121話 赤の弓兵vs剣と盾の勇者Ⅲ
「――さぁソードッ! 飛べ!」
号令とともに【雷霆】が落ちた。
稲妻から逃げるように、もう一方のソードは空へと真っ直ぐ飛び立っていく。
障害物など一切存在しない空中戦。
これは【翼竜】と、それを射抜く【掃滅巨砲】の戦いだ。
地上に残されたソードは【雷霆】を対処する。
一瞬の出来事だった。
アーチェは照準を空から接近する敵影に向けた。
放たれた【掃滅巨砲】は赤い蜷局を撒き、特大の魔力砲撃として対象を呑み込んでいく。
その直前――。
アーチェは弓を押さえる片手に【装弾】を行使して魔導銃を生成していた。
両手で弓を番えながら片手には拳銃を握る。
弓の照準をぶらさず、こんな器用な芸当ができるのは、狙撃を生業とした人間兵器だけだろう。
魔弾の銃身を、銃と弓の双頭としたアーチェは、弓を射る前、魔導銃から魔弾を放つことで空飛ぶソードに牽制攻撃を仕掛けたのだ。
「……っ!」
ソードは、その魔弾を叩き落とすしかない。
剣で斬り伏せるか否かを決める寸劇。
弓兵が放つ魔弾とはいえ、所詮はただの【装弾】による魔弾。
剣の勇者なら斬り伏せることは容易い。
――剣の勇者なら。
しかし、"ソード"は自身の摩耗を感じていた。
ここで一閃振るえば、おそらく次弾として放たれる【掃滅巨砲】に対処する前に、能力が解ける。
「"チッ……!"」
解除されていく【蜃気楼】。
アーチェに肉迫する"ソード"は、本来の盾の勇者へと姿が戻った。
空を翔ける"ソード"の正体はシールだった。
同時にシールは【護りの盾】を展開し、魔弾を防いだ。
「看破」
にぃ、と口元を歪ませるアーチェ。
二人の思惑を突破してやった。
構えていた【掃滅巨砲】を即座に地上へと向けて撃ち放つ。
「アハハハハハ! 私の勝ちィ!」
地上に残った方がどうやって【雷霆】を受け流したのかはアーチェも知らない。あるいは、もう【雷霆】で死んでいるかもしれない。
だが、死体蹴りも清々しいだろう。
アーチェは見境なく特大砲弾を射ち放った。
放たれた砲弾は【護りの盾】を構えるシールの体から大きく逸れ、シールと砲弾は互いに交差した。
「っ――」
短く悲鳴をあげるシール。
もう、その範囲魔法を止める術はない。
轟音とともに全てを焼き尽くすエネルギー体。
守り手のいない進路を、【掃滅巨砲】は直進して地上に着弾しようとしていた。
「死ね、ソード! アハハハハハハハ!
――――は」
アーチェは、その千里眼で確かに垣間見た
驚きのあまり喉を詰まらせた。
特大の【掃滅巨砲】が着弾する地上の道。
そこに誰の姿もない――。
最初の【雷霆】で吹き飛んだのか?
それでは、シールを送り出してまで地上に留まったソードの思惑とは……?
「悪いが、俺はしぶといんでな」
耳元で突如として声がした。
背筋がぞわりと凍りつく。
その忌々しい声は……?
なんでソードが背後にいる……?
事態を察したアーチェは、振り向き様に仕込みナイフでその喉を狙って一閃振るった。
だが、相手は剣の勇者。
間合いに入れば、もはや敵なしの脳筋だ。
分が悪すぎる。
直後、アーチェの肩腕は吹き飛んでいた。
斬り落とされたのだ。
剣の勇者の一閃によって――。
片手ではもう弓を射れない。
雌雄は決した。
「ガッ……アアアア、アアアアアアアアアッ!」
「はぁ、やっとケリがついたな」
「アアアア、ウ……コノ……ッ!」
足掻くアーチェに、ソードは高速の回し蹴りを食らわせて城門アーチの床に組み伏せる。
ソードの脚部から紫電が散る。
何かしらの魔素の反応だった。
「やれやれ、こりゃまた反動のヤバい魔素だ」
「代わるよ」
後から事も無げに城門の上に着地してきたシールがアーチェを膝で押さえつけ、拘束した。
ソードは限界を迎えて仰向けに倒れる。
「どうやって……何をしたの!?」
アーチェは慟哭ともつかない銅鑼声で叫んだ。
ソードはそれに答えるように、自身の太腿をパンパンと叩く。
「これはな、【加速】っていう魔素だ」
「スピードスター……」
アークヴィラン200号、『スカイフィッシュ』。
昔、そんな未知の外宇宙生物がいた。
その能力は単純だ。
能力名そのままに自身を加速させる力。
音速に近い速度は軽く出る。
物理法則の範囲内であれば、どこまでも加速可能なスピード特化の魔素である。
シールが【翼竜】を使って空に飛び上がる頃には、ソードは既に走り出していた。
飛べ、と号令をかけた直後だ。
それに反応した【雷霆】はソードを標的として落雷を開始するが、ソードが【加速】によってあまりにも速く移動するせいで捕捉できなかった。
"雷霆は、それよりも速く動ければ回避可能"
その特性はDBが話していた通りだ。
走って城門に辿り着いたソードは、アーチェが城門の上から偽ソードと対峙している段階で、もうその背後を取っていた。
「そんな……こんな単純な作戦に、この私が……」
「魔素に頼ったのはお互い様だろ。でもな、お前は一人で抱えすぎた。それが敗因だ」
シールの膝で組み伏せられたアーチェは、諦めたように藻掻くのを止め、大人しくなった。
ソードとアーチェ。
決定的な違いは仲間を頼ったかどうか。
リーダーに必要な要件とは、強さでも指揮力でもない。時には己の弱点を曝け出し、信頼するパーティーメンバーを当てにできるかどうかだ。
それができないリーダーは離反者を生む。
当時、アーチェが統率していた五人の勇者パーティーが瓦解したのも、それが原因だ。
今回もそれが敗因となった。
アーチェは苦し紛れに恨み節を吐き始めた。
「私は臆病者のアンタとは違う……。一人で戦って一人で生き抜いてきた。魔王が支配した時代も、アークヴィランが襲来した時代も……」
苦渋を噛みしめ、アーチェは歯軋りした。
喘鳴のような声だった。
誰に向けた言葉でもない、過去を振り返る独白のような言葉。
「だって、そうじゃないと……護ってくれたメイガスが浮かばれない。私が正規の勇者として、ちゃんと一人でも生きて、アンタに復讐するまではこの命を終わらせるわけにいかないから……だから……」
「メイガス本人がそう言ってたのか?」
「言うわけないじゃない。私を庇って、死んだんだから」
ソードは呆れたように溜め息をついた。
「だったら、復讐は本人に確認してからにしろ」
「何を言って……」
「メイガスは生きてる。話もできる」
「……」
信じられないと目を丸くするアーチェ。
「嘘……」
「嘘じゃない。今度会わせてやる」
「嘘よ……嘘、そんなの……」
アーチェの瞳に光が戻っていく。
粒として乱反射する希望の涙だった。
「私……ずっと彼を探して……ずっと会いたくて、探し続けていたのに……」
ぽたりぽたりと零れ落ちる雫。
もう雨は止んでいる。
"――二号はね、私たちの中で初めて、人間で云う愛情が芽生えた人間兵器よ"
ソードはDBの言葉を思い出した。
感情は本物だった。
気づけば、禍々しく滾らせていた赤の魔力がアーチェの体から引いていた。
もう拘束は不要だろう。ソードとシールは顔を見合わせ、アーチェを自由にした。
「我慢してたんだね、アーチェ」
シールは声をかけながら、その背を擦った。
待ち人を待つのは、例え人間兵器の時間間隔でも50年ですら辛い。それを知っているシールは、アーチェはその百倍の時間だったことに同情した。
ましてや相手は死んでいる。
待つこともできず感情のやり場もない。
どれだけアークヴィランの魔素に付け込まれやすい不安定な精神状態だったかは察するに余りある。
「東区のシムノフィリアって店にDBがいる。あいつが起きたら、治療してもらいな」
ソードは振り返り、旧王城と対峙した。
同胞の――ましてや女の泣き顔をじろじろ見るのは趣味じゃない。
門を超えたら、きな臭い城に乗り込むだけだ。
アーチェのことをシールに任せることにして、ソードは王城へ向かった。