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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第2章「人間兵器、将来を憂う」
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116話 ピンチヒッター


 ヒンダは俺が酒場に運ばれる少し前に出て行った。

 泣き崩れて話せそうにないスージーに代わって、リチャードが落ち着いて状況を伝えてくれた。


「……僕たちも彼女を気にしてる余裕がなくて。気づいたら外に飛び出していたんだ。最後に見た顔は、なんていうか鬼気迫る感じだったな」

「あいつがどこへ行ったか心当たりは?」


 俺の腹に突っ伏すDBを退け、テーブルを降りる。

 足が動かず、ふらついて壁に寄りかかった。


「きっと……」


 スージーが嗚咽を含みながら呟いた。


「お城……じゃないでしょうか」

「城? 今一番危ない場所じゃねえか」

「私たち……ずっとその話をしていたので」


 落ち着きを取り戻したスージーが話してくれた。

 スージーは俺と別れた後、東区の自宅で留守番させているヒンダを連れ、酒場シムノフィリアでリチャードと合流した。

 リチャードは東区南部の商会長でもある。

 住民を避難させるなら、その伝手を頼ろうと考えたようだ。


 最初、ヒンダも俺とのデートがどうだったかを茶化すように訊ねてきたそうだが、スージーの物々しい雰囲気を察して、すぐ避難した。

 シムノフィリアに着く頃には無口になっていた。


 王都全体で何が起こっているのか?

 原因として考えられることは?

 ミーハーな性格のスージーは、矢継ぎ早に俺やパペットが話したことをリチャードに伝えた。

 当然、ヒンダもそれを傍らで聞いていたのだ。


「私、つい人形劇団のことばかり口にして……。王家に何かあったら人形劇は? お城に向かったパペットさんは大丈夫かなって……」

「なるほどな」


 ヒンダが何を考えたのか想像がつく。

 東リッツバー平原の砂漠化のときも危険を省みず、解決に乗り出そうとしていた。

 そのときの動機も人形劇団――。

 パペットも王城に向かったとあっては、ヒンダもそこに行ったと考えるのが妥当だ。


「行くしかねえか……」


 足を引きずりながら壁を伝い歩く。

 四肢の完全復活まではまだ遠いか。

 早く行かないと、その辺の道端でヒンダが野垂れ死んでいる可能性もある。

 そんなもの見せられた日には、夢見が悪い。


「ソードさん、そんな状態じゃ!」


 スージーが体を支えてくれようとした。

 俺はそれを手で押し返した。


「平気だ。動かしにくいだけで苦痛じゃない」


 肉体がまだ機能していないだけだ。

 末梢神経の繋ぎ合わせが元通りになれば、自由に動けるはずだ。ここまで重度の機能停止は初めてだが、ヒンダを止めに行く体力程度は残ってるだろう。


「マスター。悪いが、ちょっと借りるぞ」


 リチャードに断って椅子の一つを長剣に変えた。

 杖替わりに長剣を床に突きながら店を出る。


「……」


 リチャードもスージーも黙って立ち尽くしていた。

 DBは眠りこけたまま。

 ――そうだ。腐敗人形を切り抜けてヒンダを助けに行けるのは、俺しかいない。


 他に王都にいる仲間で、誰を当てにできる?

 パペットは敵本陣の真っただ中だ。

 アーチェは逆にこちらの進軍を妨害する始末。

 ヒシズだって危険な状態かもしれない。四の五の言ってる場合じゃねえだろ。


 店の扉を開閉すると小気味良いドアベルが鳴った。

 その陽気な音色が、外に広がる絶望的な光景とは対称的で、今では冷笑的(シニカル)に聴こえた。


 こんな奥まった路地でも人形が無数に犇いていた。

 腐臭漂うヤツもいる。

 俺の外出に気づいた人形たちは一斉に振り返り、武骨な腕を伸ばして、まるで生ける屍のように近づいてきた。


「ハッ……厳戒令ですよ、ってか?」


 左腕では【抜刃】が使えない。

 右腕で生成していた剣を振り回して、人形たちを払いのけた。


「ご親切にどうも!」


 頭部を狙って人形を破壊する。

 だが、一体や二体って話じゃない。

 片腕で剣を振るうたびに足がもつれて倒れかけ、その度に剣で地面を突いて姿勢を保った。

 全然思うように動けない。

 その間も人形たちが俺を止めようと迫ってくる。


「チッ、雑魚のくせにっ」


 逃げるのは癪だが、ここは戦略的撤退だ。

 人形たちの隙間を見極め、すれすれのところで脇を抜けて道を進んだ。


 ――ぽつりと一滴の雨が降ってきた。


 空を仰ぐ。曇天が覆って星空は見えなかった。

 すぐ大降りになってきて体を濡らした。

 道がぬかるんで、思うように前に進めない。そうこうしている間にも腐敗人形は集まってくる。


 剣を振り回して払いのけるが、支えがない体はいとも容易く倒れてしまった。


「あぐっ……退け! 邪魔だ!」


 次から次に覆い被さる人形。

 引き剥がそうと抵抗するも、腕は碌に動かねえ。

 這いずって上半身を起こすので限界だ。



 なんとか大きな道に這い出たあたりで、遠くからエンジンの駆動音が聞こえた――。


 雨で濡れた道路の水をタイヤが跳ね返していく。

 駆動音はどんどん近づいてきた。


 二輪のアーセナル・マギアだ。

 操縦者は接近すると、さらにギアの回転を上げ、車輪を豪快に回し出した。

 見なくても駆動音だけで想像できる。

 アーセナル・マギアは俺を取り囲む腐敗人形の一群に突進してきて、ぶつかる直前でくるりとターンしてみせた。


 前輪を軸とした後輪の横一閃――。


 人形たちが一斉に吹き飛ばされた。

 操縦者はさらに周囲を疾走して、アーセナル・マギアの体躯だけで人形を薙ぎ払ってみせた。

 爽快なバイクアクションを見せられた後、操縦者は俺の目の前に二輪を留め、道に降り立った。


「なにやってるの……?」

「いや、ホフクの練習をだな」

「そんなワケないでしょ。――ったく、またトラブルに巻き込まれたんだ?」


 華麗に登場したのはシールだった。

 やっと来てくれたか。

 こいつはいつも登場がヒロイックで、本来の俺の出番を取られてる気がして癪だ。


「シール、本当はタイミング狙ってるな?」

「なんのこと?」

「なんでもねえよ」


 ジト目を向けながらシールは溜め息をついた。

 行く先々で俺がいつもピンチに見舞われるものだから、いい加減うんざりって顔してやがる。


「ところで、頼んだブツは持ってきてくれたか?」


 シールは不機嫌そうに、二輪の積み荷から数本の小瓶を出した。


 ――小瓶に回収していた魔素だ。

 それらを小刻みに振って、見せびらかしてくる。

 受け取ろうと手を伸ばすと、シールは小瓶を高く掲げて抵抗してきた。


「……?」

「これのせいで、わざわざ引き返しましたぁー」


 到着が遅かった原因もそれらしい。

 いつも手間をかけてることに拗ねているようだ。


 ……わかった。認めるよ。

 お前が来ると安心感がすごい。


「悪かった。今回"も"助けてくれ」

「ん。よろしい」


 はぁ、我ながら情けねえな。

 シールには一生、頭が上がらない気がする。

 いや、永遠と云った方が正しいか。

 人間兵器だからな。



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