120話 赤の弓兵vs剣と盾の勇者Ⅱ
二人で揃って、その射線上に踊り出た。
王城城門から南区に向けて、真っ直ぐ伸びる大通りだ。
道の名前は『ミグレ・ディレ通り』
古代ハイランド語で『冒険者の道』と云う。
東区に伸びる『お急ぎ直行便』とは対照的に、古代の冒険者たちが英気を養うための商店街がこの通りに並んでいたらしい。
今夜、俺たちはここを抜ける――。
それが俺たちの冒険だ。
俺がアークヴィランとなるか、アーチェが正気を取り戻すか、その賭けとなる一勝負。
隙だらけだったと思う。
そんな俺とシールがのこのこと出てくるのをアーチェが待っていたのは、俺たちの戦意を遠距離からでも感じ取れたからだろう。
そうだ。逃げも隠れもしない。
俺たちは真っ向からアーチェに挑む。
「作戦通りに行くぞ」
「わかってる……。"俺は工作員だ。舐めんな"」
「口調までそのまんまか」
「"上手いもんだろ?"」
シールは剣を構えた。
俺と寸分違わぬ構えで下段に構えている。
まるで双子のように映っただろう。
シールは【蜃気楼】で、俺に擬態し、その剣術、立ち居姿を丸ごと再現している。
さすがは相棒だ。
そんじょそこらの人間への変装より完璧だった。
性別の垣根はあれど、シズクの変装よりオリジナルに近く擬態できているんじゃないか?
――赤の弓兵は魔力を滾らせた。
ユミンタワーでも見た爆発的な怒り。
怒りの矛先が二人に分裂して、その分、二倍に報復心が膨れ上がっているのかもしれない。
遠目でも【弩砲弓】の形状が、さらに禍々しく末弭を伸ばしていくのが確認できた。
アーチェも当然、気づいている。
二人のソードの片方が、シールである事を。
俺たちが分担して別個に攻撃を仕掛けた場合、アーチェが狙うべきは本物の俺。
この戦いは、復讐対象を見極める『間違い探し』になる。
「"来るぞ"」
語尾や口調を再現したシールが俺に警告した。
相方の"ソード"は頭上を見上げている。
雨を降らせていたはずの大空では、火花を散らして赤い魔力反応が起こり、雨粒が矢に変わった。
「……ッ!」
見たことのない能力だった。
降り注ぐは雨のような無数の矢。
【桜吹雪】とはまた別の能力だ。
俺とシールはそれぞれ"得意"の剣術で、砲煙弾雨の如く降り注ぐ矢を、剣で斬り落とした。
「大丈夫か!?」
シールの身を案じてそう声をかけた。
擬態をしている限り、対象の身体特性をそのままコピーできる。ただ、運動量が多すぎると、その分摩耗していくのはシールの魔力だ。
アーチェもその弱点を熟知していた。
「"消耗が激しい。短期決戦で行くぞ"」
「そうだな。奴さん、もう次の手を打ってる」
「……ふぅ。おっけー」
シールは剣を構えた。
俺も眼前を見据え、同じように構える。
その視線の先――。
城門から上空へと打ち上がる赤い昇竜。
それは【雷霆】が空に装填されたことを意味していた。
雷霆が放たれることは予想していた。
アレが空に配備されたら、身動きが取った時点で必中の魔弾が標的を捉え、焼き尽くす。
――そして、地上ではアーチェ自身が【掃滅巨砲】を番えて待機していた。
弓の先端で蜷局を撒く魔力の渦。
これが上下にも水平にも隙間なく狙い射抜く、死角なしの人間兵器の本領。
猶予はない。
今すぐアーチェに接近する。
この俺が!
◆
シールが助けに来たのは予想の範囲内だ。
臆病者のソードが考えることだ。
アーセナル・マギアの駆動音が静寂な王都に響いた時点で、乗り物好きの彼女が参戦してきたのは気づいていた。
助けを呼んだのだろう。
おまけに、シールの【蜃気楼】を借りて標的を二分したつもりか知らないが、そんなものは取るに足らない陽動でしかない。
私は、同時に何ヵ所からでも狙撃できる。
そのために魔素を増やしたのだから。
気に入らないのは……そうね。
そのムカつく顔を、二人分も同時に見なければならないということ。
「……ッ」
ぎりぎりと弓弦を引いていく。
先に小手調べとして散りばめた【雪霰】は二人の剣によって叩き落とされた。
シールの【蜃気楼】も衰えていない。
それだけでは、どちらが本物のソードかは判別できなかった。
――でも。
それなら二人同時に倒せばいいだけのこと。
【雷霆】と【掃滅巨砲】を組み合わせれば、それは可能になる。
二人がいる座標に【掃滅巨砲】を撃ち込めば、二人は逃げざるを得なくなる。
身動きすれば【雷霆】の魔弾が食らいつくのだ。
それで一掃できるだろう。
警戒すべきは、シールの【護りの盾】とソードの【狂戦士】。
どちらも防御力の高い障壁となる。
おそらく【掃滅巨砲】でギリギリ穿つことはできない鉄壁だ。
だが、【雷霆】が先に食らいつけば、その護りを剥がせるし、先に【掃滅巨砲】が二人を焼き尽くしても護りを剥がせる。
ソードなんて、先のフーチフ・ディレ通りの攻防戦で【狂戦士】を一度破壊されているし、魔力も十分に残っているとは思えない。
どう立ち回っても私の勝ちは揺るがない。
そうこうしているうちに、もう【掃滅巨砲】の充填は完了した。
いつでも二人を焼き尽くせる。
さぁ、この独壇場、どう攻略できるかしら?
「――さぁソードッ! 飛べ!」
「……?」
突如として叫び声を上げた片方のソード。
命じられた方のソードは予備動作もなしに、急に直線を描いて私に向かって飛んできた。
馬鹿ね。
動けば【雷霆】が食らいつく――。
「!?」
なぜか【雷霆】はその飛来物に食らいつかない。
それよりも、道端に取り残されたソードに向かって赤い魔弾が稲光を纏って落雷していた。
ピシャリ、と――。
眩い光線が遠く離れた道端に直撃した。
「くっ!」
空を飛ぶソードが、真っ直ぐ向かってくる。
剣を構え、私のもとに肉迫する。
とてつもない速度だった。
弓兵にとって、この刹那の時間こそが勝負だ。
空を飛ぶ能力。――【翼竜】か。
聞いたことがある。
アークヴィラン175号。超高速で空を飛ぶドラゴン・ウーという翼竜型アークヴィランの情報が、過去に出回っていた。
私が知らぬ間に討伐されたと聞いていたが、ソードかシールのどちらかが狩っていたのだろう。
その魔素をシールに持ってこさせたのか。
刹那の考察――。
道に取り残された"ソード"がシールの擬態だ。
シールの【護りの盾】を避雷針として【雷霆】を受け流し、その間に【翼竜】を宿したオリジナルのソードが私に接近しようという算段だ……!
即座に、飛来するソードに弓を照準する。
私が狙うべきはオリジナルのソード。
歯を食いしばるソードと視線が交差する。
憎いのはお互い様。
簡単に看破してやったわよ。
「――――っ」
否。
あの臆病者が、そんな捨て身の策を講じるか?
私のもとに飛んできたとして、それは【狂戦士】すら纏うことができない裸同然のソード。
接近できても私と対等に戦えるか?
フーチフ・ディレの戦いで手足を存分に吹き飛ばしてやったのに?
まだあれから時間も然程経っていない。
DBが治癒したとしても十分に動かせる筈がない。
ならば、飛来してくる"ソード"は偽物?
じゃあ【掃滅巨砲】の矛先は――。
高速で思考を巡らせていく。
判断力こそが弓兵に求められる能力だ。
大丈夫。ここまでどんな想いで戦ってきた?
臆病者とは修羅場を掻い潜ってきた数が違う!
覚悟を決め、私は主砲を射ち放った。