111話 住宅迷宮Ⅲ(人名救助)
まだまだDBと話したいことは山積みだ。
でも、先に北区の住民を助けないとだ。
正体不明の人型の敵がいる、という情報もある。
「アーチェの情報、助かったぜ」
「どういたしまして。……さっきから窓の外を気にしてるようだけど、もしかしてまた勇者みたいなこと考えてるのかしら?」
「勇者みたいなことってなんだよ」
「人助け」
人助けを避けていたことの当てつけか?
その件はシールのおかげで吹っ切れた。
今では積極的に人助けしていくべきだとも思う。記憶をリセットした過去の俺への敬意を表して……。
「お前も昔は勇者だったろ?」
「あの頃はお遊戯に付き合う感覚だったわ」
「最低だな、おい……」
「でもまぁ貴方が手伝ってほしいって言うなら、特別に付き合ってあげないこともないけど」
取引を持ちかけているらしい。
DBの人助けは、善意のカケラもない人助けだ。
でも一人でも手が多い方がいい。
「じゃあ、頼むよ。今はお前の力が必要だ」
「今日は素直なのね」
「いつもこんな感じだ」
一軒一軒、虱潰しに家を捜索していった。
クリフォードが呼んだ救助隊も到着するだろうが、北区全域がアーチェの矢の射程になることを考え、救助隊は待機させることにした。
安全確保が出来たエリアから解放し、救助した住民を救助隊に託す。
……という作戦だ。
住宅迷宮の探索を進める。
弓兵のせいでDBとも離れて行動するわけにいかず、手分けできなかったが、一人より安心感はある。
遮蔽物が多いのも功を奏した。
アーチェからの狙撃は、今のところまだ無い。
「DBは人形のことをどこまで把握してる?」
住宅迷宮を進みながら、ふとDBに尋ねた。
「少なくとも貴方より理解している」
「見たことあるか? 腐った見た目をした奴らだ」
「アレは夜な夜な町中を徘徊している。貴方が呑気に寝てる間、私も夜に出歩いて調べてたんだから」
なんで夜に徘徊するんだ……?
夜行性? オートマタのくせに?
今まで人形と遭遇した場所も、日の当たらない場所ばかりだった。
そのどれもがパペットの製作物らしい。
パペット自身も王家はちゃんと廃棄していると思っていて、まさか【清祓いの儀】が行われてないとは思っていなかった。
「――当代のハイランド王が、アークヴィラン絡みのことに杜撰な対応を取るとは思えないわ」
DBは訝しげに語る。
ハイランド王、タルヴィーユ・ダグザ=ド=ロワ。
その人となりは厳格で思慮深い。
ヒシズも語っていたが、アークヴィランによる環境破壊への関心も高く、その人物背景を知っていれば、アークヴィランの憑依が製作したオートマタなど、最も厳粛に管理するはずである。
「だから、私も当初は疑っていなかった」
「教会はお祓いを依頼されていなかったのか?」
「定期的に依頼されていたし、【清祓いの儀】も実行していた。廃棄数も例年通りだったから、違和感はなかったのよ」
実態は、廃棄予定のオートマタは増えていた。
王家がそれを隠し持っていたのだ。
「諸悪の根源は、国王……なのか?」
「根源……と言うと難しいわね。どちらにしろアークヴィランの魔の手が王家に渡ったのでしょうけど、そう仕立てた犯人が、必ずいると思うわ」
「裏で王家を操っているヤツが?」
「そう。洗脳系の魔素か、また別の方法か、それはわからないけれど」
北区の混乱が落ち着いたら、王家に直談判しに行った方がいいかもしれない。
パペット一人で向かわせてしまった。
大丈夫だろうか。
――ギィ……ギィ……。
――ひぃいっ……来るな……っ!
「……聞こえたか?」
「2時の方向。距離、300」
俺より正確に特定してやがる。
索敵なら非戦闘型人間兵器の方がお手の物か。
道路から屋根を飛び越え、素早くDBが読み取った位置へ向かった。あまり高い場所にとどまると、アーチェに捕捉される……。慎重に……。
一軒の邸宅があった。
玄関扉を突き破って中に侵入すると、玄関ホールの階段の隅で縮こまる三人の男女と、緩慢な動作で迫るオートマタがいた。
近くの花瓶を【抜刃】で剣に変えた。
投擲してオートマタの頭部に剣を突き刺す。
オートマタはすぐ倒れた。
「大丈夫か?」
「ひっ、ひぃ……貴方は……?」
「俺は……俺も街の住民だ。助けに来た」
執事のような男が泣きっ面で応えた。
「あ、ありがとうございます……」
「アンタらは使用人だな? 家主は?」
「それが……突然一人で外出すると言って昼間に出て行ったっきり、お姿が見えなくて……」
「行方不明なのか?」
「そうなのです」
「……」
DBも後からゆったり入ってきた。
倒したオートマタは、下水道に居たそれより見た目はまだ綺麗。――というか、このオートマタは家主が王家から貰ってきたものらしい。
「ふーん。一家に一台、オートマタねぇ」
DBは惨状を見て皮肉を言った。
北区全域の貴族邸宅にオートマタが配給されているのだ。早くなんとかしないと死人が出る。
助けた執事やメイドは救助隊に任せた。
近隣の邸宅は既に避難したのか、行方不明なのか分からないが、もぬけの殻である。
北区はまだ人口が少ないからマシだ。
こんな迷宮化が南や東区で起こったら、洒落にならない規模で被害が拡大するだろう。
東区に向かったスージーに連絡を入れておいた。