112話 住宅迷宮Ⅳ(メイズモンスター)
救助活動は順調に進んでいた。
気づけば、陽もどっぷり暮れていた。
不思議なことに死人はおろか負傷者もいなかった。
いや、居るか。
負傷者1名。ソードさん。
弓兵による狙撃で左腕が機能停止。
……元に戻るからいいけど。
まぁ、俺のことはいい。
それはさておき、貴族に雇われの使用人たちがオートマタに襲われそうになっている、という状況は救助活動中、何度も遭遇した。
だが、実際に負傷した人間とは会っていない。
はっきり言って拍子抜けだ。
これは何を意味しているのだろう。
おまけに――。
「クリフォードさん」
「いえ、きっとどこかに避難しているはずです」
肩を落とすクリフォードに声をかけた。
バレンニスタ邸には、夫人コニー・バレンニスタの姿はなくなっていた。
クリフォードは平静を装うも落ち込んでいる。
幸いにも家に血痕などは無いから、確かに避難しているだけなのかもしれない。
でも、何かがおかしい。
北区に住む貴族の連中もそうだ。
ここに居るクリフォード以外、まともに家主――貴族本人を見かけなかった。
「そういえば……」
スージーと凱旋通りの喫茶店にいた時。
やたらと貴族っぽい身なりの人間が宮殿に向かっていくのをテラス席から見かけた。
あれが北区の住民だとしたら?
「DB、王家だけじゃなくて、ここの人間も」
「かもしれない。想定以上にアークヴィランの魔の手が広まっているわね」
DBも同じことを考えていた。
「やっぱり人間を洗脳して支配するアークヴィランなのか? こんな人間が密集した王都で……? アークヴィランは人を敵だと思ってないんだろ」
正体を掴めない感じが怖ろしい。
まるで見えない敵と戦うみたいだ。
「敵だと認識されなくても生活圏が重なることはあるわ。例えばね、アークヴィラン88号とか」
この迷宮のことだけど、とDBは付け加えた。
アークヴィラン88号。
王都地下に広がる『メイズモンスター』という名前の非生物型アークヴィランがいるらしい。
俺も迷い込んだ迷宮だ。
能力は『流動迷宮』。
「メイズモンスターは無害よ。いたずらっ子なだけで地下をモグラのように開拓しているだけ。普段はこんな風に表層に出てくることなんてない」
北区の迷宮化もメイズモンスターの影響だとか。
聖堂教会は、地下に巣食うアークヴィランを認知していたが、あえて放置していたらしい。
「それが今じゃ人間の生活を脅かしてるなら、立派な瘴化汚染だ。退治した方がいい」
「そんな単純な話じゃないのよ。メイズモンスターが王国の土木の歴史を積み上げたと言っても過言じゃない。それありきで働く土建屋もいる」
メイズモンスターを失ったら困る人間もいる、ということだ。
「長い歴史で検証されていることだけど、メイズモンスターは地底を好む。こうやって地上に能力を展開したのは史上初なのよ」
DBは眉間に皺を寄せて悩んでいた。
普段、無感情な女がここまで露骨に不機嫌そうな顔を見せるのは稀な光景だ。
「やっぱりアークヴィラン同士で共闘を――」
DBが答えを弾き出したところで、俺のプライミーの着信の音が鳴った。
『深夜には着けそう。待ってて。
言われたモノも全部マギアに積んでいくよ』
シールからだった。
深夜か……。早く合流したい。
アーチェからいつ攻撃されるかわからないんだ。
そういえば、いつも返信が早いスージーからは何も連絡がない。トラブってるのか?
メッセージを確認中、遠巻きに騒がしい声がした。
救助隊の待機所で何やらあったようだ。
「おーい! 手伝ってくれ!!」
男たちが集まっている。
その輪の中心に、血を流してうつ伏せに倒れる別の男がいた。救助隊とは異なる服装だ。
兵士なのか、軽装の鎧を身に着けている。
物々しい雰囲気だ。
「……っ……王女、様……が……」
男は腹ばいで血を流し続けている。
救助隊は、ここに来てようやく救助活動とは関係のなかった男に救命措置を取ることになった。
本領発揮とばかりに、血だらけの兵士に複数の男たちが手際よく止血作業をしていく。
「王女? 王女って言ったのか?」
俺は担架で運ばれる兵士の男に語りかけた。
「……っ……は……し、城に……」
男はそこで意識を失った。
よく見ると、この男、王宮の近衛兵だ。
城から逃げのびてきたのだろう。
ヒシズからの最後のメッセージを再確認する。
『ごめんなさい。
今ちょうど王城に来ていたのですが、近衛兵たちが騒がしくて……。もしかしたら弓の勇者の足取りを掴んだのかもしれませんわ。
もし時間があれば、王城にお越しください。
それではまた。
ヒシズ・タルトゥナ=ド=ロワ』
アーチェは俺を狙っていた。
王城で近衛兵たちが遭遇したのは、別の敵か?
優先すべきは王城だったか。
「結果論よ」
担架で男が運ばれていくのを茫然と見やる俺に、DBが背後から声をかけた。
「なんだ?」
「北区には無抵抗な住民がたくさんいたかもしれなかった。貴方が王女よりも、こっちを選んだのは間違いじゃない。結果的に、北区の救助活動は無意義なものだったけれど」
俺の心境を察して声をかけてくれたらしい。
DBも今日は珍しく優しいな。