13話 アークヴィラン23号Ⅱ
峡谷の奥は瘴気が濃くなっていた。
多くの魔術師が体内の魔力を消費し、魔術を使う。
一方で、自然界の魔力は鮮度や濃度が高い反面、不安定なために有毒となるものも多い。
それらを総称して『瘴気』と呼ぶ。
瘴気とは、自然界の魔力が有毒化したものだ。
見た目はドス黒く、黒い霧のようになる。
プリマローズの話では、数千年前にアークヴィランが登場してからというもの、瘴気が発生する頻度が高まり、特にアークヴィランが根城とした場所は必ず瘴気が溢れ出す。
峡谷の奥には空洞があった。
瘴気は濃いが、かろうじて中心まで視界が届く。
そこに蹲る人影が見えた。
……アレが『イカ・スイーパー』か。
ふざけた名前してやがるな。
「ソード、見えるかえ?」
「ばっちりな。あれって寝てるのか?」
「そのようじゃ」
寝首を掻く、とヒンダが言っていたが……。
アークヴィランも寝ている時間があるのだ。
その間に襲えば退治しやすい。
しかし、目を凝らしてみると、ボロボロの外套を羽織い、どこが弱点に当たるのか判別がつかない。そもそも人間と同じように急所があるのかどうかも不明。
寝てる間に特攻をしかけるにはリスキーだ。
所詮は子どもの発想だな。
「どうする……?」
「アークヴィランは魔族と違い、無害な人間は襲わぬ」
「そうなのか? 意外だ。てっきり凶悪な存在かと思った」
「いや……。当初こそ七人の勇者が敗れた後、我ら魔王軍を倒した外側の英雄と称えられたが、その後、彼らは人類の味方ではなく、ただの外来生物であり、この星を侵略するために環境破壊を始めたことがわかった」
――それが【瘴化汚染】か。
異常気象を引き起こし、直接的な被害はなくとも、世界を住みにくい環境へと変える脅威。
「人類はマナディクションに耐える生活を続けておる」
「奴らが魔族だけ排除した理由はなんでだろうな?」
「……」
プリマローズが固唾を呑んだ。
額から汗が垂れて頬を伝う。
こんな真剣な魔王の横顔を見たのは初めてだ。
「妾のような魔族は、この星の魔力から生まれた突然変異体のようなもの。云うなれば、自然界の申し子。侵略者であるアークヴィランにとって、いの一番に排除する対象だったのじゃろう」
「………」
魔族のイメージが変わった。
長年こいつらと戦い続けた俺のような人間兵器にとって、魔族こそが侵略者という印象だった。それが外来生物にとっては人間以上に魔族こそ、この環境に馴染んだ土着民族だったのだ。
「無力な人間の方が、奴らを油断させやすいんだな?」
「そうじゃ。アレは妾のような自然界に近しい土着生物に対し、敏感に反応して襲いかかる。魔族、神族、精霊族、妖精族などな」
「なぁ……。それって今お前がここにいたらヤバいんじゃないか?」
「……」
プリマローズは冷や汗を垂らし始めた。
口を閉じたまま、目を瞬かせている。
焦りを隠せてない。
「し、しまったのじゃ……」
「ここまで来て!?」
「妾としたことが考えが及ばなんだわ」
「ポンコツか! ポンコツ魔王か!」
「ゲームのしすぎで感覚が鈍ったかもしれぬ」
アホすぎた。
ちょっと考えればわかることだろう。
――ギィギャギャギャアアアア!
気づいた直後、断末魔のような叫びが峡谷にこだました。
峡谷の中央に蹲っていたイカ・スイーパーが立ち上がり、大きく体を反らせて上空に雄叫びをあげている。
「チッ、お目覚めだな」
骨のような足、髑髏のような顔面がちらりと窺えた。
まるで死神のようだ。