14話 アークヴィラン23号Ⅲ
「ギィギャギャギャアアアア!」
けたたましい雄叫びが耳を劈く。
正直、生理的嫌悪感がわいた。
きっと"外側"から来た外来生物を本能が拒絶しているのだ。
イカスイーパーは体を大きく反り返らせた後、猫背に戻って、俺とプリマローズをじっと見てきた。
目が合う――。
否、合ったような気がしただけだ。
実際、奴の眼窩は落ち窪み、双眸は穴のように黒い。
見た目は骸骨。
イカスイーパーは殺気を纏い、周囲にさらに濃い瘴気を散らした。
元から薄暗かった峡谷の視界がさらに悪くなった。
「ギィイイ……!」
三度目の鳴き声。
イカスイーパーは宙に体を浮かせ、滑るようにこちらに向かって迫ってきた。
「おい、来たぞ!?」
「奴の狙いは妾じゃ。囮になろう。その隙にソードは攻撃を」
「大丈夫か?」
「心配してくれるのかえ? 大丈夫じゃ。腐っても妾は魔王ぞ」
プリマローズは軽い身のこなしで岩陰から飛び出した。
そのまま峡谷の空洞を壁に沿うように駆け抜ける。
「やるしかねぇか」
時計回りに壁際を走るプリマと逆に、俺は反時計回りで走った。
そこらに転がる岩石を【抜刃】で剣に変える。
陣地作成のようなものだ。
フィールドのどこに居てもすぐ得物が手に入るように、陣営を整える準備作業。
プリマローズの様子をチラ見する。
うまく距離を稼ぎつつ、イカスイーパーを引き付けていた。
峡谷の壁際と、そこから交差するようにフィールド中央を走り抜け、真ん中にも【抜刃】の準備をした。
最初は偵察だけの予定だったが、気づかれた以上は、試しに攻撃するしかない。
「よし、準備出来たぞ!」
「うぬ!」
プリマローズは、俺の合図で進路を変えた。
壁沿いを走っていたプリマローズが反対へ進路を換え、後ろを追いかけていたイカスイーパーの頭上を跳躍して飛び越えると、壁を蹴り、バク宙してフィールド中央に降り立った。
そのまま勢いを殺さず、何度かバク転する。
俺の頭上を抜け、ちょうどイカスイーパーと対極の位置に来た。
イカスイーパーは変わらずプリマローズに迫る。
その間には、俺が待機している。
「さぁ、来やがれ――」
「ギィノボボゴゴボゴィゲィ!」
謎の奇声を上げ、イカスイーパーが迫る。
姿勢を低くし、その強襲を迎え撃つ。
剣を持ち替えて下段の構え。
すれ違う刹那、三歩の踏み込みで間合いを図り、人間なら急所であるはずの胸と鳩尾、内腿と思われる場所を斬りつけた。
三つの斬撃は一瞬でほぼ同時に繰り出した。
「ギ――――」
イカスイーパーは動きを止めた。
その直後、体を内側から爆散させた。
「やったか!?」
プリマローズがテンプレ発言を重ねた。
それ言うなよ。
爆散したイカスイーパーの内部から真っ黒な液が噴き出した。
まるでイカ墨のようだ。
粘ついた黒い液状物質は、周囲に分散して飛び散ると、うねうねと動いて形を変え、次第に動物のような形になった。
それは、黒い粘土で出来た"イカ"だった。
大小様々だ。中には魚も少しいる。
「な、なんだ……?」
「気をつけろ、ソード。あのねばねばの黒魔力は、この星のマナと性質が異なる。何が起こるかわからぬぞ」
「ヤバそうなのは見りゃわかるって」
黒いイカはそれぞれ砂を滑ったり潜ったりと好き勝手に行動を始めた。
一方で、イカスイーパーの抜け殻は再び雄叫びを上げた。
すると黒いイカ達の表面から湯気が立った。
シュウウウウウウウウウ……。
蒸気が沸き立つ音が聞こえる。
黒いイカ達がゆでダコのように赤く染まっていく。
「今にも爆発するぞって雰囲気だぞ」
「かもしれぬ。ここは一旦退散じゃ。有力な情報は得られた」
「同感」
珍しく意気投合した俺とプリマローズは、急いで峡谷の入口を目指してフィールドを駆け抜けた。
しかし、蒸気を立てて赤く変色するイカが立ちはだかる。
「チッ……」
できれば、触りたくねぇ。
助走をつけてジャンプして飛び越えるか?
そう考えている最中、
「きゃあああ!」
峡谷入口から悲鳴が聞こえた。
目を向けると、そこに腰を抜かしたヒンダがいた。
傍に寄り添うシズク、後方から体を震わせるマモルもいた。
「あいつら……待ってろって言ったのに」
イカは悲鳴を聞きつけ、ヒンダを標的としたようだ。
一斉に峡谷入り口に向かって走っていく。
「まずいぞ。子らが危ない!」
魔王が言うとシュールだな。
しかし、もしあそこで爆発されたら、岩盤が崩壊して俺やプリマローズも峡谷に閉じ込められかねない。三人を守れたとしても退路が失うのだ。
どうする。