15話 アークヴィラン23号Ⅳ
とにかくヒンダを助けるのが先決だ。
【抜刃】で作り出したフィールド中の土の剣を操り、黒いイカの数々に向かって一斉射出した。
でも間に合わない。
黒魔力から生まれたイカは、それだけ数が多かった。
何匹か串刺しにしたが、消せたのは一部だ。
「いやぁあああ」
ヒンダの悲鳴が峡谷に響く。
今まさに、一匹のイカがヒンダに飛びかかろうとしていた。
ここまでか――。
「これは貸しだぞ、ソード!」
突然、頭上から第三者の声。男の声だ。
俺のコードネームを知っている?
不思議に思って見上げると、上から何か降ってきた。
落ちてきたのは、火花を散らす、くす玉のようなものだった。
それが爆弾だと気づくのに時間はかからなかった。
「プリマローズ! 離れろ!」
俺の叫び声に反応して、プリマローズが横飛びで距離を取った。
間髪入れず、突然投げ入れられた爆弾が爆発した。
粉塵が舞い上がる。
爆炎の音に反応して、今度はイカの群れが爆発の中心に向かった。
その先には俺がいる。
「ちょ、ちょっ……」
攻撃の矛先は俺に向けられた。
準備しておいた【抜刃】は、既にヒンダを助けるために全部使った。
今から【抜刃】で剣を抜いても一、二本が限度。
そんな状態でイカの群れを相手にする自信がない。
「後ろを見ろ!」
またしても頭上から声。
この声。そして爆弾。誰の仕業か検討がついた。
人間兵器七号。コードネーム『ヴェノム』。
毒物マスターの勇者だ。
かつての仲間だった。もう目覚めてたのか。
爆薬勇者といえばヴェノム。
精霊の森近くの神殿を爆破させたのもこいつではないかと俺は思っている。
俺はヴェノムの声に従って後ろを見た。
そこにイカ・スイーパーの骸がふわふわ浮いている。
死んだわけではなさそうだ。
でも、腑抜けになったように何も行動しない。
「それは抜け殻だ。爆撃して破壊する!」
「どういう意味だ? 何をすればいい?」
「イカを引きつけて耐えろ。得意だろ?」
「はぁ?」
突然、囮役を指名された。
姿も見せず、突然現れて声だけで指示するとは、随分と偉くなったものだ。だが、今はヴェノムに従う以外に最善策が見つからない。
俺は【抜刃】で地面から二本、剣を抜いた。
二刀流で構え、襲いかかるイカの群れを迎えた。
……正念場だ。仕方ないな。
「オオオオオオオオオ」
今日の分の【狂戦士】を使う。
内側から溢れ出る黒い魔力が鎧を構築し、俺の外装を覆った。
これで護りは完璧。
イカの群れが俺に突進してきた。
数匹は斬りつけて消したが、これは数の暴力。
タックルされ、張りつかれ、触手で殴られ、吹っ飛ばされる。
剣を地面に突き刺して踏ん張るが、それでも押し返された。
「くっ……! うっ……うおおおお!」
シュウウウウウウウウ。
イカから出る蒸気が激しさを増す。
赤く変色し、今にも内側から爆発しそうだ。
「その調子だ。もう少し耐えろ!」
ヴェノムが上から滑り落ちてきた。
ぼろぼろの外套を翻し、壁を滑り落ちてきた。
骸骨を模したヘルメットを被り、まるで峡谷の底に巣食うイカ・スイーパーと大差ない装備である。
「早くしやがれえええええ」
俺はイカの攻撃をもろに受け続けていた。
ダメージこそないものの、黒い鎧は削られていく。
この鎧は俺の魔力を消耗する。
削りきられたら、俺は魔力の一切合財を失って裸同然になるのだ。
この状況で、そうなったら下手したら死ぬ。
「イカ・スイーパーの抜け殻から離れろ!」
ヴェノムが谷底に到着し、そのまま駆けつけてきた。
細長い腕には大きめの瓶が両手に握られている。
片方には瓶の縁から布が垂らされている。焼夷瓶か。
もう片方の瓶は空っぽ。
呪符が貼られているだけだ。
ヴェノムは器用に布を着火させると、投擲のフォームになった。
あれは七号のお手製爆薬。
衝撃一つで大爆発を引き起こす【焼夷繭】だ。
あんなもの至近距離で食らったら、一瞬で【狂戦士】の鎧も吹き飛ぶ。
「ソード、早く退け」
「んなこと言ったって、む……無理だぁぁぁぁっ」
イカは俺を取り囲んで真っ赤になっていた。
イカ・スイーパーの抜け殻の近くまで押し出され、そしてついに、とあるイカが"発火"した。
その赤い灯火を見た瞬間――。
「くっ――――」
俺に張り付いたすべてのイカが一斉に大爆発を起こした。
赤い爆風に包まれる光景を見たのが最後。
頭が真っ白になった。