147話 教会のシスター
教会支部の奥の講壇。
そこに黒い修道女服を着たDBがいる。
現実世界での荘厳な司祭服よりも地味な雰囲気だが、意外と修道服も似合っている。
――というか。
「お前もこっちに来てたのかよっ」
ツッコミを入れながら身廊から祭壇に近づく。
よりくっきりとその姿が見えてくる。
しかし、俺が人相悪い容姿になったように、シールの背丈が縮んでいるように、DBにもどこか違和感がある。
なんだろう……。
なんか現実のDBより毒気がないというか。
「おい。DB?」
目の前まで近づいて、その顔を覗き込む。
目が合うと、やたらと惚けた表情で首を傾げた。
そのあどけない瞳は、あの無機質な機械兵器的な冷徹さがない。
「あぅ」
「は……? あぅ?」
あぅ、って言ったぞ今。DBが。
絶対に言わなさそうな台詞ナンバーワン。
いつも達観的な態度で、意味深な助言を託してくる女が、今は子犬みたいな鳴き声を上げたのだ。
「え、DBなんだよな?」
問いを重ねてから、はたと気づく。
そういえばここはゲームの世界だった。
自分のキャラクターも好き勝手にメイクできるのだから、このDBにそっくりな少女も、ただDBに似せて作っただけなのでは、と――。
「俺のこと、わからないか?」
「あぅぅ……」
「……」
わからないらしい。
うん。この修道女はDBではない。
というか、普通の修道女でもない。
敬虔な信仰者は、こんな惚けた顔で来訪者を出迎えたりしない。でも見間違えるくらい、DBにそっくりだ。
戸惑う俺の許にシールが近づいた。
「ソード。DBじゃないの?」
「みたいだ」
時を刻む少女が遅れてやってくる。
「マモル。こいつがイベントナビゲーターか? あぅとしか喋らないが」
「あれ? ナビゲーターにそっくりだけど……」
「ナビゲーターなのか? そうじゃないのか? どっちなんだ?」
DBに似てるってのもあって正体不明だ。
これ以上、理解できない要素を増やしたくないんだが。
「イベントナビゲーターなら、頭上にそう表示されてますよ。でも、この子――」
「ソード! 〝ケア〟って!」
「え? あ」
薄紫髪の修道女の頭上に〝ケア〟という表示。
人間兵器五号の本来の名前だ。
つまり、DBの昔の名前……。
「ケアじゃねえか!」
「でも、DBは私たちを認識してないよね」
「じゃあ何か? 名前も容姿も同じだけど、中身だけはDBじゃねえってことか」
「そうとしか思えない」
紛らわしい存在だ。
しかも、本来俺たちが会いたかったイベントサポーターと同じ姿らしい。
この少女は一体なんだというのか。
「ちょっと待っててください」
マモルがケアに近づき、止まった。
どうやら〝話しかけた〟らしい。
コントローラーでいうところの○ボタンだ。
すると、突如ケアの瞳は虹色の光彩に変わる。
何かプログラムが働いたようだ。
「教会へようこそ、魔王に挑まんとする勇者よ。次回のイベント挑戦ポイント争奪戦は、9時間23分44秒後。06時00分から60分間を予定しています。プレイヤー『時を刻む少女』さんは、現在、8200挑戦ポイントを保有しています。挑戦をお待ちしています」
ケアが異様なほど饒舌に喋り始めた。
転移門に話しかけたときの反応と一緒である。
しかも、やっぱりDBの同じ声だ。
「次回のポイント争奪戦の説明を受けますか?」
「はい」
「わかりました。次回の争奪戦を説明します。朝における争奪戦のテーマは〝日の出〟です。襲いかかる夢魔。醒めても続く無間地獄。監獄島に閉じ込められた勇者パーティーは、監獄の脱出路を見つけ出し、外に抜け出すことでゴールできます。ゴールするまでの時間に応じて報酬ポイントを獲得でき、これはイベント時間内であれば、何度も挑戦することができます。最速タイムを目指しましょう」
淡々と朝のイベントの内容について語られる。
夢魔に襲われるイベントか。
脱出系のイベントということは、敵を倒すだけでは終わらないのだろう。
ちなみに、クエストに参加する場合は、時間中に教会のイベントサポーターへ話しかければ、転送してくれるようだ。
「なるほど。参考になったな」
「夢魔ってサキュバスかインキュバスかな。懐かしい魔族ね」
「そういえば、いたなぁ」
勇者時代、ヴェノムがサキュバスの誘惑にやられることがよくあった。俺の記憶では、七回目、八回目ともにヴェノムは誘惑されていた。
「ところで今の声、聞いたよな?」
俺はシールに尋ねた。
「うん。DBだね。間違いなく」
「……。あいつ、タルトレア大聖堂で世界中のネットワークに繋がってるとか言ってたからな。メガティア社が『パンテオン』を作るためにDBをハッキングした可能性はないか? それなら、このゲーム世界で魔王全盛時代を忠実に再現できたのも納得だし、このDBに似た女がNPCとして存在することも納得だ」
「そっちかっ」
シールは目を丸くした。
「なんかここに来てからのソード、冴えてるねっ」
「そうか?」
確かに、頭の切れ味が違うかもしれない。
もしかしたら頭が良くなったのかも。
「冴えてるついでに言うと――」
俺は後ろを振り返った。
教会の身廊に、まだこの世界に戸惑ったような素振りを見せるリンピアが佇んでいた。
「え、な、何か? 私の顔、なんかついてます?」
「お前の目の色を見せろ」
「め、目?」
リンピアにずんずんと近づいていき、その顔をぐっと覗き込む。
「えぇっ……」
「やっぱり」
俺はリンピアの腕を掴み、祭壇まで連れてきた。
ケアが突っ立っている講壇に押しやり、ケアとリンピアを並べた。
現在のNPCモードに入ったケア。
そして、現実世界と同じ姿のリンピア。
二人の光彩の色がまったく同じ虹色なのだ。
「見ろ! 目の色が一緒だ」
「本当だ……。どういうこと?」
ケアは少しすると、瞳の色が虹から青に戻った。
すると途端に惚けた顔つきになり、「あぅう」などと鳴き始めた。
「やっぱりリンピアは何かを隠してやがる。このゲームのことを何か知っているのか、運営のメガティアと繋がりがあるんじゃないかって思うんだが?」
睨みを利かせると、リンピアは竦み上がった。
「えっ、いや。そのー……っ!」
「とぼけんじゃねえ」
大丈夫。俺はちゃんと【抜刃】が使える。
リンピアが急に本性を現して挑んできても、ちゃんと戦える。
「リンピア? 説明してよ」
「あっ、え、えーとっ! その、とりあえず落ち着きましょう」
「落ち着くのはお前の方だ。下手なこと言ったら切り刻んでやるぞ。さぁ話しやがれ」
「わ、わかりました! わかりましたってば」
リンピアは観念したように天井を仰いだ。
俺がこんな風にリンピアを追及したのは、彼女を逆に信用しているからだ。
この女は信用できる気がする。
それは変わってない。
でも、俺たちに何か秘密にしていることがあるはずだ。
虹色の光彩、という共通点で無理矢理責め立てたが、今後この世界で一緒に行動する上で、腹割って話しておきたかった。