110話 住宅迷宮Ⅱ(大天使DBちゃん)
「どうなってんのよ……!」
確実に捕らえたと思った。
私の【誘導弾】は必中だ。
それが、ソードの胸部の核を貫くどころか、腕一本吹き飛ばしただけで終わったのだ。
あんな怪我、幾度の修羅場を掻い潜ったソードならどうってことない損傷だろう。
必中は、必中でなければならない……。
ソードの反射神経や魔力感知を考え、装填する魔力を絶妙に押さえて撃った。
その加減が仇となったようだ。
「でも、まだ――」
狙撃は一度外すと位置が特定されて、痛手となる。
でも、私の場合はそうならない。――【誘導弾】は対象をロックすれば、どこから射出しても必ず追尾できる魔弾だからだ。
万全を期して、一射目も狙撃に向かない道端から天空に向けて放っておいた。
おまけに私自身も足の速さには自信がある。
射撃後に狙撃ポイントを素早く変えて、また狙えばいい。
初発のステルス・アドバンテージはもう得られないが、その一方で、次の狙撃からは加減する必要もなく、全力で魔力を込めて射出できるというものだ。
人間兵器の本領を見せてくれよう。
チープな銃撃戦とはモノが違う。私は元より長距離戦闘を可能とするために魔弾の射手として造られた。
必ずその心核を撃ち抜いてやる。この弓矢で。
ソードの死をメイガスに捧げるのだ――。
◆
遮蔽物が多いのは幸いだった。
この住宅迷宮なら、どこにでも物陰がある。
アーチェの矢からも身を隠せるだろう。
とはいえ、今は住民の救助活動中だった。
「……アーチェを探すのは至難の業だな」
優先順位を考えるなら、やはり住民の救助。
砲弾が降り注ぐ戦場で、不特定多数の一般市民を助けに回るなど、さすがの俺も未経験だ。
片腕もなくなって戦闘力も下がっている。
この腕も早急に回復しないといけないのに……。
でも部位が丸ごと欠損した今、しばらく回復は見込めない。
こんなときに、あの――。
「癒しの大天使DBちゃんが居たらなぁ」
「!?」
驚いて声のする方を見やる。
リビングには、整然と立つ法衣の女、DBがいた。
「どうしてお前……」
DBは俺の動揺を感じてニタリと笑みを浮かべた。
相変わらず目が笑っていない。
「ていうか、勝手に俺が喋った風にするな。口が裂けても大天使DBちゃんとは呼ばん」
「それは残念。――ん。でも貴方がそんな風に呼ぶ姿を想像したら寒気がした。撤回する」
「何がしたいんだ、お前は」
茶番みたいな前段の会話にはもう慣れた。
DBはゆっくり近づいて俺の前に屈むと、欠如した腕の付け根に手を翳した。
「……【再生の奇蹟】!」
白い魔力にあてられ、失った腕が生えた。
にょきにょきと。
「私は勇者を治したい、ただの治癒師よ」
「おう、ありがとな」
新しい腕の調子を確かめる
指先を動かそうとしたが、上手く動かない。
「ちゃんと動くまで一晩かかると思う。筋骨格の再生は簡単でも、神経吻合は容易じゃないから。そこは自分の回復力に期待してちょうだい」
結局、左腕は使えないままか。
【抜刃】も右手しか生成できなかった。
しかし、仲間が増えたことは心強い。
「そうだ。DBに伝えたいことがあったんだ」
「伝えたいこと?」
DBはおどけた風に目を開いた後、いつもの目つきに戻った。
「ああ。人形? アーチェ? それとも王家の事かしら?」
「全部把握してたか」
「まぁね。私も間抜けじゃないから」
DBは、俺の周囲で起きる種々の異変を知っていた。
アーチェの状態は教会でも相談した通りだ。
彼女は既に憑依になっている。――というのは、DBも直接アーチェに挑んでみて確認したのだとか。
「アーチェには私も惨敗。もしかしたら勝てちゃうかなーなんて思ったのは思い上がりだったわ」
「あいつと戦ったのか?」
非戦闘型の人間兵器が、戦闘型に挑むとは……。
相変わらずDBは大胆なやつだ。
「そう。彼女がその身に蓄えたアークヴィランの魔素は、ざっと見積もって……そうねぇ、10種くらい」
「10もあるのか」
「従来の能力である【誘導弾】と【桜吹雪】を合わせると、10個の魔素による瘴気で、かなり精神的負荷がかかってるはず。中には、あなたの【抜刃】のように自前の弓や銃も用意できる能力もあった」
アーチェが得意とする弓の能力として、
自動追尾の矢を放つ【誘導弾】。
拡散する散弾を放つ【桜吹雪】。
その他、【怒砲弓】や【装弾《ドロウ》】といった弓や銃そのものを生成する力。
それと劇場で見た【掃滅巨砲】。
見聞きしたものでは、この五つは確認している。
このさらに倍も能力を持ってるのか……。
「厄介なのは【雷霆】ね」
「ケラウノス……?」
「雷を利用した誅殺システム。放たれたら最後、動いた瞬間に空からレールガン級の魔弾が降り注ぐ。トラップみたいなものよ。動いたら死ぬ。だから地雷……いえ、天雷と云った方が正しいかしら」
レールガンは知らないが現代兵器の類いだろう。
殺傷力の高い近代兵器ということか。
それを撃たれたら身動きが取れなくなる。――狙撃手に狙われている状態では敗北必至じゃねえか。
「雷霆を放たれたら、どうなるかは分かるわね?」
「地上でアーチェの狙撃の餌食になるんだろ」
「そういうこと」
「どちらも俺の剣で叩き落とせないか?」
「触れた瞬間に蒸発。――【掃滅巨砲】の威力、知ってるでしょ。アレ以上の威力がある」
ひぇー、凶悪なラインナップだ。
アーチェのやつ、今や近接戦でも小回りが利くし、遠距離から高火力な魔弾も放つ。
単騎性能だけなら人間兵器で最強かもしれない。
「強さと魔素の汚染力は比例するわ。アーチェは復讐のために強力な魔素を取り込みすぎていて、もう本人も自分が何をしているのか、ちゃんと理解してない」
「だから憑依に……」
「ええ。貴方を殺した後は、見境なく人を殺す殺戮マシンになるかもね」
それがアーチェというアークヴィランの瘴化汚染。
昔の仲間がそんな異形に変わり果てる結果は避けたい。
「どうすればいい?」
「手はある。アーチェに宿った魔素を取り除くの」
「アレは取り出せるのか?」
「私たちは所詮、器だからね。魔素を取り込んでも、また別の器に移せば再利用もできる。でも、その前にアーチェを無力化しないといけないけれど……」
そっちは失敗しちゃったわ、とDBは舌を出した。
目が笑っていないくせに、仕草だけは可愛い子ぶっている。
アーチェのことは俺が組み伏せるしかない。
でも、その為にはあいつが持つ魔素を看破する必要がある。
今現在、アーチェに狙われている状況でできることは、どんな能力なのか、実際に確認する程度か……。
勝つためには、もっと助けが必要だ。
プライミーでシールに再び連絡を入れておいた。