12話 アークヴィラン23号Ⅰ
数日後、東の瘴化汚染の調査に向かった。
根源となるアークヴィラン討伐が目標だ。
メンバーは俺とプリマローズ、シズク、マモル、ヒンダの五人。
ナブトには内緒だった。
アークヴィランは"外側"の世界から来た侵略者の総称である。
その姿は様々で、人の姿をしたアークヴィランもいれば、動物だったり、構造物だったりと統一感はない。
東沿岸の砂漠化の原因になったアークヴィランは、人の姿をしていることが判っている。
つまり、対人戦が想定された。
白兵戦は俺の得意分野だ。
三人分の子守りを考慮すると不安だが、初日は偵察が主。
無理せず、敵の力量を見極めたら退散する予定だ。
「プリマローズは昔、アークヴィランと戦ってたんだよな?」
道中、プリマローズから情報収集を試みた。
「うむ。大昔の話じゃがな」
「強さはどんなもんだ」
「……例えるなら、七人の勇者の力に似たものを感じる。妾の天敵となる存在が、外側の世界から一斉に現れたという印象じゃ」
「そうか」
力量は俺や他の勇者と同程度。
昔、そこら中にいた魔物とは比べ物にならない強さだろう。
精霊の森を抜け、東の砂漠化した一帯を目にする。
「ソードさん、あの山が見えますか」
シズクが指差した先、砂漠の中にぽつんと平たい山が映った。
「あそこにアークヴィランがいます」
「え、近!?」
あっという間に本拠地に辿り着いた。
「あそこのアークヴィランは『イカ・スイーパー』と呼ばれています」
「は? 烏賊掃除機?」
「はい」
ふざけた名前だ。
なんで砂漠なのにイカが出てくる。
「なんだその名前」
「最初の目撃者が、そのアークヴィランが大量にイカを吸い込むのを見たことに由来します」
「ふざけてんのか?」
「マジです。可哀想ですね、イカ」
「……」
これ、笑うところなのか?
人の姿で、人間兵器級の強さで、イカを吸い込む?
まったく想像できない。
しかも、そのアークヴィランが巣にしているあの山は陸の孤島だ。
イカが簡単に手に入る場所じゃない。
イカ好きなら何故あそこに居座ってる。
理解不能だ。
「ところで、ソードさんはなぜシーリッツ海を目指すのですか?」
ふとシズクに問いかけられた。
この少女はわりと勘が働く。
俺にとって大事なものがシーリッツにあると見抜いているのだろう。
隠す必要もないと思い、正直に話した。
「シーリッツ海の孤島にも勇者の祠があるのを知ってるか?」
「さぁ。聞いたこともありません」
素っ気なく答えながら、シズクは続きを聞きたがっていた。
「人間兵器――勇者は七人いるんだ。シズクが最初に呼び覚まそうとした剣の勇者以外にも世界各地で眠ってる」
「ソードさんはシーリッツに眠る勇者に会いたいのですね」
「そんなところだ。ちょっとした縁でな」
「そうですか。お参りは大事です」
本当なら話す必要もなかった。
でも何故だろう。シズクには不思議と身の上話を語ってしまう。
特に包容力のある性格でもなさそうだが。
雑談に夢中になるうち、砂漠の山に辿り着いた。
遠目に見たときは瘴気に気づかなかったが、近づいてみると瘴気が濃く、空気がドス黒く濁っていることに気づいた。
「ひでぇな、こりゃ」
「アークヴィランが持つ黒の瘴気じゃ。これに汚染された土地は植生が変わる。東リッツバー平原はこの瘴気に耐えられず、砂漠化した」
山を登ろうとするも山道は無い。
ぐるりと一周すると、ぱっくり二つに割れた峡谷が姿を見せた。
どうやらその峡谷の奥から瘴気が漂うようだ。
「シズクちゃん、後ろに下がってて。僕が守るよ」
マモルが峡谷を前に足が竦み、硬直していた。
いや、入ってこられたら邪魔だ。
子ども三人は道案内係。ここまで来たら、お役御免である。
「ここから先は任せろ。俺とプリマの二人で行ってくる」
「にへへ、ソードと二人きりじゃ~」
「腑抜けたこと言いだしたら置き去りにするからな」
「ふぇっふぇっ、わかっておる」
プリマローズと肩を並べ、峡谷の底を歩く。
腕を組まれそうになったので即座に振り払った。
魔王、俺に色気づくとはふざけたことを。
背後からシズクに声をかけられた。
「ソードさん、本当に大丈夫ですか?」
「お前たちが付いてきても足手まといだよ」
「……」
大丈夫。今日はまだ【狂戦士】を温存している。
もし窮地に陥ったら、力を使って無敵状態になれる。
本来なら魔王に使う防護武装だったが、まさか魔王と肩を並べて使うことになろうとはな。
当時の俺は考えもしなかっただろう。
◇
ソードとプリマローズが峡谷を進んでしばらくの間。
取り残された少年少女三人は退屈だった。
「やっぱ、あたしたちも行こう」
ヒンダが得意の大槌を肩に担ぎ、立ち上がった。
「ソードさんは待つように言ってましたよ」
「あいつを信用してないわけじゃないけどさ、アークヴィランに関しては無知って感じだったよ?」
「プリプリさんも同行しているので大丈夫では?」
「プリプリは全く信用してねー! あの様子見ただろ? すっかりソードって男にホの字さ。最悪、アークヴィランを放置して駆け落ちする可能性だってある」
ヒンダは苛々してハンマーをスイングし始めた。
シズクはぼんやりと黒々した峡谷を眺めた。
「確かにそうですね。では、行きますか」
シズクも立ち上がった。
「え、嘘でしょ!? 行くの?」
マモルは急なシズクの心変わりに狼狽し、ひたすら手を振って、二人を行かせないように説得し続けた。
だが、無駄だった。
「実は、私はこの峡谷に一度来たことがあります。しばらく道が続き、少しすると拓けた場所に出ます。そこまでなら大丈夫かと」
「そうなのかい? シズクも度胸あるね」
「イカ・スイーパーは見てませんが」
シズクとヒンダは恐れず峡谷に入っていく。
「ちょっとちょっと!? どうなるか分からないんだよ」
マモルは半泣きで付いていくしかなかった。