98話 下水道、徘徊する腐敗人形
オートマタは、すくりと二足で立ち上がると、腕を真っ直ぐ俺に向けて全力疾走してきた。
「なんで人形がこんな所にいるんだ……?」
どうも攻撃してきているようなので応戦する。
体を屈め、オートマタが伸ばした腕を真下から剣を振り上げることで切断した。
それであっさり攻撃手段を奪った。弱い。
対するオートマタは脚部だけでもまだやる気満々のようで、不格好な状態で走り迫ってくる。
――間合いを一気に詰め、裏拳一つで転ばせた。
オートマタはジタバタと床で足掻いていたが、腕がないので起き上がることができないようだ。
「ったく、どこから湧いてきた、このはぐれ人形」
念のため、脚部も切断しようとゆっくり近づいていたとき、また別の気配を察知した。
天井を見上げると、さらに二、三体は人形がいた。
目を凝らすと、下水道の奥にもワラワラと……。
「うへぇ」
どれもすべての人形が腐り堕ちたような見た目。
どういうことなのか訳がわからないが、下水から抜け出るためには、あいつらを排除しないといけないらしい。
…
腕っぷしは強かったものの、所詮は機械。
戦術が単調だったから簡単に倒すことができた。
とはいえ、さすがに数が多すぎた。
戦いながら破壊した敵の数を数えてみたものの、およそ三十体くらいはいたと思う。
途中から数え忘れたけど、多分それくらい。
「……」
この人形が一体なんなのかをメイガスに聞こうと振り返ったが、鉄扉の脇に置かれたGPⅩは赤く点灯した状態で止まっていた。
試しに電源ボタンを連打してみる。
だが、もうGPⅩから反応はなかった。
メイガス……。
また別の端末へ移動してしまったか。
近づくな、ってことは遠回しに会いに来るなと言っているんだろう。俺を危険から遠ざけるために。
相変わらず、仲間思いな奴だ。
あいつがまだ生きているってことは、いの一番にアーチェに伝えてやらないといけないな――。
「そうだ。オートマタのことならパペットに聞くか」
困ったときは昔の仲間を頼ればいい。
でも、あいつの連絡先を知らなかった。
まさか、この人形もパペットが造ったとか……。
それにしては酷い見てくれだ。
俺も壊れた自動人形を王室に運んだことがあるが、そのとき丁重にケースに入れられた自動人形は、ここまで酷くはなかった。
パペットは壊れた人形のことも丁寧に扱っていた。
そこには敬意も感じられたのだ。
――捨てた後の問題かもしれない。
「王室か」
あそこでは廃棄された自動人形を、どう処分しているのだろうか。
「悪臭問題……腰の重い王室……この人形……」
一応、破壊した自動人形の臭いを嗅いでみた。
とてつもない死臭がした。
自動人形がどんな材質で出来ているか知らないが、生臭さは強烈だった。
間違いない。
悪臭の原因は自動人形だ。
各部位一つ一つを引き千切って調べてみたが、剥がれ落ちた皮膚は柔らかく、人間とかなり近い。
眼窩から垂れた眼球は機械だったが、鉄の骨格の内側には白い液体が流れる管も通っていて、この白い液体が、ところどころ茶色くなっている。
臭いの発生源は、その液体のようだ。
「スージーに連絡してみよう」
劇団員のスージーなら、人形にも詳しいはず。
それに……。
"――最近の人形造りは、とっても精巧ですもん。アレも座長の作品だったかしら?"
スージーなら人形の見分けがつくかもしれない。
下水道のオートマタがパペットが造ったものかどうか、判別できる可能性がある。
『オートマタの造り方を知りたい』
「あっ……」
間違えて送信ボタンを押してしまった。
下水道にいたオートマタのことも含めて事情を伝えようと思ったのに。
慌てて次の文章を打ち込み始めたが、それよりもスージーの返信の方が早かった。
『人形作りに興味があるんですか!?
わーい! 喜んで教えますよ!
いつお会いできそうですか?』
三文をこの短時間で!?
早すぎる。しかも文の最後はハートマーク付きだ。
まぁ、事情は直接会ったときに話せばいいか……。
『そっちに合わせる』
『明日の夜にしましょう!
今度こそ二人っきりで……!』
『わかった』
『南区の噴水広場に待ち合わせでもいいですか?』
『わかった』
『楽しみにしてます!
今日も劇場の片づけで一日費やしてヘトヘトでしたが、ソードさんからのメッセージで疲れが吹っ飛びましたよ~!』
スージーの爆速メッセージが凄すぎて面食らった。
これ以上やりとりを続けても時間がかかりそうだから、そのまま放置しておく。
あとは王室のことだな。
廃棄人形の処理について知りたいが、やっぱり連絡するならヒシズだろう。
『王室では劇団の廃棄人形をどう処理している?』
ヒシズからは返信がなかった。
忙しいのだろう。
スージーほどの勢いで返信がなくてほっとした。
それにしても、王都は知れば知るほど闇が深い。
あらゆる出来事が関連している気がしてならない。
ヒシズからは王家の人間がおかしくなっていると相談を受けていたのもある……。
ひとまず、地上に出て調査結果を報告しよう。