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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第2章「人間兵器、将来を憂う」
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134話 幸福の結末


 静かな旧王室には、ぽつりぽつりと雨が滴る。

 松明の灯火(ともしび)は消えても、消えない火種はまだ目の前にいるのだ。

 俺は【狂剣舞】の魔腕を構えた。

 その凶器を見たヒシズが固唾を飲み、俺に問う。


「ソード。パペットさんが悪くないことは解ったでしょう? どうしてまだそんなものを……」

「違う。こいつは――こいつが、黒幕だ」

「ソード!?」


 ヒシズは悲鳴を上げるように俺の名を呼んだ。


 わかっている。

 パペットの英雄的な献身は把握した。

 悪い奴じゃなかったし、これほど理想のために自己犠牲ができる人間兵器は他にいないだろう。その意味では、パペットが俺たちの中で最上の勇者だった。


 ――でも、それはこの物語が結末を迎えたらだ。

 死ねば英雄。生き残れば悪になる。

 パペットは物語の結末に、自身が黒幕として葬られることを望んでいる。それが悪であることを自覚しながら尚、理想を追い求めた夢想家の願い。


「どうしてですの!?」


 構えた腕を一向に下ろさない俺を見て、ヒシズが糾弾するように声を荒げた。止めに入ろうと前に躍り出た彼女を、パペットは手で制して静かに首を振った。


「王女様。私はもう後戻りできないのです……。アークヴィランとして侵略を始めてしまった以上、人間にとって害悪で在り続ける。将来的には瘴化汚染(マナディクション)の汚染源にもなりましょう」

「そんな将来のこと、わからないでしょう?」

「いえ。……聞こえるのですよ、声が」

「声……?」

「支配セよ、侵略セよ、と」

「そんな……」

「だから、ここでお別れです」

「い……! 嫌ですわ!」


 ヒシズはついにパペットのシャツの丈を掴んだ。

 離れたくない、と。――届かぬ主張をダメ元で頼み込むかのように、目をぎゅっと瞑っていた。


「ヒシズ様……」

「わたくしが弱かったばかりに、こんなこと……。パペット、を……」


 目元を潤ませる王女を見たパペットは彼女に向き直り、背丈を合わせるように少し屈みこんだ。

 雫の溜まったその目尻を掬うパペット。

 まるで母親と娘のようだった。


「ほらほら王女様……。せっかく前を向いたというのに、これでは私が黒幕を演じた甲斐がなくなりますよ。それに今は貴女の"推し"もあの通り、復活しています」


 そう言ってパペットは俺を見やった。

 その視線が意味することを理解している。

 ――後は頼みますよ、と俺に告げていた。


「意地悪なことを言うのですね……」

「貴女のご先祖の代から、ずっと指導役を務めてますから」


 パペットは満足げな表情で、俺に振り返った。


「さぁ、興が削がれる前に、終幕を語りましょう」


 鍵盤を弾くように両手をやや上げるパペット。

 きらめく琴線が見えた。操り糸だ。

 パペットは人形劇を続け、芝居の語り部と現実の黒幕役(フィクサー)をやり抜く気のようだ。


「……」


 俺にはそれが、断頭台で最後の言葉を語る死刑囚のように見えた。毅然として役割を全うしているつもりが、どこかパペットの声には、悲哀が満ち満ちていた。


狩人(ソード)は、とうとうクロヤギを追い詰め――」


 語り部のパペットの声が旧王室に響き渡る。

 その刹那。



「――クロヤギと狩人はそのとき気づいたのです」



 重なるようにして、新たな声が王室に響いた。

 パペットでも俺でも、ましてやヒシズでもない。気絶しているヒンダや他の貴族たちでもない。

 新たな闖入者である。


「互いに彼らは同郷に生まれ、それぞれが同じ力と可能性を秘めていることに……」


 声の主は旧王室の入り口にいた。

 目を向けると、そこにDBが立っていた。

 俺のために【再生の奇蹟(リザレクション)】を酷使して、魔力が枯渇していたはずなのに、よくここまで一人で……。


「あなたは……」


 パペットも戸惑っている。

 DBはふらつきながらも王室内に入って、ゆっくりと俺たちがいる壇上へと近づいた。

 両手に何かを持っている。四角い箱だ。

 最近、どこかで見たような……。


「DB、お前がなんでここに? それに、それ……」

「これから私が語るのは、正規の結末(トゥルーエンド)じゃない」DBは俺の言葉を遮るように続けた。「登場人物みんなが悲しまない幸福の結末(グッドエンド)よ……」


 緩慢だが、それでもDBは確実に歩み寄る。

 普段の余裕ぶった態度とは、様子が違う。本当に無理して駆けつけたって風だ。


「……狩人も、クロヤギも……そして他の同胞たちも、みんなが至高に辿り着くために……」


 DBはついに人形の屍に躓き、その場に転んだ。

 四角い箱を落としてしまい、それが滑るように俺たちの近くまで転がってきた。


 小さなボタンやら穴やらが付いた綺麗な箱。


 思い出した。

 地下水路で見つけたんだ。――ゲーム機GPⅩ。

 って、なんでそんなもの持って現れたんだ?

 完全に場違いだろ。だが、ふらふらな状態でここまで持ってきたからには意味があるはず。絶対に。


「あなたは誰も悲しませたくないでしょう……?」


 DBはそう言って力尽き、また意識を失った。

 視線の先には、居たたまれない表情のヒシズ。そして気絶したままのヒンダがいた。

 俺は、DBが伝えたいことの意図を察した。


 急遽持ち込まれた『GPⅩ(ゲームポータル)』。

 それは六号メイガスのことを示唆している。

 あいつだってパペットと同じように、魔王にやられて死んだんだ。それなのにメイガスは、飄々とゲーム機の中の世界で元気にしていた。……可能性はある。



「私も、思い出したことがあります」


 パペットは真っ直ぐ俺を見ていた。

 転がってきたゲーム機に関心はなさそうだったが、それよりも疲労困憊ながらも王城まで来たDBの存在を気にしている。


「貴方には聞きたかったことがありました……」

「なんだ?」

「貴方は昔、私たちのリーダーだった。私の知らない四号(パペット)を導いてくれた存在でした」


 俺にとっては、むしろ当時の方が記憶に新しい。

 みんなが過ごしただろう五千年という時間のことを、記憶を上書きされた俺はまるで覚えていない。

 一方、勇者時代のことはちゃんと覚えている。


「だから、問いたい。あなたが運命から逃げ出したのは、当時の人間には救う価値がないと気づいていたからですか?」

「救う価値だって?」

「私には、色彩がない世界に見えました。怠惰で、欲深く、生を謳歌する者がいない。そんな世界、守る価値があるのかと天秤にかけたのです。あなたも、同じですか?」


 天秤にかけた結果、人間を見捨てたのか――。


 理想を追い求めるパペットらしい質問だ。

 およそパペットが過ごした日々を思えば、人間の欲深さを際限なく見せられ続けたことは、容易に想像できる。

 栄枯盛衰を山ほど見てきたんだ。

 その破滅の繰り返しを愚かと思い嘆くのは、パペットが『理想の国家』を夢想し続けたから。


「パペットの言う通り俺は昔、人間が嫌いだった」

「じゃあ、裏切った理由は――」

「でも……今は好きになった!」


 それだけは、はっきりと言う。

 シズクに出会い、ラクトール村の住人たちに親切にしてもらった。シーポートではロック爺さんや、その孫の世代がアーセナル・ドッグのレースにかける情熱も見せられた。

 王都でももっと色んな人間がいた。

 スージー。リチャード。

 バレンスタ夫妻やウィモロー家。そしてヒシズ。

 この時代を生き生きと過ごす、良い連中だ。


 ……あいつらが、荒んだ俺を救ってくれたんだ。


 そうだ。救われたのは俺の方。

 俺が救う価値を語るなんて烏滸(おこ)がましいことだ。


「その好きと嫌いの繰り返しは自家撞着を引き起こします。矛盾した考えが、私のような存在を生み出した」

「違う! お前は根本的に間違えてる!」


 突然叱られたパペットは目を丸くして固まった。


「俺は気づいた。俺たちは――人間兵器は、人間とセットだ。合わせて一つ。つまり、家族だ!」

「か、家族……?」

「俺たちだけが救うんじゃない。あいつらも俺たちを救うし、俺たちも助ける。そうやって互いが互いを支え合って、初めて一つの運命共同体。だから、お前が達観するな!」

「……っ」


 説教じみた物言いになってしまった。

 でも、悪役にはこれくらいがちょうどいい。

 俺は【狂剣舞(バーサク・ダンス)】の魔腕を構えた。


「お前には、きついの一発くれてやる……」


 腕に融合したきらりと黒光りする切れ物。パペットはそんな俺を見て、覚悟を決めたように一歩、前に歩み出た。


「……私というアークヴィランを討ち取る存在が、貴方でよかった。幾星霜の煩悶の答えが出ました」

「もう後悔はないんだな?」

「そうですね。――欲を言えば、最後にこの物語の結末をファンに見せてあげたかった、くらいでしょうか」


 パペットは俺の後ろにいるヒンダを一瞥した。

 このままでは応援していた存在を裏切ったまま退場することになるのだ。


「それは残念だったな」

「ソード!? ……パペットっ!」


 王女が悲鳴に近い叫び声を上げた。

 俺は魔腕を下段に構え、パペットめがけて振り上げた。逆袈裟方に切り裂かれた一閃。


「……っ!」


 ――一瞬、時が止まったかのようだった。


 俺は切り裂いたものを掴んでいた。

 それはパペットの金色の長髪の端だ。手放すと、さらさらと風に舞い、散り散りになった。


 けじめをつけさせるための断髪。

 もう魔腕は必要ない。俺は能力を解除した。


「何を……?」

「人形劇はやり直せ。ファンに見せたいならな」


 後ろ髪を切り取られ、髪が肩にかかる程度の長さになったパペット。彼女は困惑しながら髪を触り、俺を見ていた。


「なぜ私を殺さなかったのですか……? 悪役は最後、死ななければ意味がない。これでは、また同じ過ちを繰り返すことになるじゃないですか」

「うるせえ。プランBで行くぞ」

「プランB……?」


 理解が追いつかないパペットが言葉を反芻した。


「過ちは繰り返さない、誰も悲しまない幸福の結末(グッドエンド)に行く」

「あなたは、またそうやって逃げるのですか。悪を倒すという役目から……!」


 狼狽したパペットは感情的に俺を糾弾した。


「心配すんな。当てはある」

「どんな策があっても、私がアークヴィランとして堕ちたことは変わらない! いずれ瘴化が進み、害悪として再び本能が侵略を開始する……! それを先伸ばしにするなんて……ヒシズ王女様のことだって、次も助けられるのですか!?」


「お前が、助けやがれ!」


「え……?」


 恫喝して、ようやくパペットは静まった。

 俺は背後で寝ているヒンダを抱きかかえ、壇上から降りてDBのことも片腕で摘まみ上げた。


生憎(あいにく)、俺は子守りで手がいっぱいなんだ。お前がそこまで守りたいなら、自分自身で守り続けろ。国も、王女もな!」

「…………」

「大丈夫だ。次は、俺も手伝うから」

「……てつだ……う?」

「中にいるアークヴィランを支配するんだ、お前自身が。俺にできたんだからパペットにもできる」

「そんなこと、どうやって……」

「これから考えるから、もう少し辛抱しててくれ」


 そう言い放ち、俺は旧王室を後にした。

 パペットは混乱しただろうが、あの場では、俺はもう邪魔者に思えた。旧王室を出た直後、泣きながらとある勇者の名を叫ぶヒシズの声と、それをなだめるパペットの声が耳に届いた。


 ……うん。邪魔者は一足先に退散だ。

 ふざけた芝居のナレーションなんかより、二人の泣き声が一番、俺の胸に響いた。


 あの二人はもう大丈夫だな。

 でも、次のことに取り掛からないとだ。

 アーチェも、パペットも、アークヴィランのせいで滅茶苦茶にされた。

 でも、解決の糸口はある。


 ――魔術師が鍵だ。

 幸福の結末(グッド・エンド)に辿り着くにはあいつが必要だ。

 力を貸してくれ、メイガス。



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