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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第2章「人間兵器、将来を憂う」
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136話 ◆人形師の忘憂Ⅱ


 教会に連行された私だが、意外な顛末で、あっさりと釈放されることになる。

 それは【清祓いの儀】の日程を調整しに来た王家の使者が、私の不在に気づいて王に報告したことが発端だった。


 すぐ劇団の目撃者が、DBの強行を報告してくれ、私の居場所は教会と特定されて解放された。

 目論見通り、王家が助け船を出してくれたのだ。


 一方のDBには悔しそうな様子はなかった。

 容疑者を取り逃す刑事のごとく歯軋り一つでも立ててくれるかと思ったのだが、なかなかこの女教皇は可愛げがない。

 加えて、DBは計画通りとばかりに笑っていた。

 あまつさえ、この私の危険性について十分に王家に説く必要があると言い、張り切り始めたのだ。


「釈放は認めましょう。ただ、その代わりに条件が二つあるわ」


 DBは王家の使者に要求を突きつけた。

 兵装の使者は、兜のつばに隠れた目元を見せ、睨みを利かせるようにDBと対面した。


「……このお方は、王の側近にも等しい重臣でありますぞ。さすがのデータベ―ス殿も、あまりに非礼ではありませんか?」

「そうは言っても、私はアークヴィランの諸問題に対応する国際機関のトップよ? 一国の重臣の立場がどうとか説かれてもねえ」

「しかし、アークヴィランハンター教会の査問会には、我らが王タルヴィーユ七世も理事の役に就いています。国王を軽視することもできますまい」

「なら対等ね。私も査問会の理事を兼任してる」

「うぅむ……」


 私はこの使者に心の中でエールを送っていた。

 しかし、雄弁な人間兵器に勝てるほど、良い舌は持ち得ていなかったようだ。

 結局、私の身柄を巡り、アークヴィランハンター教会とハイランド王家の間で、ひと悶着あった。


 そのせいで私のアークヴィラン疑惑が王家を中心に知れ渡るようになった。もちろん千年もの間、懇意にしていた私という存在を、王家も急に遠ざけることはしなかったが……。


 もちろん中には忌み嫌う人間は現れ始めた。

 後の王妃になる公家の娘もそうだった。

 

 同時に、芸名「グレイス」は死んだ。

 今後、万が一、私がアークヴィランとして悪事を働いたとき、特定の個人名が割れれば、王室直営の人形劇団の座長がアークヴィランだったと世間に知られ、王室の信頼が地に落ちる、という判断が下されたことによる暫定措置だ。

 初代座長"グレイス"は引退。

 お気に入りの名だったので残念だ。

 その代わり、グレイス座の座長は古代の人間兵器四号の名跡にあやかり、どの代も『パペット』を襲名することになった。

 グレイス自身も、人間兵器の名跡から当代座長まで、そのいずれも人間兵器パペット本人だったというのもまたユニークな状況だったが。



 DBが私や王家に突き付けた要求は、三つあった。


 一つ、王城の【清祓いの儀】の立ち合い。

 一つ、私が宮廷に立ち入るときのDBの同席。

 一つ、特注の自動人形(オートマタ)の提供。


 最初の二つは理解できる。

 私が変な真似を起こさないように監視したかったのだろう。協会の判断として当然だった。

 それを機に、私も宮殿に立ち寄りづらくなった。

 招かれるときはよっぽどの用事のみだ。


 三つ目の要求が理解不能だった。

 DBは私に、勇者全盛時代に実在した神官の衣装を身にまとった自動人形の作製を依頼したのである。

 私は当時の記憶がなかったので、資料をいくつか提供してもらって自動人形を製作した。だが、自律プログラムの内容も、これまた意味不明だった。


 巫女の言葉に応じて勇者の目覚めの儀式を行う、という自律プログラムだった。

 神事ではなく【目覚めの儀】という指定。

 謎だった。


「こんなもので一体なにをするんですか?」

「しゃらっぷ。ちょっとした人助けだと思ってちょうだい」


 DBはそんな風に私の追及を避けた。

 彼女もかつて五号(ケア)という勇者だった。

 昔が恋しくなって、思い出に耽るためにこんな"ごっこ遊び"をしたくなったのだろうかと気に留めることはやめた。



     …



 こうして私とDBの煩わしい関係が築かれた。

 私は彼女が劇場に訪ねてくるたび、また何か要求されるのだろうか、創作活動を監視されるのだろうか、と嫌気が差すようになった。


 時は流れ、王位がタルヴィーユ七世から八世へと受け継がれ、しばらく平穏な日々が続いた。

 私が宮殿への足が遠のいていたこともあり、ダグザの系譜の中では、最も付き合いの浅い王だったかもしれない。それでも彼からも、これまでの王と変わらぬ最上級の敬意は感じていた。



 そして、件の不幸な事故があった十年前。

 王の権限で、今回の家族旅行ばかりはDBを排除できるかと期待していたが、馬車の中にちゃっかりDBは同席しており、協会と王家が結んだ私という身柄の取り扱いに関する条約は、かなり根強いものなのだと辟易した。


 しかし、私は、このときばかりはDBの存在に助けられた――。



「……うぇぇ……ん……」


 赤い荒野の中、泣き叫ぶ王女がいる。

 彼女を挟んで向こう側に、慣れ親しんだ王たちの面影がくっきり残る末裔の王が横たわっていた。

 私は彼を助けることができなかった。

 アークヴィランの強襲を防ぎきったが、転落事故まで対処できるほど、私の敏捷性は高くなかった。


「ヒシズ様、まだここは危険です。離れましょう」

「嫌……ッ! お父様は、ここにいるもん!」

「貴女のお父上は……その……」


 私自身、人間の死は苦手だ。

 劇団座長として、作品へ反映させるために人間の感性は学んできたつもりだ。

 しかし、それは形としてのもの。

 肉親の死など経験しているはずが――。


「……っ」


 刹那、何か私の脳裏に過った光景がある。

 荘厳な面影を残しながら朽ちた教会。

 燃え盛る建物の中、少年と魔女のような風貌の女が対峙していた。少年が突き立てた剣が、魔女のような女の胸に刺さっている。


 今の光景は、なんだ……?

 フラッシュバックとは考えにくい。

 私は人間兵器であり人間だったことはない。さらに過去の記憶など綺麗さっぱり忘れている。

 今は白昼夢のような幻影に構っている暇はない。

 ズキッと眉間に刺さるような痛みが走り、それと同時に私の視界には黒い亀裂が現れた。



 ――支配セよ。



「っ、あの声が……」


 久しぶりに聞いた"内なる声"。

 私と同化していたのではなかったのか?

 あるいは、同化していたものが再び分離して視認できたような突発性。どういう理屈だ。



 ――侵略ダ。侵略ノ好機! 侵略侵略侵略!



「う、うるさい……っ」


 私は自分の内側で蠢く何かと戦っていた。

 その間もヒシズの泣き叫ぶ声が続いていた。


「助けて……! 助けてよ、勇者様。■■■なら、お父様もお母様も助けられるもん、絶対に……!」

「……ッ!」


 ヒシズの慟哭が耳障りに聞こえた。

 特に聞き取れなかった■■■に黒い亀裂は反応して、私の視界を暴れ回っていた。



 ――■■■? バーサクの器ノこトだ。


 ――共闘ダ共闘! 徒党組んデ侵略ダ!


 ――バーサクの気配ガない。ナぜダ。



「ああああっ、うるさい! うるさいぃ」


 頭が黒い瘴気に侵され、はちきれそうだった。

 破裂するのではないかと怖ろしくなるほどに、内なる声は、私の脳内で支離滅裂に語り始めた。


 頭を抑え込み、その場に膝をつく。

 私の理想を……守るためには、どうすべきか。

 何が最善かを計算して、答えを弾き出せ……。


 さぁ――。



「侵略……? あぁ導クんダ……ワタシが」


 人間は醜く愚かだ。

 何度も何度も争い、滅んだ。

 意味ノない戦いを繰り返し、結果、何度ノ同族嫌悪に同郷殺戮が起きタ? ワタシなら正しク彼らヲ――こノ星ヲ使いコナすことができる。


「そ、そそそうカ。侵略コソ理想ノ体現にニニ」


 言語中枢がバグを起こして統一できない。

 私の声が、まるで"内なる声"そのもののようだ。


「しっかりしなさい」


 そこで、ぽんと本で頭を軽く叩かれた。

 軽い衝撃だったのに、それだけで私の意識ははっとして元通りになった。


「あ……」


 見上げるとDBが腰に手を当てて立っていた。

 彼女に普段の嫌味ったらしさはなく、太陽を浴びて逆光の影で暗んだ表情には、私より小柄なくせに頼り甲斐のあるお姉さん然とした、温かい雰囲気があった。


「すみません……」

「ったく、私が見張っていて正解だったわ」

「……」


 体を起こし、以前として取り乱したままのヒシズを見やると、私の影に気づいて、何か閃いたようにヒシズが近づいてきた。

 そして袖を引っ張りながらこう提案する。


「そうですわ。パペットなら皆をまた元気にさせられるでしょう?」

「え……?」

「前に、お人形さんを元気にしてくれたわ!」

「そんなことをしたら……」


 依然、私の頭では"内なる声"が叫んでいる。


 ――それダ。王権支配ダ。

 ――汝はツクリ、支配し(アヤツリ)、コワス者。

 ――支配。支配。支配支配支配支配。


「ぐっ……ううう……」

「マズいわね。奴らの餌が多すぎる」


 隣にいるDBは、私を心配してくれていた。


「心の隙ができれば、それに付け入られる。奴らの声に反応しては駄目よ」

「無理デす」


 私は半ば誘惑に駆られていた。

 腹を空かせた獣が血の臭いを嗅ぎつけたが如く、私の表層へ飛び出そうとしてくる。これが【傀儡女(マリオネット)】の魔素の本体か。


「私ハ……ヒシズ様のコとダケハ――」


 守りたい。

 私の理想とは、国家だとか人形劇団だとかに関係なく、この王家の血の存続にのみ意味がある。

 ヒシズの面影は、さっき白昼夢のように浮かび上がった少年と対峙する魔女のような女の顔立ちと、どこか似ていた。あの幻影はきっと私が私らしさを守るために必要な、思い出のようなものだ。

 なぜかそういう確信がある。

 だから、この身が朽ち果てようとも彼女は――。


「――あと十年」

「……?」


 DBは悲痛な表情で、私の肩を擦って声をかけた。

 瞳を覗き込み、表に出ているアークヴィランのその先にいる私自身に語り掛けていた。


「十年後に、戻ってくる男がいる」


 DBは、あえて男の名を出すのを避けたようだ。

 その名は私の魔素を暴れさせるきっかけになってしまう。


「それまで、我慢できる?」

「……」


 含みのある言い方が、私の最期を暗示していた。


 十年か。

 私にとっては些細な年月。

 最後の勇者として魔王に引導を渡された時から、もう五千年は経った。その日々を思えば、本当に一瞬のことだろう。


「わかりました。王女様の、仰せのままに……」


 そしてヒシズの望むように、私は王と王妃、兄殿下を【傀儡女】で操ることにした。


 これは私の終わりの始まり。

 暴走していく内なるアークヴィランの魔性を解き放つことになる。私の自我は死ぬだろうか。

 いずれにせよ十年の我慢だ。

 十年後に戻ってくる男にすべてを託す。

 その男はDBも太鼓判を押す者。私以上にこの国を……ヒシズ様を守ってくれると信じるしか、私には道がない。


 ――でも、どうかな。少しばかり不安はある。

 人間も、我々人間兵器も、こんな末路を辿る可能性が常に潜んでいるのだ。

 その男は、"道"を切り開いてくれるだろうか。

 私の理想を継いでくれるだろうか。


 願わくば、その先の世界を私も見ていたかった。


 赤い荒野を望み、刹那に勇者時代を思い出す。

 そうだ。私は人間兵器四号。

 仲間たちの将来を憂う。



 ああ、この憂いも忘れてしまうのか……。




(第2章「人間兵器、将来を憂う」 完)

第3章に続きます。


(※第2章として、もう一話だけ、パペットがファンのために普通の人形劇でモコモコ・フィクサー・パーティーを演じる余話を挟みますが、以降は約1,2ヵ月ほど更新が止まります)


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

感想・評価・レビュー等頂けますと励みになります。

その分、3章の更新も早くなるかもしれません。

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