149話 虹の瞳Ⅱ
「さて、ここからが瞳の色の答えです」
リンピアは、身の上を話して信用してもらえたと思ったようで本題へ移った。
「守護者の存在はお話した通りです」
「それは、とりあえず信じよう」
「ありがとうございます。――実は、かく言う私も、元々は守護者という立場ではなかったんですけど……そのロアくんと誓いを交わして……」
リンピアが頬を染めながら目を泳がせる。
「誓い……?」
「は、はい……」
「どういう誓いだ?」
「あっ、そ、それ聞くのは野暮ってやつじゃないですか!」
「……」
おいおい。のろ気話を聞きに来たんじゃない。
シールの目も、なんとなく白んでいた。
なんだかゲーム世界に入り込んでからというもの、シールはこういった痴話に敏感に反応を見せる。
「あっ……こほん。とにかく、ロアくんと血の盟約を結んだことがきっかけで、私も不死の守護者となったのです。ロアくんが守護者一族で、彼との『血の盟約』の影響です」
慌てて取り繕うリンピア。
惚けていたことの醜態を誤魔化そうとしていた。
「あいつが守護者の一族ねぇ」
あんな無愛想な奴に守られたくないが。
「そしてケアさん――今はDBさんと呼ばれる彼女も、人間兵器になる前は〝守護者〟という立場でした。元守護者ですね、彼女は」
「ふーん」
世界の守護者は、みんな漏れなく皮肉屋か。
そんなシニカルな現実世界は嫌だ。
「あぁそれで」
シールが口を開いた。
何かに気づいたようだ。
「おわかりですか?」
「その虹の瞳は、守護者の証明の一つってこと?」
「その通り! さっすがシールさん!」
「……は?」
理解が進むと、理解できないことも増える。
「待て。あの教会のイベントサポーターが、世界の守護者の一人だと云いたいのか? 今は人間兵器のDBだって、瞳は虹色じゃない。俺たちと同じ赤い瞳だ」
しかも、あのイベントサポーターも変だ。
普通に声かけても、あぅあぅしか言わないんだぞ。
犬か。世界の守護者は、犬か。
「DBさんは元・守護者ですから。あそこの教会にいるイベントサポーターは、人間兵器になる前の、守護者としてのケアさんなのではないですかね? ……と、私は予想してます」
「……?」
リンピアは得意げに推理を披露するけれど、その実、謎は一つも解き明かせていない。
ケアが人間兵器五号となる前。
あいつが昔は〝守護者〟だったとして、それが現代のゲーム『パンテオン・リベンジェス・オンライン』のイベントサポーター役として配置された理由はなんだ?
マモルの話によると、イベントサポーターも俺たちがゲーム世界に来てから、すり替えられたようだし。
一体このゲームの中で何が起きてやがる。
底知れない強大な敵を感じさせる。
「このゲームという仮想世界、とても不安定です。元々はプログラムでしかないものが一つの〝世界〟になり始めた。私もこんな体験は初めてですが……」
リンピアは固唾を呑む。
「これも、新たな並行世界なのでは、と――」
「……」
「……」
俺やシールは唖然としていた。
それは、リンピアの最初の話に立ち替わる。
遙か昔の厄災を機に、世界が複数に分岐してしまった。
並行世界が存在するのだと。
――『パンテオン・リベンジェス・オンライン』も、その並行世界の一つになろうとしている、と言いたいのか?
「いやゲームだぞ? たかがゲーム。子どものオモチャだ。それが並行世界だの、世界分岐だの、なんで小難しい話になるんだ? オモチャはオモチャで終わりじゃないのか」
「でも現実、私たちはゲーム世界に取り込まれたよ」
シールが呟く。
起こった事実を踏まえても、筋の通った推理ではある。
さすがリンピア。相談事務所の所長。
名推理かもしれない。
ただ――。
「誰の仕業でそんな……」
「メイガス?」
シールが答える。
可能性としては、ありえなくない。
アークヴィランの仕業か、魔素によるものか、はたまた人間兵器の仲間の仕業か。
――"ああ、九回目のこと? 気にしないでよ! 確かに僕はやられちゃったけど、おかげですごい発見ができそうなんだ"
下水道のGPⅩを通じて会話したメイガスは、そんなことを言っていた。
あのときの『すごい発見』が何なのか。
もしかしたら、この並行世界の存在のことだろうか。
とすると――。
「メイガスも魔素にやられちまってんじゃねえか……?」
「うん。私もそんな気がする」
元から暴走しがちな魔術オタクだった。
しかし、ゲームの中にまで別の現実世界を作り上げようというのなら、それはやりすぎだ。
ある種の侵略行為とも云えよう。
現実世界を支配するのではなく、新たな世界を作り上げることで現実に侵食する世界征服。現に、このゲームを遊ぶプレイヤーの中には、のめり込んで現実に戻れなくなるような廃人までいる。
だとすれば、アークヴィランとしての侵略が、電脳世界で水面下に繰り広げられているとも考察できる。
「止めねえとな」
「うん。メイガスを探そう」
パペットの事例もある。
メイガスが同様に暴走しているとすれば看過できない。
アーチェとも早いところ合流して、力を借りたいところではあるが――。
「二人とも、まずはアレを……」
リンピアは街灯の先に見える塔を指差した。
そこにはイベントフラグが立てられ、
『期間限定魔王討伐イベント
【激戦!! 魔王城プリマロロ攻略戦線!!
~勇者求む! 湖城に咲く紅き薔薇の棘~】』
のイベント名が刻まれている。
リンピアの言う通り、メイガスを探す宛てがない今は、まずプリマローズに接触することで手がかりを追う方がいいだろう。
「結局やることは一つね」
「おうよ! ポイントを稼いで討伐イベントに出る!」
決意を新たに、拳を高らかに空へ掲げた。