100話 引き籠りゲーマーの更生指導Ⅰ
南区にあるというウィモロー家を訪問した。
このエリアはラクトール村がある方角に近いから、一番通ったことが多いかもしれない。
待ち合わせ場所にもよく使われる中央広場。
大きな広場の真ん中には噴水が設置されており、俺もここだけは迷わず来られるようになった。
その広場を通過し、路地を進んでいった場所にその家はあった。
坂道に面した、縦に長い物件だった。
庭などはなく、扉の前に花壇だけ置かれていたが、劇場や宮殿の庭園を見慣れてしまった俺には、申し訳程度に咲く赤い花々が寂しそうに感じた。
三階建てのようで、一番上の階を見上げると、灯りがついてないのに、青い光だけが窓から漏れ出ている様子が窺えた。
もう夕方だ。部屋は絶対暗いはず。
あそこが引きこもり息子の部屋だと思う。
「ゲーマーってのは暗い部屋が好きなのか?」
プリマローズを思い出し、さらにやる気が失せる。
気力を振り絞って、戸をノックした。
「あらあら、なんザマス?」
出てきたのは眼鏡をかけた細身のおばさんだった。
ザマス……?
「俺はエスス魔術相談所の派遣で来た者だ」
「まぁ~~、さっそく来てくださったザマスねぇ! 依頼したその日に人を寄越すなんてさすがプロねぇ」
「あんたがテッサ・ウィモローさんか」
ドア越しに飯の臭いが漂っている。
どうもこの母親は夕飯の仕込みをしていたらしい。
「間が悪ければ出直すぞ」
「いいえ! ちょうどボクちゃんのご飯ができあがったところザマス。毎晩毎晩、ご飯を一緒に食べてくれないんザマスよぉ! 一日でも早くボクちゃんを部屋から連れ出してほしいザマス!」
「な、なるほど……」
今にも泣き出しそうなテッサに気圧される。
しかし、ここに来て気づいたが、俺も下水道で一仕事終えてきたばかりで体臭がひどい。
こんな状態で飯の仕込みが終わった家に出入りするのは、さすがにエスス魔術相談所の評判にかかわる気がするんだが……。
「さぁさぁ、とにかく入るザマス!」
テッサは気にすることなく俺を強引に引き込んだ。
「ボクちゃんが引き籠ってもう一ヵ月っ! 主人は公務で帰ってこなくなって、ボクちゃんが寂しくないようにと残したゲーム機はボクちゃんを虜にしてしまったザマス! これ以上、わたしは一人で食卓につくなんて寂しくてたまらないザマス~~……!」
ハンカチを噛み締めながらザマスさんはザマスしていた。
「息子さんは飯をどうやって食べるんだ?」
「ボクちゃんはボクちゃんという名前があるザマス」
名前がボク・ウィモローなのか……。
変わった家族だな。
「ご飯は私が運んでるに決まってるザマス」
「いや、放っとけよ! 腹減ったら出てくるだろ!」
「そんな残酷なことはできないザマス! ボクちゃんがお風邪でも引いたらどうするザマス」
随分と過保護な親だ。
これじゃ引き篭りも、治るものも治らない。
こういうときは父親がバシっと言ってやればいい。
「父親は帰りが遅いのか? 公務っていうのは?」
「主人は王室で事務員として働いてるザマス! 最近は忙しくて王室に泊まり込みしているザマス」
「王室だと……」
どこへいっても王室が出てくる。
怪しい。
「そんなことよりボクちゃんに会ってほしいザマス」
テッサは俺を階段まで連れていった。
階段を上がっている間、ズンズンという謎の音が響いてくる。大音量でプレイしているようである。
とりあえず声をかけてみるか……。
部屋の前まで来て扉をノックしてみた。
「――うるせえババア! 邪魔すんじゃねえ!」
ノック一つでこの有り様。
これは重症だ。
「こんな調子でボクちゃんは最近機嫌が悪いザマス」
「機嫌が悪いって次元じゃねえだろ!」
「前はもっと心優しくて、五歳の頃にプレゼントしてくれた"ママお手伝い券"は今でも私の大事な物ケースにしまってあるんザマス……」
そう涙ぐむザマス夫人。
「ちなみに今のボクは何歳なんだ」
「十六歳ザマスね」
「その歳で五歳のエピソード持ち出すなっ!」
思春期真っ盛りじゃねえか。
こりゃ子ども相手ではなく、一人の男としてキツい制裁を下してやらんといけないかもしれん。
「テッサさん、ここからは魔術相談所流でやらせてもらうんで、ちょっと席外してもらっていいか?」
「でも……ボクちゃんが心配で……」
「あんたがそんなだから甘えたガキが育つんだろ!」
「ザマス!?」
テッサは肩を落として階段をおりていった。
こりゃ息子だけじゃなくて親も問題だ。
父親の顔が見てみたい。
どうやら父親は王室関係者のようだし、あの下水道にいた腐った自動人形のことも聞きたいところだ。
部屋にノックすると、
「しつけぇぞ、ババア!」
それだけ返答があった。
埒が明かないので【潜水】したいと思う。
扉に顔だけをすり抜けさせて、中の様子を窺った。
――ガチャガチャ……カッ、タンタン……タタ。
コントローラーを凄まじい勢いで操るボク少年が、ゲーム画面に釘付けになっていた。
机には食い散らかしたお椀や皿が放置されている。
重症だな……。俺の侵入にも気づいてない。
これはチャンス。
俺は背後からボク少年の首根っこを掴み、腰に手を回して軽々持ち上げると、気合い一声で大胆な背負い投げをしてみせた。
「っせぇーーい!」
「うわあああああっ」
ボク少年は床に背中を強打した。
それと同時に、コントローラーのコードに引っ張られてゲーム機も吹き飛んだ。
バキッ――。なんか嫌な音が聞こえた。
「痛っああぁ! 何すんだよっ!?」
「お前、母さんに向かってババアとはなんだ! 飯の世話までしてもらって、その言い草は許さねぇぞ!」
まずは体罰と説教。
これがエスス魔術相談所流。
……ということにした。今。俺の独断で。