127話 モコモコ・フィクサー・パーティーⅡ
「さぁ、ご来場のソードさん。長らくお待たせしました。――『モコモコ・フィクサー・パーティー』、開演のお時間です」
パペットがそう言い放つと、広間に並んでいた腐敗人形が一糸乱れぬ動きで行進を始め、交差し、配置が換わった。
軍隊のようだった。
彼らはパペットが率いる忠実な兵士なのだ。
「やめろ。何のつもりだ……」
人形が壁際に捌け、俺の正面には一本の道が出来た。
その先に王座があり、当代の国王と思しき人間が座っている。隣に控えるのは、ヒンダだった。
ヒンダは俯いていた顔を上げ、虚ろな表情のまま、王座の周囲を踊るようにゆったりと跳ねている。その姿は、まさに操り人形そのものだった。
「――昔々、オオカミに荒されて誰も住まなくなった大地に、ヒツジの国を作ったヒツジの王様がいました」
パペットの語りが入る。
皮肉にも美麗な声が王室で反響して、瘴気に溶けていく。
あいつ、本気で人形劇をするつもりだ。
それも本物の人間を使って……。
こんなの狂ってる。
「ヒツジの王様は、どれだけ仲間を導いても、どれだけ土地を潤わせても、国の復興には何かが足りないと悩んでいました。そして、それは何かと、ある日クロヤギに尋ねました――」
王座に座る王は、微動だにしない。
ヒンダは王座の周辺を跳び回ってから、パペットのナレーションに合わせて、大げさに王様の口元で聞き耳を立てた。
その動きに一つも意思を感じられない。
ヒンダが『クロヤギ』役だ。
それを無理やり演じさせられている。
「"お前はこの王国で一番楽しそうだ。なぜだ?"」
「"王様、私はちっとも楽しくなんてありません。でも、楽しくなる方法は知っています"」
「"ほう。それはなんだ?"」
「"パーティーです。これだけたくさんの仲間がいるんですよ? 明日の不安も、来年の懸念も、将来の憂いもすべて忘れて、みんなでパーティーをするのです! さぁ!"」
吹き替えはすべてパペットが演じていた。
道化師が両手を広げて王に働きかけると、王室中の松明が盛大に燃え上がり、燦然と古城の広間が輝き出した。
同時に、色とりどりの紙吹雪が舞った。
「やめろっ……!」
俺はこの異様な劇を止めようと駆けだした。
壁際に控えていた腐敗人形が一斉にまた交差するように行進を始め、俺の行く手を阻んだ。
この腐敗人形たちが、どうやら『ヒツジ』役だ。
「ちっ……」
普段ならこんな人形、どうってことないのに、今はアーチェとの激戦の直後で、体が本調子じゃない。
短剣で人形一体の糸を切断した。
ガシャリと無残な音を立てて人形はその場に崩れ落ちた。
背中から伸びる糸を切れば、人形は落とせるんだ。
でも、数が多い……。
残された魔力でかろうじて生成した短剣一本だけでは、広間に犇く人形すべての糸を切るなんて至難の業だ。
「いけませんよ。お客さん。今は公演中です」
舞台袖の壇上に立つパペットが両手の糸を操り、腐敗人形の進路を変え、俺に詰め寄らせた。
それに押し負け、俺は扉付近まで流されていく。
人形の拘束に抗う程度の力は、多少残っている。俺は格闘術で人形たちを往なし続けた。しかし、次から次に迫る人形たちの数はきりがなかった。
「――王はそれから定期的に、パーティーを開くようになりました。ヒツジの政治屋さんたちは喜んで、こぞってお城に訪れるようになりました」
劇は続いていく。
王座付近に、お次は虚ろな目をした貴族たちが現れた。
ヒンダと同じように操られたように釣り糸にぶら下がったような動きをしている。
「あっ……コニーさん!」
クリフォードの奥さんであるコニー・バレンニスタもその中にいた。コニーもこの異様な状況に気づいていない。
一度家に伺って夫の素行調査を依頼されたときの、あの神経質な性格はどこへやら。こんな劇の端役の一人にされてしまっていることに、本人も自覚がない。
「クソがっ」
人間を冒涜してる……。
あそこで操り人形になってしまった人間たちは、その人格をすべて無視され、ヒツジの王国の住人を演じさせられているのだ。
パペットのふざけた人形劇のために。
「ヒツジの王国は繁栄しました。何年も、何年も、宴を楽しみながら。いつしかヒツジたちは、何故自分たちがパーティーに興じるようになったのかすら、忘れてしまいました――」
こんなものに付き合い続けるわけにいかない。
俺は力を振り絞って、押し寄せる腐敗人形を押しのけて、王座という舞台に続く道に飛び出した。
「ある時、一匹の王の末裔は、疑問を抱いたのです」
床に無様に転がり込む。
うつ伏せの状態のまま王座を見上げると、傀儡化した貴族たちが捌けて、その奥の王座が強調される瞬間だった。
そこに、ぺたりと座り込む新たな登場人物に目が奪われた。
他の配役と違って、その少女は操り人形のようではなかった。
「ヒシズ……?」
俺がふとその名を呟くと、パペットは語り部を続けた。
座り込んだヒシズは語り部に合わせた動きをする様子はなく、ただ顔を両手で隠して座っているだけだ。
「――"この気持ちはなんだろう?"」
「"いつから私は、世界の広さが気になった?"」
その透き通った声に包まれた世界を、俺は観たことがある。
それはグレイス座で『モコモコ・フィクサー・パーティー』のリハーサルに立ち合ったときに見せられた場面だった。
「――"どこかにきっと居るはずなんだ。有るはずなんだ。私にも仲間が。私にも居場所が"」
「彼女の名前は……」
パペットの語りに、少し間が空いた。
「彼女の名前は、ヒシズ。居場所を求めて旅に出ます」
ヒシズの配役だけ、本人の名前のまま告げられた。
リハーサルの時の配役の名前は違ったような気がする。
ヒシズは王座の前で微動だにしない王を嘆いて、泣いているように見えた。
「お父様……。どうして返事をしてくださらないの?」
耳を澄ませると、そう呟く声がかろうじて聞き取れた。
どういうことだ?
王女だけが、なんで他のキャストと同じように操り人形にされていない? ――いや、考えるより先にすべきことがあるか。
ヒシズはまだ無事なんだ。
他の人間も元に戻す方法はきっとあるだろうが、それはパペットを打ち破ってから考えればいい。
今に意識があって助けられる人間がいるのなら、優先して助けるべきだ。
俺は動かない体に鞭打って、無理やり前に進んだ。