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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第2章「人間兵器、将来を憂う」
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125話 王女はただ一人で


 思い返せば、そうだった。

 私は元より「理想の国家」を嘆き、そしてこの国の中枢である王家と密接に関わり続けた――。


 それから一体、何年の月日が流れただろう。

 王家の世代交代が何度起き、何人の王を育てあげたことか。


 再建から、およそ二千年。

 旧時代と比べれば、平和な二千年だったはずだ。

 私の変わらない人形劇が、どの時代の王の情操にも、いくらか影響を与えることができたと自負している。


 弱気な王は、強者を目指すようになった。

 勝ち気な王は、弱者に寄り添うようになった。

 愚王は学び、賢王は享楽を知った。


 六十二代目の狙い通り、私の人形劇が国家の(いしづえ)を築き、盤石な王国を作り上げてきたといっても過言ではない。

 これが支配というのなら、私は国の支配者だった。


 そんな私が、国の将来を憂うことはなかった。

 すべては順調にいっていたのだから。

 ――十年前までは。



「おや、お城にいたのですね」


 私は旧王城にやってきて、ある人物を見つけ出した。

 蝋燭だけが灯る、薄暗くて長い回廊に、きょろきょろと周囲を見渡す不安そうな表情の少女がいた。

 私がこれまで育て上げた歴代の王たちの末裔。

 ヒシズ王女だった。


「パペットさん……? お父様……タルヴィーユ陛下を見かけてません? 宮殿に見当たりませんの」


 王女のブラウスは泥で汚れていた。

 ここへ来るまでに、だいぶ苦労した様子だ。


「国王陛下ですか。宮殿にいないのなら、ここの上階の旧王室にいるのではないでしょうか? 最近はよくお城にいますから」

「……一緒に来てくださらない?」

「もちろんです。私も王様にお話があって来ました」


 ヒシズと合流して、堅牢な階段を目指した。

 歴史ある石造りの建造物だが、造りがしっかりしていて今なお崩れる心配はない。外の荒れ果てた天候のせいもあって、陽が沈むと本当に不気味だ。


「パペットさんはお父様に何の用件があって?」

「実は、グレイス座からの廃棄人形が、お城で適切に処理されていないようなんですよ。街には腐った人形が溢れかえっていて、公害になっているとか」

「廃棄人形……。ソードさんからも最近その件について連絡がありました」

「王女様も彼と接点が?」

「数奇な巡り合わせですわ」


 ソードは、かつて私たちを裏切った剣の勇者だと云う。

 そんな記憶、当の昔に忘れ去ってしまって、彼と会ったときもぱっとしなかった。だが、こうして改めて他人からその名を聞くと、当時の私は彼に会って、どうしても聞きたかったことがあったような気がしてならない。

 それが何だったのか、本人の毒気のない顔を前にすると、すっかり忘れてしまうのだが……。


 何だっただろう。

 当時の私には大事なことだったはずた。

 どうして忘れてしまったのか――。



「国王が【清祓いの儀】を滞らせているということですの?」


 ヒシズ王女が毅然と言い放った。

 その横顔は歴代王家の顔ぶれにもよく似た表情だった。

 意思が強く、聡明な顔。

 もう十六歳になったか。十年前と比べれば、随分と成長したものだと、孫娘を眺める老婆のような気持ちにさせられる。


「……あるいは、その可能性もあるのかと」


 断言は避けた。

 その答えは、私から断言することはできない。

 特に王女の前では。


「私は決して国王陛下を疑ってるわけじゃないです。ただ、これまでも――それこそヒシズ様が生まれる遥か昔から、王家に何かあったとき、こうしてお城で相談を受けていたので」

「別に気にしていませんわ。パペットさんの変わった経歴も、存じています」


 ヒシズはそう告げ、足早に階段を昇っていった。

 国王に会いたくて焦っているようだが、見方を変えれば、逃げるように私から距離を取ったようにも見える。


 王家の人間は皆、私が以前"内なる声"と呼んでいたアークヴィランの性質を秘めた何か――勇者時代から宿していた【傀儡女(マリオネット)】の魔素と同化し、アークヴィランと変わらない存在になっていると認知している。

 漏れなくヒシズ王女もそれを知っていた。

 私が王家の誰にどう扱われても構わないが、ヒシズ王女だけは特別だ。『理想の国家』を変わらず見届けていくためには、彼女と私は切っても切れない関係にある。



 上階の旧王室に着いた。

 中に入り、縦にも横にも広く、天井も高い豪奢な部屋を見渡した。ここはいつまで経っても変わらない。

 まるで凍りついた時間の闇に包まれたような空間だ。

 灯りに照らされた王座に、タルヴィーユ陛下が座っていた。


 皺の深さは威風の表れだ。

 年季の入った白銀色の髪も、今猶くすんだ様子はなく高潔さを主張している。この十年、王はずっとその威風を崩さずに公務を真っ当してきたのだ。


「お父様……!」


 姿を見かけ、安心して駆け寄るヒシズ王女。

 王からの返答はない。

 死体……あるいは、元より生きていない無機質な人形のように目を見開き、同じ姿勢で固まったままの状態だ。


「……」

「お父様? どうかされたのですか?」


 問いかけても返答はない。

 きっと何度問いかけても、答えることはないだろう。

 私が手伝わないかぎり。


「陛下はお疲れのようです。ここは私から一度、お話を――」

「待ってくださる? 街の人形の話だけではありません。私は久しくお父様と本心を晒してお話してませんわ。少しだけ親子だけの時間をくださらない?」

「ですけど……」

「きっと王都全体で起こっている異変も、最近私がお父様やお母様、お兄様との間に感じていた心の壁が巡り巡って街の皆さんに迷惑をかけてしまった話だと思うのです。根も葉もない推測ですけれど、どうか時間を……!」


 ヒシズの手に制され、私は王に近づくことも叶わなかった。

 助言が通じないなら待つしかない。


 ――侵略セよ。


 彼女も自我が強くなってきて、私の言葉が耳に届かなくなってきた。そもそも私は傀儡の勇者だった女。

 傀儡は人に命じる立場であるはずがないか。


「仰せのままに……」


 私は王室を一度出て、廊下に立ち尽くした。

 親子だけの時間か。

 難しい問題だ。この十年騙し騙しやってきたが、そろそろ通用しなくなってきた。そうなると、もう次のステップに進む時が来た、ということだろうか。


 ――侵略セよ。


 あとは、どうやって彼女を、この手で……。



「……?」


 ふと気配を感じた。

 城に侵入してきた別の存在がいる。


「はぁ……はぁ……パペットさん」


 荒い息遣いだ。雨ざらしで城までやってきたのだろうか。外は自動人形が徘徊しているというのに、一人で大したものだ。


 庭園を見下ろせる外回廊までやってきて、侵入者を確認したところ、それが手塩にかけて育てた配役(キャスト)の一人だとわかった。――ヒンダだった。

 彼女なら、一人で王城まで来れたとしても納得だ。


「はぁ……」


 街に溢れる人形を見て、作り手が私だと気づいたのか。

 彼女は優秀だ。不運だったのは、王国がこんな風になってから人形劇に興味を抱いたこと――。

 せめてもう一世代、上の年代の人間だったなら、彼女に【傀儡女マリオネット】をかけなくて済んだかもしれない。


「お父様、どうして笑ってくださらないの? どうして厳しい言葉をかけてくださらないの? 昔のお父様はもっと――」


 耳をそばだてると、ヒシズが必死にタルヴィーユに訴えかけている声が扉越しに聞こえてきた。

 王女がこの異変を嗅ぎつけてしまったのなら、私も覚悟を決めるしかない……。


 私は階段を降り、次代を担う少女を出迎えることにした。

 ちょうどいい。一階の回廊には、私が図らずも傀儡化してしまった貴族たちが立ち並んでいたはずだ。



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