142話 貿易都市バーウィッチ
光から解放されると、雑踏で賑わう町にいた。
どこかで見たことがあるような、石畳の広場が広がっている。
「ソード! ここ……!」
シールが町の景色を見て驚嘆した。
「この街、バーウィッチだよ」
「バーウィッチ――」
その街の名は、俺も記憶に新しい。
俺たちのホームグラウンドと言ってもいい。
その昔、勇者が王家から魔王討伐の使命を受け、最初に立ち寄る貿易都市で、情報や装備を集めるときに重宝していた街だ。
王都から東方へ向かった地。
シーリッツ海岸から、ちょうど北側に位置する。
「バーウィッチって現代じゃ無くなってたよな?」
「魔王が支配していた時代に、魔族の侵略を受けて消滅した街だよ。なんで……」
シールは街並みを眺めながら唖然としていた。
言われてみると、細部に渡って精巧に再現されている。俺も思い出してきた。
「勇者全盛時代の資料は、魔王統治時代にほとんど焼き払われちゃったって話だけど……」
「ゲーム開発者が5000年前の街並みを覚えてるなんてありえねえだろ」
人間兵器じゃあるまいし――。
人間兵器?
「もしかして、ゲーム開発者って俺たちと同じように不死の存在とか」
「昔から居る不死の存在は、私たち人間兵器と魔王くらいだよ。それとも、私たちの仲間がこれを作ったってこと?」
ひょっとして、魔術師か?
シールも俺と同じ答えに行き着いたようで、目を見合わせ、はっとしていた。
メイガスは魔王に敗れて以来、現実世界から失踪している。
今はゲーム世界にいると明かしていたし、可能性は高い。
「とにかくゲームの探索を進めれば、何かわかるかもね。マップに土地勘があるのはラッキーだよ」
「ああ……」
戸惑いが隠せないまま、シールと本来の目的について確認し合った。
まずメイガスを探すこと。
ついでにプリマローズもだ。
最終的に、アークヴィランの魔素による精神支配を受けずに済む方法を探す。
「あっ! あっ! いたいた~! ソード、シールさん、発見っ!」
頭の上に『マリン』と表示されたモブ男が元気いっぱいに手を振って近づいてきた。
「マリノア。どこ行ってたんだ?」
「転移するときは街のどっかにランダムで飛ばされるんだよ。同じチームなら近場に集まって戻ってこれるんだけどね」
「そうだったのか」
「あれ? その子も同じチーム?」
マリンが指差したのは俺の足下。
足下を見やると、うつ伏せで倒れるローブの女を踏みつけていたことに気づいた。
慌てて足をどかす。
「うぉ!? 誰だっ!」
「痛~い……」
ローブ姿の女がやおら体を起こしながら周囲を見渡していた。
ローブの女はリンピア・コッコだった。
容姿が変わることなく、本人の姿のままだ。
「リンピアも来てたのか」
「うぇ!? ええっ、おとうさん!? それにおかあさんも!?」
リンピアは俺とシールを見て、奇声を上げた。
「は……? お父さん?」
「え? あ、あれ……?」
「目惚けてるのか? 俺だ。ソードだ」
リンピアは目をぱちくりさせていた。
少しして状況を理解したらしく、慌ただしく首を振ると、立ち上がって服のしわを伸ばして、咳払いした。
「んんっ。失礼。ソードさんとシールさんでした」
「今、お父さんお母さんって言ったよな?」
「あの~……それに食いつくのは、野暮ってやつですよ……」
リンピアは顔を真っ赤にして俯いた。
「ソード。人間は学校の先生をお母さんと呼び間違えてしまうくらい、間違いの多い存在だよ。そっとしといてあげようよ」
シールが俺の胸を手で押して黙らせた。
今のもその程度の呼び間違いなのだろうか。
でも、ここは学校じゃねえし。俺はリンピアの先生じゃないし。というか逆に、仕事の部下だし。
でも、人の間違いを晒し上げる趣味はない。
ひとまず聞かなかったことにしておこう。
「リンピアもさっき学校にいたのか?」
「は、はい! あ、いえ、うん。そう……です」
「なんかさっきから言動がおかしいな」
「その姿で声をかけられると、ちょっと……」
俺の姿に怯えているらしい。
確かに全身黒い紋様が入っていて、魔族みたいな恐ろしさがある。
「ソードは元から口調も荒っぽくて、今の姿で余計に怖いんだよ。私が訊いてあげる」
シールが代わりに事情を訊いてくれた。
リンピアも俺たちと同じように、気づいたら学校にいて、しかもトイレではなく教室にいたようだ。
状況がわからず、しばらく周囲を探りながら立ち往生しているうちに、光に飛ばされて此処にいたようだ。
「じゃあ、この三人が同じチームってことか」
街で近場に転移してきたことから考えて、そうだろう。
「うん? ソードってパーティーメンバーの情報が見えてないの?」
マリンがそう尋ねる。
「パーティーメンバーの情報?」
「視界の左上に表示されてない?」
「されてないぞ」
「えぇえ?」
またもや頓狂な声を上げるマリン。
シールもリンピアも「私も」と答えた。
つまり俺たち三人は、本来ゲームプレイヤーが見ている情報が閲覧できないということ。
「キャラクリもしてないって言ってたし、なんかソードたちだけ他のプレイヤーと違う……?」
「かもしれない。そもそも俺たちは今ゲームをしている感じがしない。コントローラーで操作してるワケじゃないし」
「……変なの~」
マリンや他のプレイヤーと、俺やシール、リンピアとは何かが違う。
マリンに今のプレイ環境を尋ねると、マリノア本人は東リッツバー平原オアシス内のゲーム部屋にいて、コントローラーを握り、『パンテオン・リベンジェス・オンライン』を操作しているそうだ。
声や表情は、コントローラー付属のマイクや表情認識カメラを通じて入力されている。
最初、マリンが微動だにしなかったのは、コントローラーの充電が切れて、マイクや他のインターフェイスが動作しなかったからだとか。
操作環境も違うことに加え、アバターも違う。
俺やシールは現実の自分と近い姿をしているし、リンピアに至っては、ぱっと見、現実の彼女と何も変わっていない。
そもそも俺たちが見ている風景は、生のものだ。
ゲーム画面内のグラフィックじゃない。
「ゲーム世界に入るって……こういうことか」
「でもポジティブに考えると、捜索対象の魔王様やメイガスさんと同じ状況にいるってことなので、都合がいいんじゃないかな」
リンピアがそう答えた。
確かにその通りだ。いずれメイガスに会うためにゲーム世界へ潜入する方法を考える予定だったし、その手間が省けたことは好都合だ。
「魔王様? ソードたちも魔王討伐イベントに参加するの?」
マリンがそう尋ねてきた。
「魔王討伐イベント?」
「うん。あれだよあれ」
マリンが指差す先を見やる。
広場の時計台に垂れ幕が掲げられている。
『期間限定魔王討伐イベント
【激戦!! 魔王城プリマロロ攻略戦線!!
~勇者求む! 湖城に咲く紅き薔薇の棘~】』
「……」
大きな垂れ幕に、薔薇をイメージしたデザインとイベント名、プリマローズと思しきシルエットがデカデカと掲示されていた。
「……」
俺もシールも、何とも言えない気持ちになり、ただただ黙っていた。
「あそこだな」
「うん。あそこね。間違いなく」
さっそくプリマローズを発見。
参戦しよう。