10話 時代考証
タイム邸に間借りして泊まることになった。
必然的にプリマローズと寝食を共にすることになったが、タイム家の人々からの一宿一飯の恩義に文句をつけられない。
さっそくプリマローズの部屋を訪ねた。
真面目な話があるということだし。
……プリマローズはまたゲームしていた。
「お前、懲りねえな」
「少しでもコントローラーから離れると禁断症状が出るのじゃ」
あれだけ多くの軍勢を率いて世界を恐怖に陥れた女が哀れなものだ。
「すまぬが、ゲームしながらで話してよいか?」
「いい訳ねーだろ」
俺はプリマローズからコントローラーをふんだくって投げつけた。
魔王は悶絶した。
怒りのままにゲーム機本体もバシバシと叩きつけ、停止するのを見届けてから魔王に向き直った。
「真面目な話、だろ!」
「そ、そうじゃったな……」
目尻に溜まった涙を拭うプリマローズ。
ふざけてるのかと思ったが、一度目をこすってから向き直った魔王の表情は一応、真剣だった。
「そなた、今が教暦何年だと思う?」
「はぁ?」
悠久の時を生きる俺や魔王に暦など意味がない。
本来、知らなくてもいいことだ。
でも七回目、八回目の記憶が残る俺には教暦の認識がある。
七回目の覚醒は、2234年だった。
八回目は、その200年後。2457年だった。
それから五十年経った今は、教暦2507年って計算になるか。
「2500年ぐらいか……?」
プリマローズは眉一つ動かさず、俺の返答を聞き流した。
答えを肯定しないということは間違いか。
「何年なんだ?」
「ここに表示されておるじゃろう」
魔王は後ろのモニターを顎で示した。
そこはゲーム画面が止まり、本体のメニューが映されている。
教暦からしっかり時を刻んでいる。
"教暦7666年 夏月 85天 22時45分"
「…………」
「やはりか」
プリマローズは短い溜息をついた。
「そなたは、何故かは知らぬが、当時の魔王激戦時代の記憶を残した状態で現代に覚醒しておる」
「5000年……」
そんなに経っていたのか。
前回の覚醒から50年という情報は、初めに俺を起こした神官から聞いた情報だ。その百倍も昔じゃねえか。
「でも前回の覚醒から50年って……」
「どこで聞いたか知らぬが、事実、今は教暦7666年に当たる」
「馬鹿な! 俺は5000年も眠ってたのか?」
「それはない。妾がそなたを最後に見たのはもっと近代じゃ。およそ、そなたが植えつけられた記憶に問題があるのじゃろう」
「植えつけられた記憶……【アガスティア・ボルガ】!」
俺は左手の平を開いた。
紐で括りつけられた球体のオブジェクトを見せた。
「おお、ボルガ。懐かしい響きよ。そんな古代のオーパーツがまだ稼働してるとは……」
プリマローズは俺の左手を触り、まじまじと眺めた。
俺はそれを振り払った。
「50年前、そなたは敢えてそれを装備して眠りについたのかもしれぬ。あるいは別の第三者が、そなたの手に細工したのやもしれぬ。その目的も、理由も、妾の知るところではないが」
「なんでプリマローズは"これ"に気づいた?」
「そなたが妾を魔王扱いするからのう」
間髪入れない返事に言葉が詰まる。
「現代では妾の"魔王"という肩書きは皮肉のようなもの。もう魔王としての風格はなく、人類の脅威でもなくなってしまった。シズクやヒンダのような小娘の、妾へのぞんざいな扱いを見たであろう」
「ああ……」
「妾も、今ではそれで憤懣などは感じぬ」
「どうしてだ?」
プリマローズは目を細め、嘲るような笑みを浮かべた。
「そなたに問われるとは数奇な話よな」
「煽ってるわけじゃないからな」
「わかっている」
元魔王は腕を水平に伸ばした。
ネネルペネルが飛んできて、止まり木のように腕に止まった。
その梟の顎を撫でるプリマローズ。
全盛を極めてから5000年経ったと聞くと、今のプリマローズからは不思議と哀愁が漂ってきた。
「そなたが先ほど推測した教暦2500年代。妾も忘れもしない、勇者が史上初めて妾に敗北した時代じゃった」
「まさか……」
「本当じゃ。ソードは妾のもとにすら辿り着かなかった」
「……」
「否、辿り着こうとしなかった、か?」
予想通りなら教暦2500年が本当の"九回目の覚醒"。
俺が七回目や八回目を経て、アガスティア・ボルガを手にし、自由のために勇者の運命から逃げた最初の覚醒だったはずだ。
残念だが、今の俺にその当時の記憶はない。
あくまで俺は七回目と八回目しか覚えていないのだ。
「その年、七人の勇者のうち妾に挑んだのは、たった二人」
「二人……ってまさか……」
少人数でも果敢に挑みそうなのは四号と六号。
人形師パペットと魔術師メイガスだ。
あの二人、魔王に負けたのか。
「勝利を収めた魔王軍は、かつて世界を掌握した」
「お前、一度世界を征服していたんだな」
「あの頃は絶好調だった。民からすべてを奪い、支配し、蹂躙し尽くした。世界のすべてを欲しいがままにした。当時の妾は無敵よ」
想像すると恐ろしい。
魔王と魔王軍、すなわち魔族が世界を支配した歴史。
どんな暗黒時代だっただろう。
そのきっかけを作ったのは、きっと俺なんだろう……。
「そんな我ら魔族が栄華を極め、二千年ほど経った頃だったか、突如としてソレは現れた」
「ソレ?」
「アークヴィランじゃ」
ナブトやヒンダの話にも登場した、新たな脅威。
瘴化汚染の原因。
それが魔族にとっても脅威だったということか。
プリマローズの語るソレが、最凶最悪の印象のもとに語られた。
「我が軍勢はアークヴィランによって、あっという間に消滅した。それどころか、妾も新たに魔族を孕む力を奪われ、それっきり魔王軍は解体した。もはや仲間はこやつしかおらぬ」
プリマローズは唯一の相棒ネネルペネルを愛おしそうに眺めた。
彼女には心許せる存在が、この梟しかいないのだ。
それで人間からナメられてるんだ……。
いじめっ子が、ある事をキッカケにいじめられっ子になった。
程度はどうあれ、よくある話だ。
「わかるか? ソードよ。妾はもう一人ぼっちなのじゃ」
「二千年もやりたい放題やったんだ。十分だろ?」
「いーやーじゃ! 寂しい寂しい!」
「いきなり駄々こねるなよ」
地団駄を踏むプリマローズから距離を取る。
変だと思ったが、こいつ、5000年を経て、独り身を拗らせている。
プリマローズは俺が離れるのを感じ取ったのか、ぴたりと地団駄を止め、目に生気を失った状態で俺を見据えた。怖。
「ソード、妾を抱けよ」
「飛躍しすぎか!?」
「気づいたのじゃ。人間に蔑まれ、アークヴィランの脅威に怯え、ぼっち街道まっしぐらな妾の心の隙間を埋めるのはソードしかおらぬと」
「いるだろ! もっと他に! ゲームとか、なんかあるだろ?」
「人肌が恋しいのじゃ」
「しっかりしろよ、魔王!」
身の危険を感じ、その場から逃げ出した。
俺だって全く違う時代で目覚めて頭が混乱している。
そんな状態で言い寄られても、さらにパニックになるだけだ
「ま、待つのじゃ~」
追いかけてくる魔王を撒くのに小一時間くらいかかった。
それにしても、俺はこの事実をどう受け止めたらいいんだろう。