106話 勘違いスパイラルwith尾行
メッセージは二通も着ていた。
最初の一通目は、どうやら噴水広場から喫茶店への移動中で気づかなかったらしい。二通目は今、着信が鳴ったものだ。
一通目がヒシズから。
二通目がリンピアからだった。
どうせ仕事の事務連絡だと思われるリンピアのメッセージから先に開くことにした。
ヒシズのメッセージは先日の返事だろう。
そっちのが大事だから後にとっておく。
『ソードさん、至急の依頼!
今から動けますか?
:内容 【北区を中心に家屋の立ち並びが変化して街が迷路のように変わる怪異が発生しています。この被害範囲は緩やかに拡大し、さらには正体不明の人型の敵勢力もわずかに確認されています。至急、対応に向かってください】 』
なんだこりゃ。
焦って書いたのか、要領を得ない文章だ。
今までの依頼と違って依頼主や進め方、場所もはっきり書かれてない。
街が迷路のように変わる怪異?
構造が変化する地下迷宮のことが頭に浮かぶ。
なにか関係があるのか?
北区といえば、ちょうど朝にバレンニスタ夫人に会ってきたばかりだ。無事だろうか。
そんなことを考えながら、ぼんやり街頭を眺めていると、ハイランド城の城壁直下の歩道を歩く二人組に目が留まった。
男女の二人組で、男の方は恰幅の良い風体。
整えられた口髭、皺一つない襟袖からは高貴な身分を感じさせる。
手元の写真と照らし合わせた。
間違いない。クリフォード・バレンニスタだ。
このタイミングでターゲットと遭遇かよ。
でもそれよりも驚いたのは、隣を歩く女の存在だ。
女は日傘を差して表情まではわからなかったが、その奇抜なストーリーテラー調の服装と黒革のパンツ、艶やかな長いブロンド髪から、間違いなくパペットだとわかる。
クリフォードの浮気相手ってパペットなのか?
「ソードさん、この人形の腕、やっぱり座長が造った人形ですよ。……ソードさん?」
鑑定し終わったスージーが顔を上げた。
俺が意外な方面を見ていることに怪訝そうな顔を向けた。
「どうかしたんですか?」
スージーが俺の視線を辿って二人組を見やる。
「ん……? あれ、パペットさん?」
「シッ」
「むごっ」
声をかけたらダメだ。
俺は咄嗟にスージーの口を塞いだ。
北区で突然発生した異変のこともある。
怪異を魔術相談所が観測していたなら、国防の中枢となる王家も既に把握している可能性が高い。
公務で王室に訪れたクリフォードもいたはずだ。
彼らも北区の方面へ向かって歩いているようだ。
自宅――ひいては奥さんが渦中に巻き込まれているかもしれない状況でクリフォードはどう動く?
ちょうどいい。尾行しよう。
「あとを尾行るぞ」
俺はスージーに静かにするように合図し、スージーがこくこくと頷くのを確認してから手を離した。
「ふぅ……。そういう素振りがダメなんですよ……」
「素振り?」
「ボディタッチが急すぎて……もう……」
「なんのことだ?」
「なんでもないですー」
拗ねた表情を浮かべるスージー。
今は構ってる場合じゃない。
本来ならスージーとはここで別れるべきだが、話の続きもある。下水道地下の腐った人形がパペット製のものなら、やっぱりそれを廃棄している王室が原因かもしれないのだ。
手早く会計して喫茶店を出た。
先を行くクリフォード・バレンニスタとパペットはまるで会話をしている様子がない。
男女が逢瀬を重ねるにしては異質だった。
「あの……なんで尾行なんかするんですか?」
「パペットの隣の男、知ってるか?」
「知りませんけど、どこかで見たことありますね」
「これは素行調査だ」
「そ、素行調査?」
スージーは目を瞬かせていた。
「あれが浮気なのかどうかを調べる」
「え、ええええ―――むぐっ!」
急に大声を上げるスージーの口をまた塞いだ。
素行調査だって言ってんだろうが……!
睨みを利かせてから解放してやると、スージーは蚊の鳴くような声で謝ってきた。
でも、めげずに俺を引っ張って尾行を妨害した。
「ソードさんっ……もう諦めましょうよ」
「諦める? なんでだ?」
「だってソードさんには次の相手がいるじゃないですかっ……いつまでもパペットさんのことを引きずっても仕方ないですよ!」
次って誰のことだ。
リンピアから来ていた新しい依頼のことか?
あれは依頼主が誰かは書いてない。
そもそもスージーが俺の個人端末を見たワケじゃあるまいし、なんで魔術相談所からの任務を把握しているんだ。
あ、プライミーといえば――。
「そうだ。ヒシズのことを忘れてた」
「王女様も!? どれだけ節操ないんですかっ!」
「シッ……ちょうどさっき連絡が来ていた」
「ええええ」
端末を開いてメッセージを確認した。
クリフォードとパペットを見失わないように、前方と端末画面を交互に見ながら――。
『メッセージありがとうございます。
実は、王室関係者以外との連絡は初めてです。
少し緊張していますわ。
廃棄人形の処理の件ですね。
私も知らなくて王室関係者に尋ねました。
劇場から運び込まれた後は、瘴気を除染するために旧王城へ一時安置しておきます。期間は一年と定められているようですわ。
浄化には大量の塩水と魔鉱石を使って、聖堂教会がろ過処理するようですけれど、もっと詳しいことを訊きたければ、口頭で説明いたします。
……』
文章はまだ続いていたが、ある文字で目が留まる。
――『瘴気』を除染するために。
下水道にいた腐敗人形が瘴気に汚染されていても不思議じゃないが、劇場から運び込まれたばかりの人形が汚染されている前提というのは一体……。
『ちなみに、この話は他言無用でお願いします。
公営の人形劇で使うオートマタが、アークヴィランの作製したものだという事実は、世間に知られたら大きな問題ですから。
もちろんスージーさんにも。
傀儡の勇者のことは、極秘事項なのです』
パペットが作製した人形は、アークヴィラン特有の能力によって製作されているのだ。
そりゃあ当然、瘴気も帯びている。
瘴化汚染が起きないようにパペットを監視し、【人形師】としての能力も国は管理し続けてきたが、それが破綻したのだろうか。
聖堂教会が絡むならDBも関与しているはず。
塩水って【潮満つ珠】の能力だろう。
あいつが浄化作業をサボっているのか?
いちいち聞いて回るのがまどろっこしい。知り合い全員、一堂に集めて聞き取りたい気分だ。
『ごめんなさい。
今ちょうど王城に来ていたのですが、近衛兵たちが騒がしくて……。もしかしたら弓の勇者の足取りを掴んだのかもしれませんわ。
もし時間があれば、王城にお越しください。
それではまた。
ヒシズ・タルトゥナ=ド=ロワ』
アーチェが王城に……?
何がどうなっているのかわからないが、一連の出来事がどれも関係しているような気がしてならない。
クリフォードへの尾行。
北区の迷宮騒動。
そして、この王城の騒ぎ。
体が足りない……。
こういうとき、5000年前ならチームで動けた。
勇者チームの再結成はもう叶わない。
一人でやるしかないんだ。