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第九十一話「忘れてました」


 格好良くここを出るとか決めた俺だけど、実はまだ研究所の森にいたりする。周囲の状況も、向かうべき方向も、距離も、かかる日数もわからないんだ。そんな状況で飛び出して行っても野垂れ死ぬだけだろう。


 俺もそこまで馬鹿じゃないからある程度は準備してから出る。こんなことは当然だ。


 そう考えてまずは近場からマッピングしつつ調査範囲を広げているんだけど……、この辺りは本当に何もない。ひたすら死の大地が続くだけだ。


 唯一目印になりそうなのは、俺が崖の下を歩いて来た川くらい……。他は死の大地に出て歩いてたら方角もわからなくなるくらいに何もない。もちろん転がってる黒インベーダーとか、朽ちかけている黒インベーダーとか、俺を見つけると襲ってくる黒インベーダーはいる。


 でも目印も何もない似たような景色の中を延々歩いていると方位がわからなくなってしまう。


 自分が今どっちに向かって歩いているのか。本当に真っ直ぐ進んでいるのかもわからなくなるくらいだ。というより実際に真っ直ぐ進んでるつもりでも、だんだん進む方角が曲がって違う方角に進んでたりする。


 街中だったら景色が変わっていくし、地球だったら太陽なんかで大雑把にでも方角はわかるだろう。でもこの死の大地では太陽が見えない。明るさはそれなりにあるけど、それでもやっぱり薄暗いし、厚い雲のようなものにでも覆われているのか、はっきりと太陽が見えるということがほとんどない。


 目印もなく、似たような景色の中を進んでたら、自分が向いてる方角すらわからなくなる。一度調査に出た時に離れすぎて方角がわからなくなって死に掛けたことがある。その時は運良く森を見つけて戻ってくることが出来たけど、森が見えない距離まで離れるだけでも相当危険だということはわかった。


 何とかして方角を見失わない手段が必要だ。地球で言えば方位磁石のような?寝た後でも、グルグルと頭にバットをつけて回った後でも、確実に方角がわかる手段がないと無闇に出て行くことは出来ない。


 そして肝心なのが食料だ。川沿いに下っていけば、俺がイケ学で最後に戦った場所までは戻れるだろう。ただあの時も谷底を歩いて何日もかかった。空腹すぎてクラゲを食べそうになったくらいだからな……。戻る時に川沿いに下るとしても、最低でも数日分、出来れば一週間分以上の食料は欲しい。


 俺の目的地は戦闘のあった場所じゃなくて王都だ。出撃場からゲート?転移門?転送装置?何かわからないけど、扉を潜って別の場所まで飛ばされていた。戦場が王都から近いとは限らない。あの転移門の移動可能な距離や、どうやって場所を選んでいるのかがわからない俺には、戦場と王都の位置関係は確認しようがない。


 普通に考えれば王都と戦場はそんなに離れていないと思うのが普通だ。でも絶対にそうとは言い切れない。転移門の有効範囲とか、戦場の選ぶ基準とか、何かわからないことには戦場に戻った所で王都には戻れないだろう。


 一応川沿いに下ってみる予定ではあるけど、前の戦場まで戻って、その付近で王都を探して……、最悪の場合は何も見つからなければまたここに戻ってくるだけの食料が必要になる。今の環境でそれだけの食料を調達するのは容易じゃない。


 さらに……、干物を用意しようと思って色々試したんだけど何かうまくいかない。たぶん……、塩がないから?


 塩を使わない干物もあるかもしれないけど、干物なんて作ったこともない俺がそんなことを知るはずもない。適当に魚を開いて、内臓を取って、乾かしたら干物になるのかと思ったけどそんな簡単なものじゃないようだ。


 たぶん……、塩水に浸けてから日陰で干すとか、日向で干すとか、色々作る物や使う物によって変わるとは思うけど……、干物なんて作ったこともない俺がそんなことを知るはずもなく……。


 一応開いて干して乾かせばそれっぽいものは出来ている。でもおいしくなかったり……、たまに腐ったり……、うまくいってるとは言えない。


 そして……、仮にうまくいったとしても、死の大地に食料を持って長時間いると食料が腐る。いや、腐ってるのかどうかはわからないけど……、とても臭くなるし味もおかしくなる。短時間なら何とかなるけど、長時間置いているとそうなるようだ。


 そういえばあの谷底の人間の死体も酷い臭いがしていた。もしかしたら死体を置いていると汚染されてしまうのかもしれない。干物だって魚の死体なわけで、死の大地に汚染されてそんな風になってしまうのだろう。


 だから今のままじゃ保存食を確保出来たとしても、結局保存日数よりも圧倒的に短い時間で食べ物が駄目になってしまう。この問題を解決しないことには長距離、長期間の探索が出来ない。


 また黒インベーダー達は死の大地で俺を見かけたら問答無用で襲い掛かってくる。しかも下手に梃子摺って時間がかかると次々に仲間が集まってきて一人でデスマーチを延々続けなければならない。かといって派手な魔法を使うなんて言語道断で、自ら自分の居場所を教えるようなものだ。


 俺が森を離れている間はやっぱり黒インベーダー達の襲撃頻度は下がっているらしい。黒インベーダー達の目的というか狙いが俺であることは確定だろう。


 多少戦うのは止むを得ないとしても、無限に寄ってくるのかと思うほどの敵に延々集られていても先へは進めない。なるべく敵に見つからず、見つかっても少しの戦闘だけで切り抜けなければならないだろう。


 あと、まだマントとかが用意出来てなくて、体にぴったりフィットのこの恥ずかしいボディスーツ丸出しのままとかいう問題も残っている。最悪これはどうにもならなくても仕方ないけど、出来ればこれもどうにかしたい。


「魚も獲りすぎたらいなくなるかもしれないしなぁ……」


「ピギー」


 俺が釣り糸を垂らしていると隣の白インベーダーもしみじみと鳴いた。別に釣りで捕まえる必要はない。魔法でも素手でも簡単に獲れるんだけど……、時々こうして暇つぶしというか趣味で釣りもしている。どうしても釣らなければならないというものじゃなくて、ただの暇つぶしだ。


 することやしなければならないことはたくさんあるけど……、いつも時間に追われて必死で動いていたら疲れてしまう。体力的に疲れるとか体が辛いという意味じゃなくて……、何というか……、精神的に疲れてしまうだろう?だからたまにはこうして釣りでもしながらのんびり過ごしているというわけだ。


 もちろんただぼーっとしてるだけじゃなくて、これからのことについてなども色々と考えている。周辺の探索方法とか、保存食の作り方とか、死の大地に持って行っても日持ちさせる方法とか……。


 でもちょっと俺が考えたからってそんな簡単に分かれば苦労はしないんだよなぁ……。サバイバル術とかに長けるわけでもない俺が、そんなポンポンと解決策を見つけられるはずもない。


「ん~……、研究所でも調べるか」


「ピギッ」


 餌もついてないから滅多に釣れることもない釣りをやめて研究所へ向かう。この川から研究所までそこそこ距離があるけど、スーツで能力が底上げされて、ラピッドを使える俺にはこんな距離はあっという間だ。白インベーダーと別れた俺は木の上を駆け抜けて研究所へとやってきた。


「何か役に立つ情報はないかな……」


 研究所の装置、地球で言うとコンピューター……、パソコン……、のようなもののデータを調べる。検索でピンポイントに欲しい情報を探すことも出来るけど、思いつくような言葉は大体検索した後だ。あとは俺が思いつかないような言葉や、この世界独特の表現で書かれているものをこうして地道に探すしかない。


 これもまったく無駄ということはなくて、目次とか項目だけでもさーっと目を通せば、たまには気付かなかった役に立つ知識があったりする。それは特にこの世界だけの知識に顕著だ。


 例えばサバイバル術と探したら地球の知識とそう違いがないものが出てくる、と思う。地球でのサバイバル術に詳しいわけじゃないからはっきりとは言えないけど、基本的にはそういう知識は地球でもこちらでも大差はない。


 でもこちらで地球の歴史や地名や科学技術について検索したって出てくるはずがない。逆にこちらの魔法文明の知識は俺が検索しようと思っても、そのキーワードがわからないから検索のしようがないというわけだ。


 こちらではこちらなりの方位の確認の仕方とか、保存食の作り方とか……。思い浮かぶキーワードでは検索してみたけど、まだ俺が検索していない知識も色々とある。それがわかれば……。


「お?これは……、座標測位装置?」


 何か気になる単語が見つかったからよく読んでみる。その内容は……、空の遥か上に浮かぶ神の目と呼ばれる装置によってこの星の全ての場所は監視され、その装置から情報を受け取ることで自分が今この星のどの地点にいるか座標を測位することが出来る……。


 つまり……、人工衛星を打ち上げて、地球で言うところのGPSのようなシステムを構築していたということか?


 さらに続く説明によるとこれは転移のための座標測定にも使われていたようだ。イケ学の転移門もこの座標測位装置のシステムを利用して、転移元と転移先を導き出している……、らしい?


 ならこのシステムはまだ生きているということだな。この研究所も奥の施設はチビインベーダー達によって維持されていた。ならばこの人工衛星やGPSもどきがまだ生きていても不思議じゃない。


 これが地球でいうところのGPSに相当するのなら、これを受信して位置を確認する装置さえあれば方角どころか自分がいる居場所すら見失うことはないんじゃないのか?これは使えるぞ!


「まだこんなものがあったのか……。これだから研究所漁りはやめられないぜ!」


 こんなシステムがあるということは、その測位情報を受け取る端末も利用していたはずだ。でなければこんな装置を作っても意味がない。地球でいえばカーナビとかに代表されるようなナビゲーションシステムだ。そういうものを利用していた……はず!


「…………あった」


 やっぱり睨んだ通りGPSを利用したナビゲーションシステムのようなものがあった。でもちょっと俺の思っていたのと違う。単純に地図や位置情報を検索するためのシステムじゃなくてこれは……。


「個人用転移装置……か?」


 出て来た情報を読み、わからないキーワードがあればまた別に検索していく。その結果わかったことはどうやらこのシステムを利用して、魔法科学文明の人達は個人で転移を行なっていたようだ。学園にある転移門のような固定された装置じゃなくて、個人が装着していつでもどこでも自由に行き来出来る。


 この辺りは完全に地球の科学文明を凌駕している。地球じゃそんな転移や転送は出来ない。ただそんなことをするためにはかなりの魔力結晶を消費したようだ。個人がバンバン魔力結晶を消費していく社会……。その行き着いた果てがこの死の大地に覆われた星だ。それを思うと複雑な気持ちになる。


 まぁ俺としては転移装置機能よりも位置情報の方が重要だ。エネルギー源を気にすることなく転移出来るなら最高だけど、魔力結晶が乏しい今の環境じゃ転移機能はあてに出来ない。それよりもこの個人携帯用の装置があれば、森を出て探索に出ても迷う心配はなくなるはずだ。


「これ……、どこかにないかな……」


 この個人用転移装置があれば……。どこかにないか?いや……、ないか……。あったらこの研究所の人もどこかに脱出……。いや……、待てよ?どこへ脱出するっていうんだ?外の世界があの死の大地になっているのに、どこへ転移するっていうんだよ。


 でもだからってこの研究所に転移装置が用意されてないなんてあるか?ないよな?


 どういう事態で突然脱出しなければならなくなるかもわからない。だから当然緊急脱出用に転移装置くらいあるはずだ。昔の災害では転移装置があっても意味はなかった。脱出する先がなくこの研究所に篭るしかなかった。でも……、設計や建設時に緊急脱出用の備えくらいはあるはずだ。というよりなければおかしい。


「どこか……、どこかにあるはずだ……」


 俺は散々この研究所を探索したつもりだ。でも調べてない部分もある。例えば……、地球で言えば屋内消火栓のような、あんなものだ。赤や白っぽい箱型の金属の屋内消火栓を見たことがないという人はいないだろう。ここにも似たような……、緊急時の脱出関連とか防災関連の物があるはずだ。


 地球でも割ってボタンを押すと警報が鳴って警察や消防に自動で連絡がいったり、排煙口が開いたりする装置がある。一度割って押してしまうと復旧出来ないから割らなかったけど……、それに似たようなものがあったはずだ。


「これ……か?」


 廊下の壁に埋め込まれるように派手な色の箇所がある。緊急装置と書かれている。どうせ中には消火栓とかホースが入ってるだけかと思っていたけど……、よくよく考えたら俺はこういう所を調べていなかった。


 地球とは違うんだから何が入っているかわからない。無理やり開けたら元に戻せないかもと思って遠慮していたところもある。でもそんなことを言ってる場合じゃないだろう。開けたら警報が鳴り響いて止める方法がわからない……、となったら最悪だけど……。


「とにかく……、開けてみるか……」


 俺は慎重にその緊急装置と書かれた箱を開けてみたのだった。



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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[一言] 転移座標をミスって壁に刺さって尻が(ry
[一言] 塩が無いのはつらい 携帯転移装置ってすげぇ
[気になる点] イケガクが転移装置を使ってるなら、此方から行ける一番の候補はイケガクか戦場では? 魔力結晶不足で行けないだろうけど、何が判るかドキドキです。
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