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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第2章「人間兵器、将来を憂う」
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100話 引き籠りゲーマーの更生指導Ⅰ


 南区にあるというウィモロー家を訪問した。

 このエリアはラクトール村がある方角に近いから、一番通ったことが多いかもしれない。


 待ち合わせ場所にもよく使われる中央広場。

 大きな広場の真ん中には噴水が設置されており、俺もここだけは迷わず来られるようになった。


 その広場を通過し、路地を進んでいった場所にその家はあった。


 坂道に面した、縦に長い物件だった。

 庭などはなく、扉の前に花壇だけ置かれていたが、劇場や宮殿の庭園を見慣れてしまった俺には、申し訳程度に咲く赤い花々が寂しそうに感じた。


 三階建てのようで、一番上の階を見上げると、灯りがついてないのに、青い光だけが窓から漏れ出ている様子が窺えた。

 もう夕方だ。部屋は絶対暗いはず。

 あそこが引きこもり息子の部屋だと思う。


「ゲーマーってのは暗い部屋が好きなのか?」


 プリマローズを思い出し、さらにやる気が失せる。

 気力を振り絞って、戸をノックした。


「あらあら、なんザマス?」


 出てきたのは眼鏡をかけた細身のおばさんだった。

 ザマス……?


「俺はエスス魔術相談所の派遣で来た者だ」

「まぁ~~、さっそく来てくださったザマスねぇ! 依頼したその日に人を寄越すなんてさすがプロねぇ」

「あんたがテッサ・ウィモローさんか」


 ドア越しに飯の臭いが漂っている。

 どうもこの母親は夕飯の仕込みをしていたらしい。


「間が悪ければ出直すぞ」

「いいえ! ちょうどボクちゃんのご飯ができあがったところザマス。毎晩毎晩、ご飯を一緒に食べてくれないんザマスよぉ! 一日でも早くボクちゃんを部屋から連れ出してほしいザマス!」

「な、なるほど……」


 今にも泣き出しそうなテッサに気圧される。

 しかし、ここに来て気づいたが、俺も下水道で一仕事終えてきたばかりで体臭がひどい。

 こんな状態で飯の仕込みが終わった家に出入りするのは、さすがにエスス魔術相談所の評判にかかわる気がするんだが……。


「さぁさぁ、とにかく入るザマス!」


 テッサは気にすることなく俺を強引に引き込んだ。

 

「ボクちゃんが引き籠ってもう一ヵ月っ! 主人は公務で帰ってこなくなって、ボクちゃんが寂しくないようにと残したゲーム機はボクちゃんを虜にしてしまったザマス! これ以上、わたしは一人で食卓につくなんて寂しくてたまらないザマス~~……!」 


 ハンカチを噛み締めながらザマスさんはザマスしていた。


「息子さんは飯をどうやって食べるんだ?」

「ボクちゃんはボクちゃんという名前があるザマス」


 名前がボク・ウィモローなのか……。

 変わった家族だな。


「ご飯は私が運んでるに決まってるザマス」

「いや、放っとけよ! 腹減ったら出てくるだろ!」

「そんな残酷なことはできないザマス! ボクちゃんがお風邪でも引いたらどうするザマス」


 随分と過保護な親だ。

 これじゃ引き篭りも、治るものも治らない。

 こういうときは父親がバシっと言ってやればいい。


「父親は帰りが遅いのか? 公務っていうのは?」

「主人は王室で事務員として働いてるザマス! 最近は忙しくて王室に泊まり込みしているザマス」

「王室だと……」


 どこへいっても王室が出てくる。

 怪しい。


「そんなことよりボクちゃんに会ってほしいザマス」


 テッサは俺を階段まで連れていった。

 階段を上がっている間、ズンズンという謎の音が響いてくる。大音量でプレイしているようである。

 とりあえず声をかけてみるか……。


 部屋の前まで来て扉をノックしてみた。


「――うるせえババア! 邪魔すんじゃねえ!」


 ノック一つでこの有り様。

 これは重症だ。


「こんな調子でボクちゃんは最近機嫌が悪いザマス」

「機嫌が悪いって次元じゃねえだろ!」

「前はもっと心優しくて、五歳の頃にプレゼントしてくれた"ママお手伝い券"は今でも私の大事な物ケースにしまってあるんザマス……」


 そう涙ぐむザマス夫人。


「ちなみに今のボクは何歳なんだ」

「十六歳ザマスね」

「その歳で五歳のエピソード持ち出すなっ!」


 思春期真っ盛りじゃねえか。

 こりゃ子ども相手ではなく、一人の男としてキツい制裁を下してやらんといけないかもしれん。


「テッサさん、ここからは魔術相談所流でやらせてもらうんで、ちょっと席外してもらっていいか?」

「でも……ボクちゃんが心配で……」

「あんたがそんなだから甘えたガキが育つんだろ!」

「ザマス!?」


 テッサは肩を落として階段をおりていった。


 こりゃ息子だけじゃなくて親も問題だ。

 父親の顔が見てみたい。

 どうやら父親は王室関係者のようだし、あの下水道にいた腐った自動人形のことも聞きたいところだ。


 部屋にノックすると、


「しつけぇぞ、ババア!」


 それだけ返答があった。

 埒が明かないので【潜水】したいと思う。

 扉に顔だけをすり抜けさせて、中の様子を窺った。


 ――ガチャガチャ……カッ、タンタン……タタ。


 コントローラーを凄まじい勢いで操るボク少年が、ゲーム画面に釘付けになっていた。

 机には食い散らかしたお椀や皿が放置されている。

 重症だな……。俺の侵入にも気づいてない。

 これはチャンス。


 俺は背後からボク少年の首根っこを掴み、腰に手を回して軽々持ち上げると、気合い一声で大胆な背負い投げをしてみせた。


「っせぇーーい!」

「うわあああああっ」


 ボク少年は床に背中を強打した。

 それと同時に、コントローラーのコードに引っ張られてゲーム機も吹き飛んだ。

 バキッ――。なんか嫌な音が聞こえた。


「痛っああぁ! 何すんだよっ!?」

「お前、母さんに向かってババアとはなんだ! 飯の世話までしてもらって、その言い草は許さねぇぞ!」


 まずは体罰と説教。

 これがエスス魔術相談所流。

 ……ということにした。今。俺の独断で。



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