイヤーもいた。
俺が廊下に出た一番手のようである。
今のうちにシールやリンピアを探そう。
リンピアならともかく、シールなら俺と同じパワープレイで抜け出せそうな気がするが……。
でも、あの幼女体型ではそうもいかないか。
「シール! リンピア! いないか!?」
声をかけるも、特に反応がない。
他のプレイヤーが罵倒を掛け合う声だけが廊下に響いてきていた。
「……ん?」
ふと気づいた。
廊下には男のプレイヤーの声しか聞こえない。
「まさか、男女で牢獄が分けられている、とか」
我ながら冴えている。
もう一度、部屋を覗いて確かめていく。
やはり女性プレイヤー(アバター)の姿はない。
夢魔がこの監獄島にサキュバスとインキュバスのどちらも存在するとしたら、男女を分けて投獄することにも納得いく。
つまり、ここでシールやリンピアを探すことは無意味かもしれない。他の馬歯よに行くべきだ。
「あ、ああ、兄貴っすか!?」
すると、俺の声を聞いたらしいモロスケが、扉の鉄格子に掴まって、廊下を覗き込んできた。
「おう。モロスケじゃねえか」
「さすが兄貴! 脱出早いっすね。どうやったんですか?」
モロスケも手錠を外すまでできたようだが、扉の鍵が見つからず閉じ込められたままのようだ。
「いや、単純にこう――」
俺はモロスケが閉じ込められた部屋の扉をあっさり破壊して脱出させてやった。
「え……」
モロスケはだいぶ引いている。
「どうした? 出ないのか?」
「いえ、兄貴……。これオブジェクトなので、攻撃とかで外せるはずないと思うんですが……」
「でも開いたぞ? ほら」
俺は顎で合図してモロスケを出してやった。
こいつには色々と世話になる可能性がある。恩を売っておいて損はないはずだ。
モロスケは唖然としながら部屋から出てきた。