130話 モコモコ・フィクサー・パーティーⅤ
意気揚々と作戦を語るヒシズ。
パペットもだが、それを観ていた俺も苦笑いしか浮かばなかった。危険すぎる……。
「申し訳ありませんが、それはできません」
「なぜですの?」
「まずこの荒野を踏み荒らしたら、地崩れが起きる可能性があります。そこかしこに谷があるような地形ですから、どこが崩れるかわからないです」
「それを利用するのですわ。アークヴィランを演じる人形が、単純にわたくしへ向かってくるだけなら、わたくしは谷を跳び越えるだけで人形を谷底へ落とすことができます。ここの地形をよく理解した、冷静かつ聡明な対処法でしょう? お父様も評価くださるわ」
「……」
パペットは頭を抱えた。
王女の頼みとはいえ、ヒシズが転落する恐れがある。
「もしわたくしが落ちそうになったら、そのときはパペットが助けられるでしょう?」
「私は戦闘型ではないので……前衛役の人間兵器のような機敏な動きはできませんよ」
「ソードのような動きができなくても、人間兵器は人間兵器。人では敵わない身体性能を秘めていると聞いてますわ」
「それはそうですが……」
パペットが提案を受け入れない理由は他にもありそうだ。
地形の危険性以前の問題で、機知に富むタルヴィーユが子ども騙しの偽アークヴィランに騙されるはずがないという確信が俺にはあるし、パペットも同じことを考えたはずだ。
危険を顧みずにやったことが、後で非難を浴びるのだ。
パペットも容易にはうなづけない。
「では、こういうのはどうでしょう。パペットが操るのは、岩でできたゴーレムのような岩人形です。わたくしは馬車の屋根の上から地平線を見渡すフリをして、真っ先にその岩人形を発見します。お父様もさぞ注目されることですわ」
ヒシズは小さな石を積み上げたミニチュアゴーレムを動かしながら図解した。時折、指でサラサラな赤砂に矢印を描き込み、移動経路を示している。
「そこで、わたくしは馬車を離れ、遠くからその岩人形を誘導するように大声を出します。パペットはその岩人形をわたくしの方に向けて動かし、うまく谷底へ落ちるように操ってください」
「なるほど。ヒシズ様はあくまで道という安全圏から声だけでアークヴィランを誘導するフリをするということですね」
「そうですわ。どうでしょうか?」
「それなら――」
普通の人形より岩の塊なら、偽アークヴィランだと見破られる心配も少ない。見破られたとしても能力の調子を確かめるためだったと言えば、非難を浴びることもないだろう。
ヒシズも谷を跳び越えるといった危険なことはせずに済むし、王家の人間は皆、ただの傍観者として偽アークヴィランの登場とヒシズの英断を刮目するだけで終わる。
安全だろう。
「わかりました。それなら引き受けます」
「期待してるわよ。パペット!」
「仰せのままに……」
幼い少女が即興で考えたにしては、なかなか名案だ。
ただ純粋に父親に認められたい、褒められたいという欲求を満たすなら、シンプルかつ安全で効率的な方法だと思う。
――だが、もっと別の可能性も考えるべきだった。
パペットがもう少し思慮深ければ。
勇者時代の記憶がはっきりとあれば、この土地が元々どういう場所だったのかをしっかり理解して、あるいはその可能性に辿り着けたかもしれなかった。
作戦を決行すべく、ヒシズは御者席から馬車を登った。
パペットはやや離れ、岩を雪だるまでも作るかのように重ねて武骨な塊に魔法をかけてゴーレムをつくりだした。
お得意の糸を接続し、黒い瘴気を送り流している。
魔素の能力を行使しているらしい。
ゴーレムは、小刻みに震えて動き出し、足早に荒野の奥底へと配備された。
馬車の内部で本を読んでいるように見えるDBは、天井に響く足音に戸惑って上を見上げていた。
「あっ! 何かいますわ!」
ヒシズは大げさに荒野の遥か彼方を指差した。
いまだに家族論と王政論を熱くぶつけ合っていた王と王妃は、ヒシズの声に一度は反応したものの、すぐまた言い争いに戻ってしまった。
ヒシズの指差す方角をちゃんと見ていたのは、兄のグウィッドだけだ。ヒシズはそんな両親の様子を見て、しびれを切らしたのか、もっと声を張り上げて言った。
「アークヴィランですわーっ!!」
さすがの王と王妃も驚いて振り返り、ヒシズを見上げると、その指の矛先を辿るように視線を荒野に戻した。
そこに蠢く何かがおり、王は立ち上がって目を細めた。
蠢く物体に近いグウィッド王子に「こちらへ来なさい」と王は声をかけ、呼び寄せた。
「まさか、このクレプスクロロの谷にアークヴィランだと?」
「どこにでもヴィランがいる時代でしょう。今さら驚いてどうするのよ。それより早く封じ込めた方が――」
俄かに混乱し始めた両親を見て、ヒシズは満悦だった。
馬車の屋根から降り、道沿いに駆けていく。
遠くまで来たヒシズは馬車からの距離感を見計らいながら、ちょうどいい場所を探し始めた。
王、王妃、兄王子がいる場所から、やや離れ、ヒシズだけ孤立する状態となった。
三人ともヒシズが馬車から離れたことに気づいてない。
モゾモゾと蠢く何かに目を奪われている。
敵性のアークヴィランかもしれないという恐怖心が、王家の三人を硬直させていた。パペットは王女の安全のため、ヒシズの近くで控えている。
――馬車の中にいたDBが、本を閉じて窓の外を見た。
その光景がスローモーションのように過る。
普段は然したることでは動じないDBが、わざわさ本を読む手を止めた事実が、嫌な予兆のように俺の目には映った。
「こちらですわーー!!」
一抹の不安を切り裂くように、荒野に轟く幼い叫び声。
ようやく国王らは愛娘が離れた場所にいることに気づいた。
「ヒシズ!? 一人でいたら危険だ!」
タルヴィーユが慌てて呼びかける姿すら作戦の成果のように思えて、ヒシズは満悦そうににんまりと笑顔になった。
「お父様! わたくしにお任せください。この黄昏の谷の地形は理解しております! あのアークヴィランめは、わたくしが谷底へ落としてやりますわ」
「何を考えているんだ! やめなさい!」
ヒシズは軽快にその場で何度か跳び上がると、自分の居場所をアピールし、大声でアークヴィランに呼びかけ続けた。
しかし、モゾモゾと蠢く影の進路は変わらない……。
それどころか国王らへと向かうスピードが速まっていく。
まったく別の場所から岩人形が現れ――実際には、それがどうやらパペットの用意した偽アークヴィランらしいが――ヒシズに一直線に向かいながら、誰にも注目を浴びることなく、ひっそりと谷底へ落ちていった。
「あ、あれ……!? パペット!?」
ヒシズは蠢く謎の何かを不安げに見つめていた。
パペットは自身が生み出した岩人形が、何の役にも立たず、誰からの脚光を浴びることなく朽ち果てたことが不満だったが、王女の呼びかけにすぐ応じて駆けつけた。
「あの影は、パペットがつくったものではなくて?」
荒野の地表で、赤い砂を蠢かせて這う謎の波。
そんなものはどう見ても、人形なんかじゃない。
「ああ、本物のアークヴィランです……」
「嘘でしょう!?」
「――【傀儡女】」
パペットはすぐ手近な岩で即興の操り人形を繕えた。
それを迫り来る謎の波に走らせ、パペット自身も駆け足で、馬車に近づいた。その足取りは、普段の落ち着き払った仕草と比べると焦りを感じさせるものだった。
俺も本能的に加勢しようと【抜刃】を使うも、手応えがなく、そもそも手の感覚すらなかった。
「データベース殿、パペット殿、応戦を!」
タルヴィーユが後方の人間兵器二人に声をかける。
パペットは既に王の傍に控え、両手を広げて糸を操っていた。DBも本を片手に馬車から降りてきたが、ゆったりとした歩調で、応戦しようという様子ではない。
「人形を増やします……!」
パペットの操る岩人形は、荒野に立ちはだかると両腕としている岩石を地につけ、盤石な姿勢で制止した。
それからパペットは器用に周囲の岩々へ糸を飛ばし、黒い瘴気を送り込むと、岩は生を受けたように互いに引き寄せ合い、何体もの岩人形が生まれ、最初の岩人形の応援に駆けつけた。
弥縫策で用意した、ゴーレム兵団だ。
振動を検知した蠢く波は、ようやく正体を現した。
エイが数珠繋ぎのように繋がる異形だった。
シーリッツ海で見たサメ型アークヴィランの『クシャーケーン』がサメとイカの融合体だとしたら、それはエイとムカデの融合体のような形をしていた。
DBは周囲を見渡し、他に敵性反応がないかを確認する哨戒役に回っている。戦闘が可能なのはパペットしかいない。
対抗できるかわからないその場しのぎのゴーレム兵団。
パペットはその司令塔となり、兵団に指示に送り、多勢に無勢を敵に突破されながらも、なんとか新型アークヴィランと戦い続けた。
結果からいえば、パペットは善戦した。
己がアークヴィランだと忌み嫌われながらも、荒野に突如現れたアークヴィランを倒し、王家を守り抜いた。その英雄的行為は誰の目から見ても、褒め称えられていいものだっただろう。
――問題は、褒め称えられる時間すらないまま、次の災難に見舞われたことだ。
「はぁ……はぁ……」
パペットは肩で息を切らし、荒野を眺めていた。
魔力をかなり消耗したようだ。憔悴している。
ボロボロに朽ち果てたゴーレムの山と、ムカデのように繋がっていたエイが、ばらばらに荒野に倒れている。
謎のアークヴィランとの戦いに、パペットは勝利した。
「さすがパペット殿だ。貴殿には報奨を与えてやら――」
国王が安心して近寄ってきたとき、次の地響きが起きた。
パペットが懸念していた事態が起きたのだ。
黄昏の谷という西方の地形特有の性質で、地盤が緩く、地表を歩いただけで砂の楼閣のように大地が崩れるほど、ここは脆い。
魔王軍の魔法演習場だったせいだ。
それが先のアークウィランとの戦闘で限界を迎え、ついに崩壊を始め、蟻地獄のように大地が陥没し始めた。
「わぁぁあああ!」
「きゃああああ!」
その穴に飲み込まれてしまったのは、国王陛下、王妃、兄王子――そして、パペットだった。
ヒシズだけが遠くからその光景を見ていた。
四人が大地に沈みゆく刹那、俺はパペットと目が合った。
この幻と観客との間に接点などあるはずないのに、まるで互いを認識したかのように、その一瞬だけ時が止まった。
パペットは挑戦的な目を俺に向け、口を開いた。
読唇するに、あいつは俺にこう言った。
――"真相に辿り着く心構えはできていますか?"
そして、パペットは他の王家三人と同じように赤い大地に食われていった。