139話 ポイント争奪PvPⅠ
なんか体が痛い……。
なぜかコンクリートで囲まれた狭い空間にいる。
ここは?
たった今、俺はシールの提案で、プリマローズの部屋から『パンテオン・リベンジェス・オンライン』をプレイし始めたばかりな気がする。
「うん。そう……そうだった」
大丈夫。ちゃんと記憶はある。
こちとら行方不明とか記憶喪失とか、その手の展開にはうんざりしてるんだ。
目の前には、薄い木の板でできた扉があった。
外開きで内側に鍵がついていたから、それを開けて外に出てみた。すると――。
「ここって……」
白い陶器の素材でできた何かと鉄パイプ。
紛れもなく男用の小便器だった。それが三台くらい並び、後ろを振り返ると大便器がある。
公衆トイレだ。
俺はトイレの個室にいたらしい。
「いや、なぜ?」
辺りは暗く、どうやら夜らしい。
照明もついていない。
次第に目が慣れてきて、だんだん情景がはっきりと浮かび上がってきた。
入り口の方に目を向けると、手洗い場があった。
そこに誰かが立っている。
「気がついたようね」
「誰だ?」
手洗い場の鏡の前。
そこには小さな女の子が立っていた。
男子トイレに女の子がいると何事か。
背丈が異様に小さく、もしかしてシズクかヒンダかと思ったのだが見覚えはない。
耳が尖っていて、目はうろんげだ。
全体的に妖精のようなファンシーな雰囲気を纏っているのだが、その背には大型のライフルを担いでいた。
アーチェの『弩砲弓』級の銃である。
とても物騒だ。
「私だよ、私」
「いや、誰だよ」
「この髪の色で察して」
云って小柄な少女は長い髪を掬って、眼前に近づけてきた。よく見ると髪色が青かった。
「もしかしてシールか?」
「そう……」
云われると、面影はある。
若返りの薬でも飲まされたとか?
しかし、人間兵器は何歳若返ったところで、姿はそのままのはずだ。
「なんでそんな幼女体型に?」
「知るはずないでしょ。ソードも自分の姿、見てみたら?」
促され、俺も鏡で自分の姿を確認する。
そこには……。
「ん? 俺は俺のままだな」
「よく見て。ちょっと違う」
「んん?」
鏡をまじまじ見ると、肌に黒い入れ墨のようなものが刻印されている。顔も首も……服の袖や丈を捲くりながら確認したが、腕や腹も真っ黒な紋様が刻まれていた。
「なんだこりゃ……」
「少しだけかっこよくて、なんかズルい……」
「かっこいい? すげぇ凶悪に見えるぞ」
これじゃ勇者というより悪者だ。
魔王の手下として出てくる中ボスみたいな。
服装も、いつも着ている一張羅の戦闘服ではなくて布一枚を羽織って胴部をひもで縛ったような、仙人みたいなファッション。
「何が起きてるんだ? 確か、プリマの部屋でゲームを始めたんだよな?」
「私だってわからない。わかるのは、ここが学校のトイレらしいってこと」
「学校……? 公衆トイレかと思った」
「私は隣の女子トイレで目覚めた。――学校だよ多分。すぐ廊下に出て気配を感じたから、もしかしてと思ったらソードに似た人が個室で寝てて……」
なんということだ。
元勇者二人、仲良く互いにトイレの個室で目覚めるっていう。
「でも、問題はここが何処かっていうより」
「今がどういう状況か、ね?」
「それだ」
学校のトイレにいるのも変だが、自分たちの容姿が若干変わったという時点で、ここが現実世界ではないような気がする。
可能性の一つは、ここがゲーム世界ってこと。
信頼を置いているシールとすぐ合流できたことは
幸いだった。
「ちょっくら外に出て調べてみるか」
「待って。その前に、ちゃんと戦えるかどうか確認した方がよくない?」
シールに止められ、押し扉を押す手が止まる。
正論だ。
シールと一緒で安心していることもあって気が緩んでいた。もし自分が自分でないのなら、今まで通り戦えるかどうかわからないんだ。
もし異形の敵やアークヴィランが現れたときに対抗できるかどうかはわからない。
シールなんか、背中にライフルだ。
盾を主な武器にしているシールが銃だ。
俺はいつも通り手ぶらで気にしてなかったが、ここで【抜刃】や【狂剣舞】が使えるとは限らない。
――念じてみる。
すると、手にはちゃんと剣が出てきた。
いつも【抜刃】で使ってる赤黒い色の剣だ。
「なんだ、大丈夫じゃん」
「え、ソードだけズルい……」
「シールは?」
シールは肩をすくめた。
できないらしい。
シールの能力は【蜃気楼】と【護りの盾】。それが使えないのなら、本来のシールの力は封じられている状態と云っていい。
「頼りはこの背中の大型銃だけ」
「どこでそれを?」
「最初から装備してた。なんで担いでるのかも知らないよ」
「シールって射撃とか得意だったか?」
「それが全然なのよね。いくら私が器用でも、アーチェでもあるまいしね」
「アーチェ……」
突然こんな場所に来てしまったせいで、仲間に頼ることは望み薄だ。
「とにかく、シールは戦えるかどうかわからないけど、俺は大丈夫そうだ。危険があったら俺が援護するから、少し探索してみよう」
「……そうね」
不服そうなシールだったが、今は仕方ない。
たまには俺に守られていればいいのだ。
押し扉に手をかけると、突然、轟音が上階から響き、建物全体が大きく振動し始めた。
「うぉ……」
パラパラと降ってくる建材の小さな欠片。
どうやらこの学校、建物自体が脆いようだ。
あるいは廃墟かもしれない。
耳を澄ますと、遠くで何やら銃撃音のようなものが聞こえ始めた。
「なんなんだ?」
「戦闘が起きてるようね。ちょっと安心した。私たち以外に戦い合う二勢力がいるなら、遠巻きから様子を窺える」
「だな。行こうぜ」
「ええ」
廊下の様子を一旦見て、誰もいないことを確認してから飛び出した。
体の調子も悪くない。
走りもいつもの自分と同じ程度だ。
「ま、待って……!」
一方のシールは、やけに遅かった。
立ち止まって追いつくのを待つ。
「大丈夫か?」
「うん……。なんだか思うように動けなくて」
「体が小さいからか? ワケわからねぇな」
その点、俺だけ皮膚の紋様以外は普段の自分と変わりないことが逆に違和感を覚えるが。
「足手まといみたいでごめん……」
「何言ってんだよ。今まで助けられてきたのは俺の方だ。少しは恩返しできそうでほっとしてる」
「ソード、なんだか優しいね」
「そうか? いつも通りだと思うが」
「うーん……。確かに言ってることは変わらないんだけど、いつもより優しさを感じるっていうか。私の受け取り方かな? よくわからないけど……」
人間兵器らしからぬ反応だ。
本当によくわからない状況だった。
この世界が何で、俺たちは今どうしてここにいるのか、詳しく説明できる人間はいないのか。
せめてプリマの部屋に一緒にいたリンピアが何処かにいればいいけれど……。
彼女は魔術絡みの事件のプロだ。
何か的確な助言をくれそう。
――あるいはリンピアも、俺たちのように姿が少し変わっている可能性もあるか。