99話 不愛想な掃除屋
事務所のリンピアに悪臭調査の件を報告した。
すると間もなくして、魔術相談所にいたあの男がマグリル区までやってきた。
あのフードを被った殺気の凄まじい不愛想な男だ。
「依頼主に会うときくらい素顔を見せたらどうだ?」
「……」
男は相変わらずフードで素顔を隠していた。
背格好は俺と同じくらいなのだが、物静かな雰囲気がどうにもいけ好かない。
「ふむ。これも客商売か……」
男は仕方ないとばかりにフードを取った。
驚くほど肌が白く、鮮やかな青い髪の男だった。
「お前、妖精族なのか?」
「そうだ。混血だが」
「へぇ、珍しいな」
精霊種の中でも妖精族は、俺が勇者として活躍していた時代でも、お目にかかることは稀だった。
名前を尋ねても迷惑そうな顔を向けられる始末。
俺とは関わりたくないらしい。
「それより、件の人形の場所まで案内しろ」
「態度悪いな……」
男と二人で下水道まで向かった。
バラバラになったオートマタを見て、溜め息をつきながら緩慢な動作でパーツを拾い集めだした。
睨まれたので俺も一緒に拾った。
この男は、悪臭の原因であるこの腐った自動人形を回収にきたのだ。
俺一人だと数が多くて回収に時間がかかる。
そこでリンピアが派遣してくれたのだ。
「……」
「……」
大の男が二人も揃って、下水道のゴミ収集。
互いに話すこともないので終始無言だ。
気まずい。こいつの年齢はわからないが、先輩なら少しは話題を振るとかしてほしいものだ。
だが、人生の先輩は間違いなく俺の方だろう。
ここは気を遣って話しかけてみるか。
「なぁ、このオートマタ、なんだと思う?」
「……」
「グレイス座が廃棄した人形は王室が管理しているらしいんだ。王家が関係してる気がするんだが……」
「……」
「俺を見るなり襲いかかってきたんだぜ? こんなの街の地下に蔓延ってるって、大問題じゃねえか」
「……」
なかなか返答がない。
黙々と腐った人形のパーツを袋に集めていく愛想の悪い男。名前も不明。
「あと、この奥に鉄扉があって、そこで――」
「興味がない。黙ってゴミを拾え」
「なんだよ。退屈しのぎに雑談くらいいいだろ」
「……」
不愛想な青髪の男は手を止めて振り向いた。
「顧客から受けた依頼は悪臭調査とその除去だ。それ以外は関係ない。大人しく掃除屋に徹しろ」
「でも、気にならないか?」
「余計な事に首を突っ込むとロクな目に遭わない」
「ちっ、つまんねえ野郎だ」
なんて淡泊な男だ。
男はさらに畳みかけるように忠告した。
「勇者をやっていたくせに、まだ飽き足りないか」
「俺が元勇者だって知ってたのか」
「当然だ。人間兵器一号。過去に魔王討伐を繰り返した勇者一行のリーダー」
男は淡々と俺の素性を並べ挙げた。
「飽き足りないってどういう意味だ?」
「っ……」
男は喋りすぎたのを自省するように、はっとなって作業を再開した。この男とはそりが合わなそうだ。
俺も接触を諦め、回収作業に戻った。
下水道のオートマタ回収を終えて、シェリーに下水道の状況と汚染源を撤去したことを報告した。
エルフの男も不愛想な応対だけして帰っていった。
結局、地下で蔓延する不穏な雰囲気について、男は取り合ってくれず、腐った人形もすべて持っていってしまった。
依頼主であるシェリーに打ち明けるのも不安を煽るだけなので黙っておいた。
「まぁいいか。腕一本は確保できたし」
俺はオートマタの腕をくすねていた。
男は関係がないと言っていたが、何か裏で大きなことが動いていそうな気がする。
元勇者の直感は当たるんだ。
今度、スージーに会うときに見てもらおう。
それまでは臭いけど我慢しておく。
日が沈むまでまだ少し時間がある。
たまった依頼内容を見てみる。
:内容 【バレンニスタ侯爵の素行調査】
:内容 【ウィモロー家の引き籠り息子の対処】
正直、どっちもパスしたい。
苦手意識があるのは、やはり子どものことか。
両方の地図を確認してみると、現在地点から近いのはウィモロー家の方だ。
うーん……。
悩んだが、どうせいつかは尋ねることになるんだ。
廃人ゲーマー・プリマローズを外へ出した俺自身を信じて、ゲームで引きこもっているというウィモロー家に行ってみるか。