141話 ポイント争奪PvPⅢ
屋上から校舎に戻り、一気に階段を駆け下りる。
幸いにも校舎の中で敗者チームに遭遇することはなかったのだが、昇降口から外へ飛び出したタイミングで、彼らと遭遇してしまった。
「は……」
驚きの声は相手から。
暗闇の中だったが、それぞれの顔は確認できた。
相手は三人組チームで、一人は背丈が高く、強面で頬に十字傷があるような、いかにも〝強者〟のオーラを漂わせる男。
背中に大剣まで背負っている。
一人は、フリフリスカートのメイド風衣装で、銀髪で愛嬌のある可愛らしい女の子。魔法使いかと思わせるような杖を装備していた。
心なしか、シズクに似てる。
一人は、個性がない中肉中背の男。
装備もズボンにTシャツ一枚という、やる気がまるで感じられないモブみたいな男だった。他二人と比べて、あまりにも特徴がなさすぎて、逆に目立っている。
「こいつらか……」
強面の十字傷の男がそう呟く。
「おい。チートなんて卑怯な真似すんじゃねえ」
「チート?」
「惚けたって無駄だ。運営に報告したからな。すぐにお前らはアカウント凍結だ」
「はぁ……」
俺たちは言葉が理解できず首を傾げるばかり。
「ま、その前に手持ちの装備とゴールドを全部置いていってもらうがな」
強面の男が背中の大剣の柄を握った。
やたらと好戦的な男だ。
「……俺たち、このゲームの仕様すらよくわかってないんだ。とりあえず他のプレイヤーが多く居る場所に行きたいんだけど、案内してくれないか?」
ダメ元で交渉してみる。
すると、みるみる強面の男は怒りで顔を歪ませ始めた。
「……テメェら……舐めたこと言ってっと、二度とプレイしたくなくなるくれぇに、ボコボコにしてやるからぬぅぁああ!」
大男が襲いかかってくる。
反射的に【抜刃】で男の足下から剣をたくさん生やして、剣の檻に閉じ込めてやった。
男は走り出した勢いで、体を剣の檻に押しつけてしまい、全身にダメージを負っていた。
男の頭上の赤いゲージが一気に半分まで減った。
ついでに名前が見えたが、強面の男の名前は『モロスケ』だった。
他のメンバーは、魔法使いの子の名前が『時を刻む少女』、モブ男が『マリン』。
キャラクター名に統一感がない。
「んぁあああああああっ!」
モロスケが絶叫を上げる。
「こんの生意気なチート小坊がぁぁああ!」
モロスケは力任せに檻を脱して、血まみれのまま俺に突進してきた。
大剣を振りかぶって、俺に一振りしてきた。
しかし、驚くほど剣が遅い。
ここまでされたら正当防衛だ。俺は短めのダガーを造って、大剣を受け流し、男の背後に回って脇腹をサックリ刺してやった。
男のHPゲージが一気に真っ黒になった。
「あっ……がっ……――」
男はその場に倒れ、小さいブロックに分解されるとその場から消滅した。消える演出が非現実的で、流血沙汰にならないだけビジュアル的にマシだ。
男の大剣やマント、ゴツい肩パッド、そして金貨みたいなものが、その場にジャラジャラ散らばっていく。
「なぁ」
「ひっ……」
時を刻む少女の方に問いかける。
「今消えた男ってどこに行ったんだ? 死ぬとどっかに転送される仕組みなのか?」
「あわわ……あわわ……」
「おい、聞いてるか?」
「ぼ、ぼぼ……ぼぼぼボクは……通報には反対しましたからぁぁ! ひぃいっ装備は取らないでぇえ」
まさかのボクっ娘!?
魔法使い風の少女が逃げていく。
少女は校庭の端まで逃げきると、目の前にモニターのようなものを呼び出し、ポチポチとボタンを押してから光に包まれた。
そして一瞬で消えてしまった。
何をしたんだろう。
一方、マリンというモブ男は棒立ちだ。
はっきり云って、この男が一番恐ろしい。
「お前は話聞いてくれるか?」
「……」
「あのー……」
「…………」
何も喋らない。
それどころか、動かず、表情も変わらないところに薄気味悪さを感じる。とても精巧に作られたマネキンのようだった。
「おーい」
目の前で手を振ってみる。
ようやくマリンは表情だけ動かした。
それがまた満面の笑みで、体は微動だにしないくせに顔がそれなものだから、ホラーだった。
「なんなんだこいつ……」
「ねぇ、ソード。あの男が落としていったもの、一応拾っておいたら?」
「……そうだな」
地面に武具や金が落ちている。
拾おうと手を伸ばすと、手先に吸収されるように消えていった。どこに消えたのだろう。
【ステージクリアから55分が経過しました。残り5分で全プレイヤーが強制転移します】
上空にアナウンスが流れていく。
よかった。放っておいてもどこかに連れていってくれるようだ。
強面の男が落としていったアイテム類を粗方拾い集めきった頃、今まで微動だにしなかったモブ男が忙しなく動き始め、ぴょんぴょんと跳ねて喜びをアピールし始めた。
「あっ動ける!? お、喋れてる! わーい!」
しかも、女の声だった。
「あ。ねぇねぇ!」
マリンというモブ男が俺に迫り、両手を握って顔面をこれでもかってくらい近づけた。
「あなたソードだよね!?」
「なんで俺を? 誰だお前?」
「やっぱりソードだ!」
こんな女声のモブ男に知り合いはいないはずだ。
マリンは喜びながら抱きついてきた。
男に抱きつかれる趣味はないんだが!
「私だよ私! マリノア!」
「マリノア? ……ってマリノアか!」
「そうそう。プリティー可愛いマリノアちゃんっ」
男の姿でそう云われても、違和感しかない。
俺はマリンを引き離して距離を取った。
「どうしてマリノアがここにいる?」
「どうしてソードがこんな所にいるの?」
まるっきり声が被った。
それに、なんで男になってるんだよ。
ていうか装備もなく、なんでさっきの二人と一緒にチームを汲んでたんだよ。
聞きたいことはこちらのがてんこ盛りなんだが、マリノアがこちらの事情を汲んで、困った俺たちを助けてくれるかどうかは怪しい。
マリノアにはいまいちシリアスさが足りない。
ノリで自らがレースの賞品になることを了承しちゃえるような女だ。
「ふふ。ソード、変わってないね。私はゲームで遊んでただけだよん。ほら、あの東リッツバーのオアシスから繋げてる」
「ああ……あの悪趣味な部屋な」
プリマローズが造った部屋だ。
ちょうど俺たちはその女を捜しているワケだが。
「こっちの事情は後で説明するとして――」
マリノアと再会して盛り上がってるところに、シールが口を挟む。
「このまま此処にいれば大丈夫なのよね? さっき強制転移ってアナウンス出てたけど」
「もしかして、そちらはシールさん?」
「うん」
「わーぉ。シーリッツの守り神までいるなんて、今日の私ついてるかもっ! すごいすごーい!」
マリノア――もといマリンは俺たちの話をほぼ聞いていない。自分の感情優先で騒ぎ散らしている。
これだからあまり頼りにしにくいのだ。
「いいから落ち着いて……」
シールも熱烈な抱擁を受けて困り果てていた。
ちなみに、例のアーセナルドッグ・レーシングの件で、シールはセイレーン達に神扱いされている。
元々シールの祠もシーリッツ海の孤島にあったことで、セイレーン族と親和性が高いのだった。
「でも、なんでそんな幼くなってるんですかぁ? まさかソードの趣味?」
「違ぇわっ! この姿は俺たちが聞きたいくらいだし、そもそもお前も性転換してるだろうが」
「ああ、これは性別選択を間違えて~。へへ」
「性別選択?」
「うん。ゲーム始めるときにキャラクリしたでしょう? ……え、知らないの?」
「ああ……俺たちは気づいたら此処に飛ばされた。キャラクリだの、チートだの、アカウントだの、本当によく知らない」
「ええ?」
マリンが眉を極端に曲げた表情で固まった。
「ええええ?」
「でも、ここがゲームの中だってことは――」
「待って。ソード」
シールが俺の袖を掴む。
「話は別の場所でしましょう。とりあえず、このままアナウンス通り転移しても問題ないのよね?」
「あ――あぁはいはいそうです。ごめんなさい私、自分の話ばっかりで」
マリンは質問に答えてなかったことに気づき、後頭部を撫でながらシールに詫びた。
「いいよ。今はあなたが頼りだからね」
「おおお……。さすがアイドル可愛いマリノアちゃん。勇者のお二人にまで頼られちゃうなんて。ふふふ、おまかせあれです! ちゃーんとエスコートしてあげますからね」
ウインクをしてくるマリン。
仕草は完全にマリノア本人で、その面影を感じるのだが、容姿が中肉中背のモブ男であるせいで、違和感がすごい。
「お願い。ちなみにマリノアはこのゲームの経験は長いの?」
まだ強制転移まで時間がある。
シールは時間を潰すために、確認で尋ねた。
マリンは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべて歯切れ悪く答えた。
「……ははは。実は、私も今日始めたばかりで」
「おいっ!」
こりゃダメだ。
確かにさっき、マリンの挙動は慣れているとは言えないような意味不明な動きだった。
俺とシールは、不安が拭えないまま、システムの導きで光に包まれ、学校の校舎から転移した。