145話 時を刻む少女♂
自分をマモルだと名乗る魔法少女。
言われてみると、確かに声はマモルのような気がしてきた。つーか、どっちかというとシズクに似てるんだが。
これがキャラクリエイトによるものなのか?
「ちょ、ちょっと待て……。お前がマモルだとして何故にそんな格好してんだ?」
「え、え? 変ですか?」
「だってお前は男だろうがーっ!」
「えええええ」
えええええって驚くのはこっち!
そこに、リンピアが俺の服の袖を摘まんで声をかけてきた。
「ソードさん。ちょっと」
そのまま袖を引っ張られて、転移門の裏手――マモルもとい『時を刻む少女』の死角に誘われた。
「あんまり昔の価値観を引きずらない方が」
「はぁ?」
「この少年はきっと憧れの女の子になりきりたいのかと。少なくともゲームの世界くらいは」
「はぁ……。憧れの女の子ねぇ」
「あと、男だとか女だとか押しつけるのも禁句。今の彼の姿を否定しちゃダメですよ」
「難しいな……」
それで本当に別の人間になれるワケでもないのにねぇ、などと思ってしまうのは、俺が古い時代の存在だからなのだろうか。
上司に叱られ、一応、反省の意を示す。
マモルにとっての憧れの女の子とは、言うまでもなく、シズクだろう。自分の理想を仮想世界のアバターに押しつけるという感覚は、生来から最強の状態である人間兵器には、理解しにくいことだ。
俺は人間社会の経験値が、シールやアーチェのような他の人間兵器に叶わないから、まだ現代の彼らをちゃんと理解できていないかもしれない。
家族だ、なんてパペットにはっきり宣言したというのに、これじゃあ食言もいいところ。
「マモル、すまん。その姿のお前もいいと思うぜ」
戻ってから、とりあえず歩み寄る姿勢を出す。
するとマモルは、途端に上機嫌になり出し、「でしょう!?」と食い気味に詰め寄ってきた。
キャラがまだ『時を刻む少女』だからいいが、これが生身のマモルだったら、俺もやや恐怖を感じたかもしれない。
「お、おう……」
「この魔法少女メイド装備、集めるの苦労したんですよっ! シズクちゃんの姿に――あ、言っちゃった。まぁいいや。シズクちゃんに似合うと思って着せてみたら本当に似合ってて、これをメイン装備にしてるんです! 服を鍛え上げるのも大変でしたし修繕費も高いし、でもクエスト行くのも街で過ごすのもこのままにしてますっ! 似合ってるから!」
「そ、そうなんだな……」
理想の姿になりたいというより、着せ替え人形にしたいだけのような気がするんだが。
シールも顰め面で『時を刻む少女』を見ていた。
若干、引いてるのかもしれない。
「それとほらっ、こっちの衣装も見てください! 巫女さん衣装! こっちもシズクちゃんにぴったりでお気に入りでっ」
鼻息荒くマモルの声がする『時を刻む少女』が捲し立て、シュインという音が鳴ると、着替える動作もなく、フリフリの魔法少女衣装から、上と下で紅白を分けた清廉な巫女が現れた。
「あの、マモルさん……どうでもいいので早く話を進めてくださいませんか……。というか、コントローラーを私に貸していただけませんか……」
そこに突然、キャラクターから別の声が。
「えっ? あっシズクちゃん! ちょっ――」
「あー。あー。このマイクでいいんですか」
なんと『時を刻む少女』からシズク本人が登場。
そうか。二人ともラクトール村に住んでるし、同じ部屋で同じ画面を見ながら『パンテオン・リベンジェス・オンライン』をプレイしているのだ。
「こんばんは。シズクです」
シズクに似た『時を刻む少女』が、シズクですと名乗る。
なるほど。まんま本人だ。
服装だけコスプレのようだが。
「マモルの家にいるんだな」
「はい。ソードさんは随分と人相が悪く……。あとシールさんもかなり小柄に……」
「気づいたときにはこの姿だったのよ」
「ふむ。リンピアさんはそのままですね」
「う、うん」
シズクも俺たちのアバターに触れたが、特別気にしていなかった。適度に似ているため、違和感がなかったのかもしれない。
「そっちはどんな状況なんだ?」
現実世界の状況を尋ねる。
今の俺たちでは、現実世界の状況がわからない。
「それが、あのとき、マモルさんを呼びに行ってからプリプリさんの部屋に戻ってきたら、三人とも消えていたのです」
「つまり、プリマと同じような状態で?」
「そうです。それと……」
シズクは歯切れ悪そうに言った。
「お洋服が三人分、投げ出されていて」
「やっぱり服は残るのな!?」
「きゃー! 今の私たち、裸ってことね!?」
リンピアが悲鳴を上げる。
「落ち着いてリンピア。ここにいる私たちは裸じゃないんだし、焦ることないよ」
「あ、あぁそうでした……」
「あれ? でも、ちょっと待てよ」
シールは疑問を抱き、口元に手を当てる。
「私たちの下着って……?」
恐る恐る、シールがシズクの方を見やる。
これはつまり、答え合わせだ。
俺たちが消失した後、下着が残ったか否か。
この答え次第で、現場にプリマローズのジャージだけが残され、下着がなかった原因がわかる。
あいつが直前まで下着を身につけていなかったからなのか、あるいは何故か下着だけゲーム世界に取り込まれる仕様なのか。
「…………ありました」
あったんかーーい!
プリマローズぅううー!
ノーブラノーパンにジャージかよおおお!
せめてパンツくらい履けぇええええ!
「ぎゃああああ! お願いシズクちゃん! 隠しておいてぇー! 見えないようにぃい!」
「大丈夫です。直ちに丸めて紙袋に入れました」
「さすがシズクねっ」
「後でお洗濯して仕舞っておきます」
「うん、あなたはできる子! 古典魔術でもなんでも教えてあげるっ!」
「ありがとうございます」
リンピアとシールの女子勢は慌てふためいたが、シズクのナイス判断により落ち着いた。
しかし、現実に帰るとき――。
俺はいいが、晴れてゲームをログアウトしたとき、全員真っ裸の可能性が濃厚だ。
「……」
まだ二人とも気づいていないようだ。
俺が堀り返せば、また動揺させてしまうし、今はやめておいた方がよさそうだ。それよりも話を進めよう。せっかく事情を知っていて、かつ現実世界にいるシズクと接触できるのだ。
現実が何時なのかわからない。
『時を刻む少女』がログアウトしてしまう前に、話をしておこう。