幕間 帰省
パペットたちと別れた後、俺とヒンダは王都南区の正門までやってきた。
しばし、家は留守にする。
正門前ではシールとアーチェが待っていた。
俺含め、人間兵器三人はそれぞれ二輪のアーセナル・マギアに跨がっている。
「もういいの? ソード」
シールは予想より早く感じたのか、眉を顰めてこちらを見ていた。
「あそこは俺が長居する場所じゃなさそうだ」
グレイス座の楽屋を思い返し、そう返事した。
名残惜しく居座っていたら、パペットに白い目で見られそうだ。
約束を反故にするわけにはいかない。
「次は、こいつのこともあるしな」
膨れ上がった肩掛けの鞄をぱんぱんと叩く。
そこにはGPⅩが納められている。
DBが持ち込んだあのゲーム機本体だ。
このゲーム機の向こう側に人間兵器六号メイガスがいる――。
アークヴィランによる精神支配を克服する術を、メイガスなら知っているはずだ。あいつは魔王プリマローズに倒された後も、平然と自我を保った状態で生きている。
俺がごり押しで【狂戦士】をねじ伏せたように、他の連中も同じことができるはずなんだ。
「――そうよ。早く行きましょ」
そう言って二輪のエンジンを吹かすアーチェ。
逸る気持ちが抑えられないようだ。
俺たちはラクトール村に一旦戻る予定だった。
餅は餅屋。
ゲームのことはゲーマーだ。
知り合いの中に、人間兵器の事情に精通しつつ、ゲームに詳しい存在は一人しか知らない。
プリマローズ・プリマロロ。
あいつなら、ゲーム機の中にいるという状態がどういうことなのか、知っている可能性が高い。
あの女を頼るのは気が引けるが、パペットとの約束がある。
元勇者が大所帯で元魔王に頼るというのも、情けない話だが――。
「ヒンダちゃんは私が乗せていこうか?」
荷物の多い俺を心配し、シールが声をかけた。
「いや平気だが……。ヒンダどうする?」
「正直、ソードの後ろは不安なんだよなぁ」
「は? なんで?」
「だって都に来るときは振り落とされそうになったしー?」
それは俺が振り落とそうとしたからだ!
悪戯っぽい表情でこっちを見やるヒンダに、文句を言おうとしたとき、
「ソードは操縦とか苦手だもんね、ふふ」
「なんだとっ」
シールにクスクスと笑われた。
「だって昔から、私たちの中で一番騎乗が苦手だったでしょう」
「それは否定しないが……」
「えっ、ソードにも欠点がっ!」
ヒンダが話題に飛びつく。
「うんうん。――昔、旅の途中で馬車の御者が逃げ出しちゃった日にね、湖で」
「あああああああ」
全力で叫び、シールの昔話を妨害する。
それは七回目の魔王討伐の旅だったか――。
記憶が新しい俺ならまだしも、シールもよく覚えているものだ。
「え!? 湖でなにがあったんですか!」
「もうやめろーっ!」
目を輝かせて追及するヒンダに掴みかかる。
このゴシップ好きな少女に知られたら、最悪ラクトール村、いや王都中、ひいては王国全土に俺の黒歴史が広まってしまう。
七回目も八回目も記憶がないアーチェは何のことかわからないようで、つまらなそうな目を向けていた。
「もたもたしてないで行くわよ。それともヒンダちゃん、あたしの後ろに乗せてあげよっか?」
「えっ、いいんですかっ」
アーチェの二輪アーセナル・マギアは、人目を引きそうな大型クラシック系の単車だった。
銀光りする魔力排気マフラーのしなりや、後輪周りに備え付けられた流鏑馬用の矢筒など、独特な改造が施されていて、それらが子どもの目にもかっこよく映るのだろう。
ちなみにシールは長距離目的のツアラー系、俺はネイキッド系。
これが一番運転しやすかった。
「ソードの単車なんか比べものにならないくらいスピードが出るわよ」
「わぁ! 乗りたいです!」
ヒンダはアーチェの後ろに飛びついた。
なんだろう、この敗北感は。
付きっきりで子守してきた俺が惨めすぎる。
ラクトール村へ向かう――。
アーチェは得意げに単車を回して爆速で街道を駆け抜けていった。
シールは過保護さが抜けず、俺がマギアを操縦する間、転んだり、事故を起こしたりしないか見張るために、ずっと併走していた。
下手といってもそこまでじゃないんだが!
人間より騎乗や操縦はずっと巧みなんだが!
人間兵器の水準が高すぎるだけで。
とりわけ、シールやアーチェは武具を使う戦闘型ということもあり、人間兵器の中でも器用で、機械類の操縦技術に長けている。
俺は脳筋型であるため、武具を扱うより物理で殴る。剣で叩っ切る。乗るより走る。そういうタイプだった。
「ねぇ、ソード」
「なんだ? お前も先に行って構わねぇぞ」
「そうじゃなくて……」
シールが躊躇いがちに尋ねてくる。
「本当にもう【狂戦士】から解放されたの?」
「……。うん」
そういえば、恩人への報告を怠っていた。
俺の体に潜む【狂戦士】は暴れることがなくなった。生理的に発動していた能力は現れなくなり、黒い鎧を毎日纏うことがなくなったのだ。
一方、体そのものを黒く硬質化させる能力――【狂剣舞】を使えるようになった。
腕を剣や盾に変えたり、足を獣のそれに変えたりと変幻自在の強化能力だ。
背中に翼だって生やせるかもしれない……。
勿論、つま先一本だけだろうが、全身だろうが、強化させる部位も好き勝手に制御できる。
また、この力は吸収という性質も秘めていた。
アークヴィランの魔素を吸収してしまうのだ。
これなら瘴化汚染が進んだ土地も、丸ごと浄化してしまえるかもしれない潜在能力を秘めている。
とにかく、この力は対アークヴィランに特化した俺だけの能力だ。
「そう……。よかった」
粗方の状況を説明すると、シールはほっとしたように短く息を漏らした。
「でも次に何かするときには、必ず傍にいるから」
「そりゃあ……ありがたい」
俺は躊躇いがちにそう答えた。
この魔素を支配する方法は、共有できるものなら人間兵器のみんなにも共有して、パペットのようなことが起きないようにしたい。
アーチェなんか特に王都で危険な状態だった。
シールやDB、ヴェノムもこれからいつ魔素が暴走して憑依化になるかがわからないんだ。
生憎、【狂剣舞】は気合いで実現したことだ。
理論的な話は一切なく、口では説明できない。
それを理論立てて解説できそうな存在がメイガスだった――。
そのためにも、メイガスに会う方法を探す。
そのヒントは『GPⅩ』にあるのだ。
村に着くと、どこか懐かしさを感じた。
離れてから一ヶ月程度しか経ってないのに。
生体認証式の村の門を通過して、コンクリートの道をマギアでそのまま走っていく。
タイム邸ではナブトが出迎えてくれた。
「話は聞いてるが、都は大変だったみたいだな」
「まぁ大変なのはヒシズたちだろうけどな」
「あの王女様が急に即位って話もなぁ……」
世間的には、先代タルヴィーユ八世は突然死したことになり、兄王子グウィッドは王位継承権を放棄したことにされている。
緊急対応とはいえ、苦しい言い訳だ。
自動人形の暴走事件のことも含め、王族で何か不穏なことがあったのでは、と噂される可能性もあったが、ヒシズの下町や歓楽街といった庶民層にも顔が通る人望の厚さが功を奏し、逆に、噂を流す層が叩かれる構図ができていた。
ヒシズは順調に、アイドル女王として市民に慕われつつある。
それより用事を手早く済ませないと――。
「シズクは?」
「あの子は学校に行ってるよ」
「あ、そうか……」
友達のシズクがいるなら、ヒンダもナブトに顔を出しやすいかと思って連れてきたが、〝学校〟というワードが出てきて、逆にヒンダに居心地の悪さを感じさせてしまった。
もう彼此一ヶ月程度、ヒンダは村を離れていた。
あの限界な母親はミーハーな性格で、娘がグレイス座にスカウトされたことを意気揚々と村で自慢していたようだ。
一方、お堅い性格の村長ナブト・タイムは、ヒンダが無断で村を離れたことに怒っているということは、シズクとの個人端末の連絡で聞いていた。
件の問題児が俺の背後から顔を覗かせた。
「あっ! 帰ってきたのかよ、ヒンダ」
ナブトが驚く。
「ん……」
「勝手にいなくなって、学校も無断で休むなんて駄目だろうがっ」
ナブトが目をつり上げて怒っている。
ヒンダは俺のズボンを引っ掴み、もじもじしながら弱々しく答えた。
「……ご、ごめんなさい」
「お、おう?」
「これからはちゃんと学校にいく」
「おう……。しっかりやれよ。……?」
意外にもヒンダが素直に謝ったことに、ナブトも面食らっていた。
俺に目配せして、ナブトも「何があった」と合図してきているが、すべて語るわけにもいかないので小首を傾げて誤魔化しておいた。
村長への帰還報告も終わり、無事にヒンダを帰すことができた。
ここからが本題。
というか、少し想定していた状況と違うな。
「なぁ、プリマはいないのか?」
プリマローズ。今日はあいつに用があるんだ。
俺が帰ってくると知っているなら、必ず迎えに出てくるかと思っていたのだが、姿がない。
もしかして、東リッツバー平原のセイレーン専用隠れ家に行って、悪趣味なゲーミングルームで引きこもっているのだろうか。
「あの女か。今日は家に引きこもってるはずだ」
「いる? この邸に?」
「あぁ――。ん? 変だな。ソードくんが帰ってくるぞって伝えたら、今日は平原からすぐ戻ってきて珍しくジャージからおめかし用の服に着替えるとか言って張り切って支度していたんだがな」
俺と会う気満々だということだ。
ナブトに断り、家の中に上がらせてもらった。
あの女の思考を逆読みすると、もしかして会いたい衝動を抑えて、俺を探す側に回らせようという魂胆だろうか。
よくある〝私を捕まえてごらんなさい〟的な。
勘違い系がよく妄想しそうなことだ。
俺は、プリマローズの部屋に向かった。
廊下に罠があるのかと警戒したが、タイム邸は変わらず綺麗に掃除が行き渡っていて、木材建築独特の良い匂いがした。
その廊下の一番奥――。
初めて訪れたときは、ゴミ袋も溢れかえっていた廊下だが、今は綺麗に片付けられている。
一応、出迎える準備はしたのだろうか。
可愛げのあるやつだ。
「おーい。プリマローズ? 開けるぞ?」
扉に一応ノックする。返事はない。
耳を澄ませると、微かにゲーム音がしていた。
中にちゃんといるらしい。
もしかして制限時間つきのゲームイベントが開催中で、一分一秒が惜しく、俺の出迎えよりゲームを優先しているとか。
あのガチ廃ゲーマーならやりかねん。
別にいいんだが、ゲームに敗北した気分だ。
「開けるぞ」
扉を開けると、そこには誰もいなかった。
大きなテレビ画面に、RPGのトップ画面が映し出されている。
『パンテオン・リベンジェス・オンライン』
表示されているゲームタイトルがそれだった。
コントローラーが床に投げ出されたままで、プリマローズがいつも着ているジャージも同じ場所に転がっている。
それとは別に、壁のフックに小綺麗な服もかけられていた。これがナブトも云っていた、おめかし用の着替えだろうか。
「なんか……」
部屋全体の雰囲気が異様だった。
まるで直前まで人が居たかのような空気感。
コントローラーを拾い上げると、微かに体温から伝わった熱も感じられた。
「プリマ?」
失踪――。
頭の中にその二文字が浮かぶ。
しかも、ゲーム機が起動されたままだ。
あのゲーム愛の強い女が、起動直後のタイトル画面の状態でどこかへ行くとも考えにくい。
ふと、六号メイガスの言葉を思い出す。
『僕は、あるゲーム世界に幽閉されているんだ』
「まさかな……」
ゲーム世界。
メイガスが居るそちらの世界でも、何かが起こっているような気がしてならなかった。
次話から第3章が始まります。
週2更新が目標です。