119話 赤の弓兵vs剣と盾の勇者
「うーむ……」
自身の両足を叩いて反応を窺ってみる。
やっぱりまだ本調子じゃねえや。
夜空から冷たい秋雨が降り続けていた。
こんな悪いコンディションだというのに、シールは二輪のアーセナル・マギアを巧みに操り、スリップせずに迷路のような道を滑走した。
前線へ戻る前に適当な建物を見繕い、指差す。
「そのビルに入ってくれ!」
眼力に優れるアーチェのことだ。
もうとっくに俺たちを捕捉してるはず。
攻撃してこないのは、確実に俺たちを仕留める好機を狙っているに違いない。
シールは高層ビルの一階ロビーに二輪ごと突っ込んで、ガラス張りの壁を割って入館した。
同時にアーセナル・マギアを解除しやがった。
宙に放り出される俺とシール。
シールは華麗に受け身を取って着地してみせた。
俺はというと、手足が思うように動かず、綺麗には決まらなかった。
シールはそれを見て一言。
「ふむ。なるほど」
「また俺の調子を測るのに乱暴な方法を……。暴力系は時代遅れらしいぞ」
「無理ばっかりのソードにはちょうどいいでしょ」
「へいへい、どうせ向こう見ずだよ俺は」
体を起こして二足で立ち上がる。
もう少し時間が稼げれば復活できそうだ。
「それで、どうするの?」
シールはバックパックから小瓶を床に並べた。
魔素がいくつか並べられていく。
「アーチェは何個も能力を持ってやがる。あいつに対抗するには、こっちも能力を増やすしかねえ」
「却下」
「はぁ? なんでだよ」
「あのねぇ。私がこの50年、どんな想いで精霊の森を見張ってたと思う? また繰り返したいの?」
シールの主張も理解できる。
俺は過去に憑依化した経験者。
さっきも【狂戦士】が暴走して憑依寸前だった。
DBが止めてくれなかったら、また逆戻りだっただろう。
もし、ここで魔素をいくつも取り込んで体への負荷を増加させたら、何かしらの魔素に精神を汚染されて乗っ取られるかもしれない。
アークヴィラン化まっしぐらだ。
「アーチェのことは放置でいいよ。それよりも優先すべきことがあるんでしょ?」
「……」
シールは小瓶を一つ一つ荷袋に戻していく。
持ってくるんじゃなかったわ、と不満を呟きながら眉間に皺を寄せている。
「待て」
俺はその腕を握って手を止めさせた。
確かにパペットやヒシズ、ヒンダも王城にいる。
さっさと三人を正体不明の王家から救出に行きたいし、これは時間との戦いでもある。
アーチェをやり過ごして王城へ侵入する方法だってあるはずだ。【潜水】を使うとかな。
だけど。
「アーチェのことも助ける」
あいつが憑依になったのは俺のせいだ。
不本意だったけど。
「なに言ってんの? 今のアーチェは敵だよ」
「そうだ。突破するべき障害になってる。でも……それでも今のあいつに尻拭いをさせられるのは俺しかいないんだ」
「はぁ……?」
「俺たち人間兵器は、暴走したときに他人の力じゃ終止符を打つことはできない。人間の力も自然の力も俺たちの脅威じゃないんだからな」
人間兵器を止められるのは、人間兵器だけ。
俺だってシールやDBのおかげで、こうして正気を保っていられる。
「――俺たちは、俺たち自身の手で終止符を打つ」
リチャードがそう諭してくれた。
ここでアーチェを放置したら、次に対峙したときにはもう手遅れだ。アーチェにとっても、俺自身にとっても手遅れなんだ。
戦うなら今。
あいつが真っ向から勝負をしかけた今しかない。
シールはしばらく納得できないとばかりに眉間を吊り上げていたが、俺の真剣さが伝わったか、最後には溜め息をつき、折れてくれた。
いつもはシールが作戦の参謀役だ。
助言は尊重してきたし、俺も従ってきた。
それを珍しく突っぱねたものだから、シールも戸惑っていた。
「なんか王都に来て意思が硬くなった?」
「ああ。いろんな人間に会って現代に馴染んだぜ」
「そう……。また無茶が過ぎて自暴自棄にならないといいけど」
「そのときはまたシールが面倒みてくれよ」
持ちつ持たれつだ。
シールは何度目かになる深い溜め息をつき、呆れたように俺を見返した。
「わかった。そのときはまた"貸し"だからね」
「当然だ。いつも感謝してるし、お返しはする」
シールは荷袋から小瓶をまた並べた。
持ってきてくれた魔素のラベルを見返して、それぞれ吟味していく。
能力を増やすとしても必要最小限だ。
検証してる時間はないから、訳のわからない能力には賭けられない。俺たちが元々持っている能力と相性が良く、今のアーチェを出し抜ける魔素――。
「ああ。これは……」
ある小瓶を持ち上げた。
俺たちは二人で役割分担ができる。
そこが今のアーチェに勝るポイントだ。
アーチェは【鎌鼬】・【掃滅巨砲】・【雷霆】を駆使して標的を追い詰める一方、それらの能力を一人で使い分けなければならない。
囮役を立てるか――。
極めつけは、今のアーチェを救う為には、確実に接近する必要があるってことだ。
作戦を決めた。
シールもそれならいいと頷いてくれた。
魔素の小瓶を開け、それを一気に呑み込んだ。