101話 引き籠りゲーマーの更生指導Ⅱ
「だっ、誰だ!? どうやってこの部屋に!?」
ボク少年は突然の侵入者に怯えている。
「ふっふっふ、俺はゲームの魔人。ゲームばっかりして親泣かせな子の前に現れる精霊だよ」
「そんなのに騙されてたまるか! どう見ても普通の人にしか見えないよっ」
「……ありゃ、ちょっと子ども騙しすぎたか」
ボク少年は十六歳だった。
シズクやマモルのようにはいかないか。
「あれ……でも、なんか"ソード"に似てる……?」
ボク少年は目を細めて俺をまじまじと見ている。
似てるってなんだよ。
本人だよ。
よく見ると、ボク少年のGPⅩの近くに置かれたゲームパッケージに描かれた主人公らしき男を、俺はどこかで見たことがある。
プリマローズが前に遊んでいたのと同じものだ。
それは人間兵器をモデルにしたゲームだった。
「一時的にソードの姿を借りたのだ」
「え~……。でもゲームの方がかっこいいし、なんかこっちのソードは見た目がモブっぽくてダサい」
「ぶっ殺す!」
「痛っあああ!」
衝動的にボク少年の頭をぶん殴った。
実物がゲームに負けた。めちゃくちゃ傷ついた。
ボク少年は殴られた頭を押さえながら、拗ねた表情で訴えた。
「じゃあ、証拠を見せてよ。ゲームの魔人なら当然、ゲームも上手いんだよね? 僕と『パンテオン』で対戦してよ」
ゲームのコントローラーが差し出された。
いや、俺の専門外だぞ。
「ふざけるな。お前はそうやってゲームがしたいだけじゃないか。それよりボクに本物の戦いってヤツがどんなものかを……」
実際の肉弾戦でも教えてやろう――としたのだが、ボクはGPⅩをガチャガチャと弄りながら困り顔を浮かべた。
「あれ、起動しない……」
そういえば、ボク少年を背負い投げした拍子に、ゲーム機の中から不穏な音がしていたのを聞いた。
どうやらGPⅩ自体は起動するようだが、ソフトが駄目になったらしく、焦ったボクは無理やりGPⅩからソフトを引き抜くと、中で真っ二つになった円盤が露わになった。
「そんなっ、壊れた!?」
よかった……。
俺は対戦させられずに済んでほっとする一方、ボクは手の平で割れたゲームを愛おしそうに持ちながら、ふるふると肩を震わせた。
「っ……っ……ぷぁぁぁあああああああッ!!」
そして込み上げる想いを声にして絶叫し始めた。
「ぬおおおおおん! ぷぉぉああああっ!!」
「おい、落ち着けって……」
「あああああっ、くっそぉぉおおおおおお!」
その絶叫からは、狂気めいたものを感じた。
昔、幾度となく倒し続けた魔物よりも恐ろしい。
「ボクちゃん、どうしたザマス~?」
階下からテッサさんの呼び声が聞こえてきた。
まずい……。
こんな状況を見られたら、エスス魔術相談所にも苦情が言って、俺も即行で解雇される。
「うぉおおおおおおおッ!!」
「おい。おいおいおい! こっちを見ろ」
「おおおお……おおおん……ぐずっ……ううっ……」
ボク少年の顔を叩いて正気に戻すと、今度はガチで泣き出した。
「わ、わかった。俺が弁償するから」
「……ぐっ、うう……パンテオンは人気だから、どこも入荷待ちで手に入らないんだよぉ……おぉん……」
「それなら予約しよう。待てば買えるだろ」
「待ってる間にログボが切れるよぉおお!」
「ログボ……ってなんだ?」
どうやら『パンテオン』には、ログインボーナスなるものがあるらしく、熱狂的ファンであるボク少年は発売から欠かさず毎日ボーナスを稼いでいたようだ。
それが一日でも切れることは、ゲーマーにとって死を意味するらしい。
そんな簡単に死んでしまうのか、現代人。
なんて恐ろしいゲームなんだ。
「チッ、持ってる奴から大至急譲り受けるしかねえ」
きっとプリマローズなら持ってるだろう。
あいつに連絡して、俺が交換条件を提示すれば手に入れられるかもしれない。無理難題を吹っ掛けられるかもしれないが、一回だけの我慢だ……。
「知り合いの廃人に聞いてみる。パンテオンって名前でいいんだな?」
「うん……正式名称は『パンテオン・リベンジェス・オンライン』だよ」
「ん? なんかその響き――」
"――お客様がゴーレム君に勝利できた場合、賞金と、あの超一流ゲーム会社『メガティア』の新作オンラインゲーム『パンテオン・リベンジェス・オンライン』の特注装備が手に入ります"
そうだ、思い出した。
ゲーセンの『Go! Go! 鉄腕ゴーレム』の景品!
俺はそのゲームを持っている。
すっかり忘れていたが、引っ越してきたときの荷物に紛れて埃を被っているはずだ。
しかも、特注装備のコード付き。
プリマローズに渡さなくて良かった……。
「心配無用だ、ボクよ。ゲームの魔人に任せとけ」
「どうするの……?」
「新品の『パンテオン・リベンジェス・オンライン』を進ぜよう。しかも特注装備のコード付きだぞ」
「特注装備!? ほんとに!?」
「うむ。今回は親泣かせのボクを懲らしめるために、わざと壊したのだ。――ただし、今後はちゃんと飯を家族一緒に食べること。でないと、また俺が壊しにやってくるからな」
「……わかった。ちゃんとご飯は食べるよ」
「よしよし。では、すぐ持ってくるから、その間に晩飯をテッサさんと食べてこい」
少し嬉しそうにボク少年は部屋を出ていった。
特注装備が手に入ると思えば、居間に降りて飯を食うくらい造作もない、といった感じだ。
テッサさんは大喜びでザマスザマスしながら感涙に噎せていた。ザマス。
俺もめちゃくちゃ感謝された。
今回は結果オーライである。
俺は一旦、事情を話して家に帰り、未開封の『パンテオン・リベンジェス・オンライン』のパッケージを見つけ出した。
ボクの家にあったものと同じ表紙だ。
ウィモロー家に戻ると親子二人で楽しそうに食卓に向かっていたので、邪魔したら悪いと思い、【潜水】でひっそりとボクの部屋に侵入して置いてきた。
これで任務完了。
リンピアにプライミーで報告した。
家族か――。
説教しといてなんだが、俺は家族を知らない。
知識として家族の在り方を理解している程度だ。
仮に、俺がこのまま永遠に生き続けていても、永久にその本質を知ることはできないだろう。
『親になればわかります』
ヒンダの母親もそう言っていたが、俺は一生それを理解することはない。
待っているのは、いずれ訪れる末路。
人間兵器は朽ち果てれば、残るのは器だけ。
魔素に操られるだけの亡骸か……。
そんな将来はご免だ。