11話 村娘、憧れの人形劇
5000年。あまりにも時が経ちすぎた。
しかも、現代の脅威は魔王や魔族ではなく、アークヴィランなる存在に成り代わったと云う。
そんな衝撃の事実に向き合うのに時間を要した。
部屋にいても眠れるはずがない。
シールとの約束も、果たせるのか……?
5000年も経って、約束を果たしたといえるか?
そもそもシールはまだシーリッツ海の祠にいるのか?
九回目の覚醒の時、既に何かあったかもしれないのに?
様々な疑問が浮かんでは消えていく。
一番の疑問は、なぜ俺はアガスティア・ボルガでもう一度、七回目と八回目の記憶を植えつけられて目覚めたか、だ。
自分自身でそうしたのか。
誰かにハメられたのか。
ひとまず外に出て夜風に当たることにした。
時代は変わったのに、風の匂いは変わらない。
随分と景色は変わってしまったが――。
タイム邸の庭の隅に灯りが見えた。誰かいる。
シズクとヒンダ、マモルの三人がヒソヒソと話していた。
こんな夜更けに子どもだけで何してんだ?
「ん……んん……」
ヒンダが地面に手を翳し、苦しそうに唸っている。
シズクは小型の電灯で地面を照らす。
スポットライトを浴びた小さな人型の影が小躍りしていた。
よく見ると、それは土人形だった。
ヒンダが土人形を魔力で操っているらしい。
マモルはその様子をしゃがみ込んで見守っている。
「っ……」
しばらく器用に小躍りを続けていた土人形だが、ヒンダの集中力が切れると同時に倒れ、べちゃりと潰れてしまった。
「駄目か」
「十分すごいよ、ヒンダ!」
マモルは盛大な拍手を送っている。
「こんなんじゃ駄目さ。寝首を掻くには時間が足りない」
「例えば、人型をやめれば魔力を節約できませんか?」
シズクがヒンダにアドバイスした。
寝首を掻くだの、魔力を節約だの、一体なんの作戦だろう。
俺は盗み聞きも悪いと思い、声をかけることにした。
「こんな夜更けに人形遊びか?」
「あ、旅の人……」
「ソードでいい。剣士だからソード。覚えやすいだろ」
軽く自己紹介を済ませ、土くれになった人形に近づいた。
泥をかき集めて山をつくる。
「魔力の操作は慣れればほとんど魔力を使わない。だから、シズクのアドバイスのように、まず簡単な形状から練習するといい」
俺は泥の山から【抜刃】で剣を生成した。
引き抜いた土の剣を虚空に放ち、ジャグリングのように手で回転を加え、最終的に空中分解してみせた。
バラバラと崩れる土塊を前に唖然とするヒンダ。
「キミ、なかなかの手練れだね?」
「まぁ一応な」
こう見えても世界を何度も救った勇者だ。
「お願い! あたしたちの代わりにアークヴィランを倒して!」
「やっぱりその話か」
願わくば、俺もアークヴィランをぶっ倒したい。
それが砂漠化の原因なら、俺の行く手を阻むのもアークヴィランだ。
でもまだ情報が足りない。
「なぜそうまでして倒そうとする?」
「それは……」
「ナブトは待てって言ってたな。しかも聞いた話だと、プリマローズですら手を焼く強敵だって話だ。そんなのに子ども三人で挑んだところで命を落とすだけだ」
ヒンダは悔しそうに握り拳に力を込めた。
「プリプリになら、あたしだって勝てるもん」
「あれは"フリ"だ。お前らと遊んでやってんだよ」
【狂戦士】の俺でも今のプリマローズと互角だった。
プリマローズは魔王軍という仲間を失って拗ねてるだけで、魔王としての力は変わってないんだ。
「だって大人はのん気なんだもん。早くマナディクションを解決しないと、王家がお城から避難しちゃうよ」
「王家が避難して何か問題か?」
「あたしが困る! あたしの夢が叶えられなくなる!」
「夢か――」
夢という言葉には弱い。
俺もよくシールと二人で夢を語り合っていた。
もし自由になったら。
もし人間兵器の宿命から逃れられたら。
そんな絵空事を思い描き、二人で夜通し語り合った。
「どんな夢だ? よければ話してみろ」
「あたしは、いつかグレイス座に入団するのが夢なんだ」
「グレイス座?」
小声でシズクが「王家が雇う人形劇団です」と耳打ちした。
なるほど。王家が王都から避難してしまったら、人形劇団も一緒に行ってしまう。ヒンダの夢も遠のくわけだ。
ラクトール村とハイランダー王都は目と鼻の先。
王宮が引っ越したら、物理的に夢が遠のくというわけか。
「……」
なんとなくシズクを一瞥する。
「私には、そんな大層な夢はありませんよ」
「さいですか」
冷淡に返された。
「僕の夢はシズクちゃんを守る騎士になって――」
「そりゃもう聞いた」
マモルもついでに答えてきた。
「なんと! み、都が移ったらネットワーク環境も劣化してゲーム実況ができなくなるではないか!?」
突如、茂みからプリマローズが飛び出した。
枝に足を引っ掻けたようで、盛大に転がってきた。
「……」
全員がプリマローズを冷めた目で見た。
魔王がこの村に棲みついた理由って……。
「あんた、今更そんなこと気づいたの?」
逆に、ここの村人ももう少しプリマローズがアークヴィラン退治に前向きになるようにコミュニケーション取っておけよ……。