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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第2章「人間兵器、将来を憂う」
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109話 住宅迷宮Ⅰ(書記官の責務)


 三手に分かれることにした。


 俺とクリフォードは災厄の渦中である北区へ。


 パペットは直訴のために王家へ。

 腐った片腕という物的証拠も持って行った。


 スージーは予防策として、シムノン亭のリチャードに協力を仰ぎ、住民を避難させるために東区へ。

 留守番中のヒンダの様子も見に行ってくれる。



 クリフォードは運動不足だ。

 軽く走ったくらいで、すぐ息が上がる。

 今は、王城と宮殿の城門周囲をぐるりと囲んだ凱旋路を抜けて、南区から北区へ急ぐ途中だ。


「大丈夫か?」

「ふぅ……はぁ……はぁ……」


 呼吸も荒いし、汗もびっしょりだ。

 クリフォードの図体じゃ仕方ないか。


「そんな様子で北区なんて行っても危ない」

「……いえ、私は書記官として……国の非常事態を正確に把握する責務があります。行かなければ」

「そうか」


 この男、大臣の一人と聞いて偏見があったが、ちゃんと体を張れる人間だったか。古代のイメージでは、大臣という人種は腰が重く、人を遣うばかりの連中って印象だった。

 勿論、本人が言う理由だけじゃなさそうだが――。


「奥さんが心配だからって言ってもいいんだぞ」

「私は役人です。個人的な理由で動いてはいけない」

「真面目だな。それを言うなら、俺はそもそも人間ですらねえ」


 クリフォードは驚いて俺を見返した。


「そんな俺が、人間みたいに将来を考えて王都に上京してきたんだ。クリフォードさんがどういう立場だとしても、人間だったら人間らしく生きててもいいんじゃねぇかな?」

「貴方は……もしかして……」


 俺の正体に気づいたようだ。

 それでもクリフォードは頭を振った。


「しかし、無責任な行動をすれば市民の批判は免れません。世間とはそういうものです」

「なら俺の前では無責任でいい。今は人間らしく、自分の女のために行動してろ。じゃないと俺が気持ち悪いぜ」

「……」


 クリフォードは少し躊躇った後、折れたように「ありがとう、勇者」と礼を言った。

 少しは息を整える時間を稼げたか?

 クリフォードを俺が背負って行くという手もあるけど、そこはこの男の矜持を尊重してやりたい。



     …



 着いた。

 北区は、朝にバレンニスタ邸を訪れたときの閑静な雰囲気から一変していた。


 綺麗だった道路もぐちゃぐちゃ。

 途中で断線したり、曲がりくねっていたり。

 一定間隔で並んでいた高級住宅だが、家そのものがぐにゃりと変形しているものもある。


「これは……こんなに酷い状態とは……」

「先に住人を助ける。アンタは救助を呼んでくれ」

「わ、わかりましたっ」


 クリフォードに目配せした後、ある家の屋根に跳び上がった。


 北区の高級住宅街は、庶民的なアパートが密集する南区と打って変わって、一軒家が多い。

 一つ一つの家の敷地が広いのだ。

 屋根から見下ろすと、道路が迷路のように変貌しているのがよくわかる。


 こんな巨大迷宮で住人を助ける?

 骨が折れそうだ。


「……っ」


 耳を澄ましても聞こえるのは雑音だけだ。

 悲鳴のようなものも聞こえるが、機械の駆動音みたいな音が掻き消してしまう。

 こんなとき、シールがいれば……。

 端末(プライミー)を開いて、シールにメッセージを送った。


『都に来れるか?

 原因はわからないが、何かが起こってる』


 ついでにヴェノムにも同じメッセージを送った。

 二人ともすぐ返信をくれるタイプじゃない。

 シールは確か、俺が王都に来たばかりの時点で「7日かかりそう」という返事があった。ちょうど一週間ほど経ったが、まだシーリッツ海なのか……?



 救助に移ろうと、目の前の住宅迷路に意識を戻す。


 まずはこの屋根の家から、かな。

 屋根から外壁を伝い、ベランダに降り立った。

 歪んだ窓をこじ開け、家に入ろうとした。


 その刹那。



 ――――……!


 背後から高濃度の魔力の接近を感じた。

 咄嗟に身を翻して回避しようと思ったが、その飛来物がぶち当たる直前で、俺に追従するようにカーブ(・・・)してきた。


「は――」


 まるでツバメのような動きだ。

 躱せる自信があったから【抜刃】が遅れた。

 剣で叩き落とすこともできず、かろうじて片腕を犠牲にして体は守ることができた。


 盛大に左腕が吹っ飛び、血しぶきが民家の壁に張り付いた。



 態勢を崩し、ベランダから庭に落ちた。

 すぐさま受け身を取って起き上がる。

 追撃が来る――。


 民家の窓を突進で突き破って、中に入った。

 壁に背を預け、失った片腕の付け根を押さえる。

 直後、予想通り、民家の壁に高濃度の魔力がぶち当たって爆散した音が響いた。


「あー……。やってくれたな」


 破裂した左腕の肉片を摘まみ上げた。

 肉片についた金属は紫電を散らした後、赤い魔力とともに燃え上がった。


 今のは【誘導弾(ホーミング)】だ。

 弓の勇者が得意とする、必中の狙撃矢。


「アーチェ、どこから狙いやがった?」


 壁越しから覗く空の彼方。

 狙撃手が潜んでいそうな場所は見当たらない。

 これだから飛び道具ってのは嫌いだ。


 でも、生憎と俺はしぶといぞ。

 片腕獲ったくらいで良い気になるなよ。



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