143話 冒険者ギルドにて
さっそく魔王討伐なるイベントが開催されている場所に連れていってほしいとマリンに頼む。
だが――。
「あっ、でも私そろそろログアウトするよ」
「やめるってことか?」
「うん。仲間のセイレーンと砂漠で月光浴するんだぁ」
「セイレーンが砂漠だぁ?」
海の魔女が砂漠で楽しみを見出していることに驚きを隠せない。
「最近流行ってるんだよ。風が冷たくて気持ちいいから、今度ソードもリッツバー峡谷に遊びに来てよ」
云いながら、マリンは指を動かして目の前にモニターのようなものを出した。
メニュー画面を開いているらしい。
「待った待った! 今マリノアがいなくなったら路頭に迷う! せめて行き方だけ教えてくれっ」
「えぇ~。可愛い私とずっと遊んでいたい気持ちはわかるけど、また明日にしようよぉ。ゲームばっかしてたら体にカビが生えちゃうよ」
「いや、そんなこと言ったって……」
俺やシールも見様見真似で、メニュー画面を開こうと指を動かしてみるが、何も出てこない。
俺たちはゲームシステムと切り離されている。
おそらく、ゲームを中断することができないのではないか――。
「あ、なら、チームの人たちを紹介してあげる」
「チームの人ってモロスケと時を刻む少女か?」
「うん。私も今日知り合ったんだけど、誰でもいいからってメンバーの頭数を募集してたんだよね」
モロスケのことは斬り伏せてしまった。
今さら会うのは気が引けるが……。
シールが、気乗りしない様子の俺を小突いた。
「細かいこと気にしてられないでしょ? 伝手があるなら紹介してもらおう?」
「……うん、そうだな」
マリンにモロスケと時を刻む少女の居場所まで案内してもらった。
石の広場を横断して、道を進む。
見覚えのある道だった。
完璧にバーウィッチの街道を再現している。
街道をしばらく進むと、プレイヤーが何人も集まっている場所に着いた。そこは昔、旅人が集う冒険者ギルド兼酒場だった場所だ。
扉を開けて入ると、中にはさらに多くのプレイヤーが犇めき合っていた。
「おーい。君たちー」
マリンが手を振って、その二人に近づく。
強面に十字傷のモロスケと魔法少女風メイドの時を刻む少女だ。
酒場の丸テーブルに二人向かい合って座り、肩を落としている。
「おう。マリンじゃねぇか。――って、あああ!」
モロスケがマリンの後ろにいる俺、シール、リンピアに気づいた。
「お前たちはさっきのっ!?」
「そんなに邪険にすることないだろ。昨日の敵は今日の友って言うし」
「何が友だ! 疫病神! 近づくんじゃねぇ!」
」
親しみやすく声をかけてみるが、この様子だとやっぱり仲良くしてくれそうになさそうだ。
「モロスケ。失礼なこと言わない方がいいよ。この人たちの潔白はさっき証明されたじゃん」
「潔白?」
時を刻む少女はメニュー画面を開き、メールボックスのアイコンをタップすると、運営からの通報の返信を表示させた。
『お客様の通報案件をお調べしましたが、当該プレイヤーによる規約違反は確認されませんでした』
そんな文言がメールの文面に書かれている。
運営に通報したとか言ってた話か。
対応が早い
「ぐぬぬぅ……。でも、あの廃校クエだぞ? 上級クエストのモブ狩りをたった10分でやりきるなんてチート使わねぇかぎり無理だろ」
「現にチートじゃなかったみたいだし」
「だけどよ……って、あぁそれはーー!」
モロスケは俺の背中を指差している。
さっきから騒がしい奴だ。
「俺の後ろに誰かいるのか?」
「違ぇえ、背中の剣! オレの限定装備!」
「うん?」
背中を触ってみると、大剣があった。
握り締めて目の前に構えてみる。
竜をイメージした装飾の剣柄に、黒光りする刀身の大剣だった。これは男の子の心をくすぐること間違いなしの〝THE かっこいい剣〟って感じだ。
「なんだ? いつの間に装備してたんだ?」
「さっき校庭で拾ったときから背負ってたよ」
シールがそう指摘する。
拾った武器を知らぬ間に身につけていたらしい。
俺自身が気づいていなかったから笑える。
「これ、お前の剣か?」
「そうだよ! しかも、もう絶対手に入らない特注のユニーク武器っ! 世界に一つだけなんだぞっ」
モロスケは半分、泣き声になっていた。
奪われたのが相当悔しかったのだろう。
なんでこんな情けない男が、そんな入手困難な珍しい武器を持っていたのだろう。
「それでオレはずっと無双してきたってのに! うぅ、オレのアイデンティティがっ! 世界一位の可能性がぁっ!」
強面の大男が情けなく泣き喚いている。
なんとも居たたまれない。
「あ、あ~……じゃあ、私はこの辺でっ」
マリンは耐えかねてメニュー画面を開いた。
「じゃあねダーリン。また峡谷へ遊びに来てねっ」
チュッと投げキッスした後、マリンは消えた。
ログアウトしたようだ。
モブ男のアバターにそんなことされても全く嬉しくないんだが。
シールが眉間に皺を寄せてこっちを睨む。
「ダーリン?」
「ダーリン……って言ってたな」
「私の知らないうちに随分とマリノアと親密な仲になったみたいねぇ」
「知らねえよ。あいつが勝手に呼んだだけだ」
そもそも俺はずっと王都にいたから、東リッツバー平原にもシーリッツ海にも行ってない。マリノアのラブコールは、それこそレース大会からだ。
それを今更――。
シールらしからぬ反応に俺も動揺した。
嫉妬するなんて、まるで〝人間〟みたいだ。
俺とシールの険悪な雰囲気に、リンピアはおろおろして何もできず、一方、テーブルのモロスケはウォンウォンと泣き続け、相方の時を刻む少女も困っている。
これは収集がつかない。
しかし、交渉の余地はありそうだ。
「なぁモロスケよ。この剣、大事なら返すよ」
「えうっ……ひぐっ。……え?」
「俺はこんなもの要らねえ。だけど、ちょっと困ってることがあるんだ。交換条件だ。返す代わりに教えてほしいことがある」
「な……なっ……」
モロスケは情けない泣き顔を向けながら、驚きのあまりに声を詰まらせている。
俺は大剣をテーブルの上に置いた。
「どうだ。悪い話じゃないだろ」
モロスケは愛おしいものを手繰り寄せるように大剣を握りしめる。
受け取ったってことは交渉成立か?
そして何を思ったか、モロスケはばっと立ち上がり、俺の眼前に立った。
「お……? 引き受けてくれるか?」
モロスケは直立不動。
威圧感すら覚えるが、まさか剣を手にしてまた強気に――。
「あぁぁあああありがとうございますうううううううう! あなた様の為なら、なんでもしまーすうううううう!」
モロスケは土下座で感謝をアピールしていた。
あまりの勢いに俺もドン引きした。