105話 勘違いスパイラルin喫茶店
待ち合わせの噴水広場に到着した。
時間ぴったりに来たつもりだったが、スージーはそのずっと前から待っていたようだ。
俺を見るなり、笑顔で駆け寄ってきた。
「こんにちは、ソードさんっ」
「もしかして時間を間違えたか」
「いえいえ、そんなことないですよ~。私も来たばっかりですから、大丈夫です」
「……」
スージーは嘘をついている。
歩いたばかりなら、ちょっとした息遣いの変化、筋肉のこわばりが多少なりとも見られるはずだ。
それがない。じっとしていた人間の肉体反応だ。
俺に気を遣っているのだろうと思って、特に触れないことにした。
「それで、見てほしいのが――」
さっそくビニール袋から例の腕を出そうとした。
下水道で入手した腐ったオートマタの腕。
正直かなりドぎつい臭いがする。
だが、それを遮るようにスージーは腕を絡めて、得意の手首固めによってがっちり拘束してきた。
か、関節の自由が利かない……だと。
「さぁ、今日こそは二人でカフェに行きますよっ」
「腹は減っていない」
「何を言ってるんですか! 男女が昼に待ち合わせして向かうところと言ったら、まずは喫茶店でランチに決まってるじゃないですかっ」
こっちは腐敗物持参なんだけどな。
飲食店なんて一番行ったらダメな場所だ。
そんな俺の意思も無視して、スージーは俺の関節をキメながら、ずいずいと歩いていった。
スージーのオススメという喫茶店に来てしまった。
王城の敷地に面した凱旋通りだ。
せめてもの配慮として、テラス席を希望した。
店に腐敗臭をまき散らすワケにいかない。
外は、王家のお膝元の大通りとだけあって、さっきからやんごとなき身分の人間がよく通る。
わざわざこっちを見てくる奴はいないが。
きっと忙しいんだろう……。
「テラス席なんて、なんだか嬉しいです」
「なんでだ?」
「だっていろんな人に見られるじゃないですか。ソードさんも、私と居るところを誰かに見てほしいんですか~? ……なんて」
スージーは照れたように両手で頬を隠した。
別に誰から見られようが、どうだっていいことだ。
「私、てっきりパペットさんとソードさんって、その……何かお友達以上の関係があるのかなって邪推してましたよ。最初から呼び捨てでしたし」
「友達以上……まぁそうだな」
5000年前は生死を分け合った仲間だった。
「えっ、やっぱりそうなんですか!?」
「ああ。でも昔の話だ」
「お、おお……ざ、座長の元カレ……」
スージーは複雑な表情を浮かべている。
昔と今のパペットは違う。
言ってしまえば、俺もそうだ。
人間兵器は目覚めの度に記憶がすげ変わるから、人格は同じでも経験を通して微妙に違ってくる。
今は逆に"経験"のせいで関係が拗れてきているが。
一方で、昔から変わらない関係の仲間がいるのは、ありがたいことだ。
「それに、パペットよりずっと親しい相棒もいる」
「女性の方で……?」
「性別はそうだ。シールっていうんだ」
「女性のパートナー!」
シールだけは一貫して俺に連れ添ってくれてる。
「そういうことになるか」
「ががーん。ソードさんって、けっこうヤリ手なんですね……。モテるとは思ってましたが、反応的に奥手なのかと……」
「……?」
さっきから何の話をしてるんだ。
会話しているはずなのに話が掴めない。
「じゃ、じゃあ今では新しいお相手がいるのに、どうしてグレイス座にやってきたんです? パペットさんと気まずくないんですか!?」
スージーは何故かそわそわして尋ねてきた。
テーブルに手をついて身を乗り出す様子は、まるで何かを糾弾するような気迫がある。
一番気まずかったのはスージーなんだが。
「気まずいも何も、パペットに会いたかったんだ」
「えっ……えっ!?」
「会って色々と話がしたい。俺たちのこれから――将来のこととかを話したいんだ」
「しょ、将来の話ィ~!?」
スージーは顔を真っ赤にして頭を抱えだした。
何をそんなに狼狽しているんだ。
「ちょ、待ってください、ソードさん」
「なんだ?」
「シールさん……という方とはいつから関係を?」
「まぁ、ずっと一緒だな」
「ひぇ」
サンドイッチが乗った小洒落た皿が運ばれてきて、店員がやりづらそうにテーブルに並べた。
立ち去るのを待ってからスージーは続けた。
「それなのにパペットさんと将来の話って、どういうことなんですか……?」
「そのままの意味だ。俺の将来を考えると、パペットの存在は欠かせないと思ったんだ」
「な、な……な……」
スージーは愕然としている。
言葉を失い、口をパクパクさせている。
今日のスージー、大丈夫か。
「今日スージーに訊きたかったことも、パペットに関係している事だ」
「ああ……それで人形劇のファンを……」
「そう、人形のことだ。これを見てほしい」
「わ、私はヨリを戻す繋ぎ……私のプライドが……」
スージーは放心状態で口をあんぐり開けていた。
なんなんだ。しっかりしてほしいぜ。
これ以上付き合ってたらいつまでも話が進まない。
俺は厚地のビニールから、腐った人形の腕の一部を出してみせた。
「うげ。なんですかそれ」
「オートマタの腕だ。下水道にたくさんいた」
「オートマタ? なんで下水なんかに……」
「こっちが聞きたい」
腕を入手した経緯と俺なりの考えを伝えた。
この腕がパペットが作製した人形のものなのか。
王室へ廃棄した後、人形はどうなるのか。
その答え次第で、王室で何かおかしなことが起きていると予想していることも――。
だいぶ脱線したが、人形の腕をまじまじと観察し始めたスージーの顔つきは真剣そのものだった。
さすが人形劇団の一員だ。
スージーの鑑定を待つ間、プライミーから着信音が一度だけ鳴った。誰からだろう。