107話 墓場での密会
今はクリフォードの尾行を優先しよう。
人形を造った張本人――パペットも一緒なのだ。
このまま尾行を続ければ、いずれ渦中の北区にも辿り着ける。俺はスージーを連れて物陰に身を隠しながら、クリフォードとパペットの動向を追った。
「スージー、少し聞きたいことがある……」
「なんですか? ここまできたら私も自棄ですっ」
スージーはまだ気が動転しているようだった。
心拍数も高い。
昼間から俺を見る目つきもだいぶ変わった。
まぁ、今はそれは置いといて――。
「その腕のことだ。人形って腐るのか?」
「腐る……。厳密に言うと、一般的な有機物の腐敗とは事情が違うんですけど、間違ってこんな風に酷い見た目になることはありますねぇ」
有機物の腐敗。……そうだ。
人形はナマモノじゃないはずだ。
だからおかしいと思っていた。
もしナマモノなら、そもそも劇場の倉庫で保管しているうちに腐る。
「間違って、って例えば?」
「座長の能力が、魔素に由来するものだということはソードさんもご存知ですよね?」
元カノのことなら当然でしたか、と口を突っぱねるスージー。
後者の質問はどうあれ、パペットがアークヴィランに人格を乗っ取られていることは知ってる。そのまま普通に生活を送っていることも――。
「元はアークヴィランの力だろう?」
「そうですね。それを精製した、選ばれた人だけが手にできる力が魔素です」
魔素が出現して、現代文明の科学は発展した。
魔術文明は相対的に衰退した。
現代人は魔力を魔素のために使う一方、面倒な魔術を身に着けて究める者はごく一部だそうだ。
結果、【魔力】の存在は現代人にも身近でありながら、その優劣が【魔術】でつかなくなり、【魔素】をコントロールできる一部の人類種だけが文明の発展に寄与しているというのが一般的な感覚である。
「パペットが魔素を宿してる事は知ってたんだな」
「当然ですよ。それがグレイス座座長になる要件ですから」
パペットは、劇団座長のはまり役だった訳か。
「魔素は不安定な力です。崩壊すると瘴気を帯びて、こんな風に腐ったヘドロ状になるそうですよ」
「これはアークヴィランの瘴気と同じ物なのか」
「ざっくり言うと、そうなりますね」
要するに、下水道は瘴気まみれだ。
王都も東リッツバー平原の二の舞じゃないか。
しかも、その瘴気を纏った人形が下水道に徘徊して振り撒いていると考えたら恐ろしいことだ。
「魔素をどれだけ維持できるかは担い手の腕にかかってますが……私は座長の造った人形がこんな状態になってるの、初めて見ました」
「原因はなんだと思う?」
「……製造工程をすべて把握してるワケじゃありませんが、舞台用の発光塗料が変色化してることが安定性に影響したんでしょうか」
"自動人形には特殊メイクを施してあるんです。仄かなスポットライトで発光するように"
そういえば、スージーは劇場案内でも語っていた。
腐敗人形は発光していなかった。
「どうせならすぐそこにいるパペットさんに聞いたらいいんじゃないですか?」
「確かにそうだな……」
クリフォードの素行調査が終わったら、かな。
そうこうしているうちに、北区のある一角の墓場に辿り着いた。
二人は墓場で、とある墓の前で立ち止まった。
バレンニスタ夫人の言う通り、現場は墓場だった。
向かい合って何やら話を始めたので、俺も預かっていた録音レコーダーやカメラを鞄から出した。
「何してるんですか……?」
「証拠を押さえる」
「証拠って……」
近くの木の陰まで忍び寄った。
耳を澄ませば、俺の聴力なら会話は聞こえてくる。
この機材で声が拾えるかどうか――。
「王家からの配給状況はどうなってるんですか?」
「北区の隅々まで及んでます。王室関係者全員の家にはもう行き渡っているでしょう」
会話はパペットが主導権を握っている。
パペットの質問に対し、クリフォードが答えているような状態だ。何の話をしてるんだ?
「東と南区は面積あたりの人口が多いから問題はそっちね。西区は住民が少ないのでひとまず大丈夫か」
「そこまでは手が回りません。今は北区を……」
「わかりました。最善を尽くしましょう」
どうもハイランド王都の各地区について話しているようで、男女が密会中に交わすような愛を囁き合うような会話は確認できない。
これは夫人の早とちりだったのでは……?
「――――……」
前のめりに様子を観察していると、途端にパペットの雰囲気が変わった。
こちらの気配を察知したようだ。
急に冷淡に茂みを見つめたパペットを、不思議そうにクリフォードは見返す。
「どうしたのですか?」
「……ッ」
パペットは想像を絶する速さで、先端に針のついた糸を投げつけてきた。
――草木に身を隠すスージーに向けて。
俺は腕でスージーを庇って、自ら針をくらった。
「誰!?」
「……俺だ」
観念して俺は墓場に姿を曝け出した。
後からスージーも続く。
「ソードさん? それにスージーも……?」
「す、すみません座長っ! 隠れるつもりはなかったんですけど、なんだか話しかけづらかったので」
スージーは気まずそうに頭を掻いている。
何を遠慮してるんだ。
ここまで来たら誤魔化す必要もない。
「スージーは関係ない。俺が連れてきた」
「ソードさんはどうして盗み聞きのような真似を?」
「それは俺の自由だろ。何かマズいことをしてたってんなら後で償う。それよりアンタたちも、こんな場所で何してるんだ?」
さすがに依頼人のことは話すのはタブーだ。
密会の様子は十分に記録できた。この先は仕事とは関係なしで好きにさせてもらう。
「そっちはクリフォード・バレンニスタさんだな? 北区のことは知ってるか? 早いとこ駆けつけた方がいいと思うが――」
詳細は省いて、はっぱをかけてみた。
どんな反応をする?
しらばっくれたら、クロに近いグレー。
知ってると反応したとしても、家をほったらかしてパペットと会っていたこの状況をどう説明つける?
「ああ~……」
クリフォードはパペットの顔を窺った。
パペットは視線に動じることもなく、冷静にこくりと頷いた。
「――彼は、例の劇場のテロ事件でも助けてくれました。十分に信頼できると私は思います」
「そうでしたか。それなら話しても?」
「どうぞ」
ん……?
予想外の開き直りに俺も困惑している。
後ろめたいことをしていたワケじゃないらしい。